Ifeel dizz




10

 対人センサーが反応し、いかにも高そうな扉が開ける。ふんわりと朝食が発するのであろう良い香りが鼻腔を満たした。
 「おはようございまーす」
 「はいおはよう・・・地味なのにしたのね、服」
 派手な方です。零れそうになった言葉を辛うじて拾い上げる。代わりに曖昧な笑みを浮かべて適当に流しておいた。

 シグナルレッドのノースリーブシャツに、唯一あった黒地の、長袖開襟シャツ。春中頃の今の気候には調度良い。・・・そう言うと確かに多少地味かとも取れ るだろうが、しかし悲しくも詳細は違う。
 上着に隠れる赤い内シャツの背には、でかでかとプリントされた白い龍。思い出すだけで涙が滂沱と流れる。更に上着の20%を占める、金絲の刺繍が恥ずか しくて堪らない。
 何で薔薇が金色なんだ!
 こんな服チョイスすんなという無情なツッコミは勘弁願いたい。これでもまだ、人前に出て羞恥心耐え得るモノを選んだつもりなのだから。
 (今時ほんのりファンキーなゴキゲン兄ちゃんですら身を隠すような服、私が着れるもんか・・・)
 遠くを見詰める私に、同情の目を向けるトランクスの姿が見えた気がした。無言で席に着くベジータも、何となく不憫そうに見ている。自分が余りにも可哀相 な子に思えてきたので、敢えて気付かないフリをした。

 「は、早くメシ食おうよ」
 気を利かせたのであろう下着の息子の言葉に喜んで頷く。憐憫の情はやはり無視。
 こちらに来て最初の食物は、私の世界と何等変わりはしなかった。



 食後の茶を、落ち着いた気分で啜った。恐らく烏龍茶だと思われる。
 一晩過ごし、私は意外な程にこの異常を静かに受け入れられていた。人より確かに適応能力やら状況判断能力は高い自信があったが、こんな有り得ない事態に まで順応出来る脳だとは。異常だ異常だと散々言われて来たけども、自覚はしたくなかったです。
 ふ、と温かくなった息を吐き、思考を反復する。

 ここは私が17年間生きて来た場とは根本から違う世界で、ドラゴンボールとかいう物の手によってこちらに引き寄せられた。帰れるのは一年後。ならば待つ しかないのだろう。あっさりと簡潔に結論付けると、何だか胸が妙にスッキリした。
 ───何も思わずに、ただ「帰れる」という事実に安堵を覚えていた。

 「ブルマさん、私に出来るような仕事って、何かアテありませんか?」
 一つの問題にケリが付けば、やっかいな脳はまた重大な問題を見付けて来るもので。帰るまでに時間が多分にあるのなら次に解決すべきは金銭問題だ。
 (一年だもんな)
 いくらブルマが恐ろしい程の金持ちだとしても放っておけることではない。食費にガス代電気代。全ては払えないにしろ、せめて補える分は補うべきである。
 が、案の定というか何というか。
 「え、いいわよ、気にしなくても」
 「いやそういうわけにも、人として」
 本当金持ちだよなあ、この人。軽く苦笑して促すように首を傾げた。拒否されてもこちらとしては困る。
 「う〜ん・・・何が出来る?」
 心情を察してくれたのだろう、不満に口を尖らせながらも腕を組んで上目遣いに質問された。眉を寄せて考えると、矢継ぎ早に質問を浴びせかけられる。

 「計算は得意?物理とか化学とかは?あ、文章書くのはどうかしら、レポートみたいな形式の」
 「はあ、理数は得意で、レポ文章はまあ・・・人並みに普通じゃないですかね」
 「1234×5678は」
 「7006652」
 「お、早いわねー、ふむふむ」
 打てば響く鐘のように、というテンポはまさにこの事か。答えから一歩も空けずに寄る問いを、十分に頭に入れぬままさっさと返答する。満足気にブルマが頷 いた。
 更に投げられる2、3の質問。計算高く孔雀藍の大きな瞳がクルリと動き、白魚の如き指がテーブルを軽やかに弾く。
 「よし、じゃあウチの会社で何かやって貰うわ。仕事は臨機応変に色々!」
 「は、い、いいんですか、そんな適当な」
 ホホホと打って変わって上機嫌に笑う彼女の横で、ベジータが不服そうに鼻を鳴らした。
 あまりにもあっさりと、良いんかいと思うほどにトントン拍子に何のつっかえもなく、私の今後はここで決定されたのである。



 11

  ピンポ〜ンと、思い返してみればやはりどう引っ繰り返してもこのブルジョワな家には似合わない、庶民的な音が高らかに響き渡る。いや、ギャップが堪ら ないんだ!と始終言い張れる感性を持っていたら、もしかしたら似合っていると胸を張れるのかもしれない。私はそんな偏りまくった感性、流石に持ってないし 持ちたくもないが。
 それは「ポイポイカプセル」という神秘の小物の原理について、資料片手に教えを受けているときのことだった。
 ネーミングセンス悪いとかは持ってはいけない感想だろうから脳内消去しておくとして。

 「誰かしら・・・トランクス、出てくれる?」
 ブルマの涼やかな声に、退屈だから構ってオーラを満遍なく撒き散らしていた下着家長男が、意気揚々と立ち上がる。
 ちなみにその父親はと言えば、食事が終わった途端に不機嫌を露にして部屋に篭ってしまっていた。どうやら私が一年ここにお世話になるのだと聞いたらし い。ざまあみれ。気分悪いだろ!
 トランクスも、退屈なら部屋に引っ込んだ方が正解だったんだけどね。
 「きっと悟天だ。約束してた・・・気がするようなしないような。・・・しないかな」
 「しないのかよ」
 覚えといてやれよ可哀想だから。ひっそりと呟いた言葉を“ベジータの息子の”トランクスが聞く筈もなく、さっさと扉に向かって行った。
 「あ、悟飯さんもいるみたい」
 扉の向こうに踏み出す刹那、漏らされた声に背筋が冷える。ねえ、何でわかんの。引き攣った頬を動かして問う前に、小さな背は無情にも消え去った。まるで 存在が消失したような物凄いスピードでいなくなったのは絶対気のせいなので見なかったことにしよう。
 見ざる聞かざる言わざるのスキルLvが、この1年の間に否応なしにUPしそうな予感に襲われた。
 空しい名残をそっと見送って。

 「で、カプセルの話に戻るけど、ここはこっちのええと・・・この原理、応用して、こう───」
 「でもそれだと質量保存の法則は」
 「そこはこっちのコレ使うと解消出来るのよ」
 「・・・あ、そうか。そもそも根本から法則が違ってんだ。じゃあココはコレ?」
 「そうそう、飲み込み早くて助かるわ〜!」
 何事もなかったかのように説明は続行される。恐らくブルマに取ったらトランクスの人間ではあり得ない高速移動などは疑問にも入らない出来事なのだろう。 だとするとそれ以上の行為があるということで。
 (考えたら負け・・・考えたら終わり・・・!)
 首を振って悪夢のような連想を散開させた。途中感想は一言、怖い。私の不幸を世界を超える何ていう超弩級現象だけでは終わらせてくれない辺り、神とかい う存在は、きっと私のことが嫌いで嫌いで仕方ないのだなあと理不尽を感じた。

 「神様」なんて、実際目にしなければ到底信じられるモノではないのだけれど。



 納得行かないような原理を自分を無理矢理に誤魔化しつつ短時間で脳に詰め込み終わった矢先、ブルマがそういえば、と声を上げた。
 「出掛けたのかしら」
 何が。条件反射で返そうとした音を紡ぐその前に、事象に思い当たって言葉を変更する。
 「・・・んじゃないですか?」
 トランクスと来訪者だ。時計を見れば、あれから10数分。家に上がっているにしては静かだった。となればブルマの言う通り出掛けたのだろう。が、どうに も彼女の顔色は優れない。
 「嫌な予感がするわ」

 小さく呟かれた、その途端だった。
 轟音。
 あからさまな破壊の音色が鼓膜を震わせる。圧縮された空気のようなものが、リビングの扉を挟んだ向こう側、廊下の壁を押し広げて通り過ぎるのを知覚し た。
 昨夜ベジータから向けられたプレッシャーが目標を違えて奔ったならきっとこんな感じだろう、と逃避を交えて考える自分は。いつか扉を越えてリビングの空 気さえもを振動させる莫大な力を、平常として受け入れられてしまうような人外になってしまうのだろうか。
 それだけは。
 祈りは切実であり、そしてどこまでも真摯だった。

 私は私の行く末をまだ知らない。



12

 ───オォォン・・・。

 怨霊の泣き声のような不吉な尾を引いて過ぎ去った気配を呆然と“見送って”、私はゴクリと喉を鳴らした。嫌な緊張で分泌された唾を飲み下す。
怯え混じりに掠れた声で、泣き笑いの表情を作る顔面をそのままに呟いた。
 「・・・べ、べじーたさん?」
 しかしブルマが即座に首を振る。地面と平行に。その面持ちは憤怒。小刻みに震う細い肩が、何だかやけに頼もしく見えた。
 あからさまな怒りを発する彼女に発言するのは控えた方が吉だろう。俯きがちに沈黙、心中で密かに信じもしない神に十字を切る。頼むからコッチに被害が出 ませんように。そっとアーメンと唇だけで唱え。

 ソファを蹴倒す勢いで立ち上がったブルマに、つい過剰に身を跳ねさせた。
 「また、あれ程暴れるなら外でって言ってんのにあの子は・・・ッ!」
 ふつり、と立ち昇る赤色系のオーラが見えた気がする。下手に宥めれば良くて火に油。最悪、火の粉が降りかかるどころか、今この場で何よりも先に燃え盛る 炎そのものに焼き尽くされそうだ。畳の上で大往生、が第一希望なので焼死はとっても遠慮したい。よってここは賢明に、更なる静粛が良。命令、命を大事に!
 乱暴に戸を開け放ち出て行く背を見送って、緊張は未だ続く。3、2、1、と何気なくカウントを行うと、数を振り切ってから数秒後、糾弾の声が廊下に ───・・・予想に違わぬ声量で響き渡った。



 (もう良いかな)
 この駄々クソ広い建物中にも端から端まで聞こえるだろう怒声も30分。勝手に入れてちびちびと味わっていた高級コ−ヒーもとっくに冷め切ってしまってい る。横目で開いた扉を見遣り、溜息を吐いた。
 そろそろ止めてやらないと、「あの子」が流石に可哀相な気もしてきたので。
 「しっかたねえな〜」
 渋々ながらも柔らかなソファを後にする。反論を許さぬマシンガン説教はその間も続いていた。息の継ぎ目がさっぱり認識出来ないそれは、いっそ見事だとさ え思う。

 (でも、トランクスくんもこんな芸当出来るとはなあ・・・)
 目茶目茶に破壊された廊下に冷や汗を流した。蛙の子は蛙だ。原型を留めない花瓶も高級さの一切合切を失った壁も、まさしくベジータの一撃を食らった様と 同じで恐ろしい。

 廊下に出ると、肩を怒らせて「元凶」を威圧するブルマの姿が真っ先に目に入る。次いで、見知らぬ黒髪黒目の温厚そうな顔立ちの少年───13歳くらい か?他人の年はよくわからない───で、次にその足元におどおどと纏わり付くトランクスと同年代の少年。そして。
 「わ、悪かったってば!反省してるもうしないって・・・」
 「アンタの反省はイマイチ信用できないのよー!ああもう鳥頭ッ!」
 「と、鳥ってブルマさん、トランクスくん、そこまで酷くないですよ」
 ブルマの陰で身を縮こませるトランクスの哀れな姿に微妙に目頭が熱くなった。あの調子で30分間ずっと怒りを浴びていたのなら十分だろう。

 「あーっと、ブルマさん」
 控えめにかけた声に、四つの視線がグルリと向く。こちらを認知して開放の予感に輝く3つと、まだ怒りを湛えた一つ。
 (うあ)
 射竦められて頬が引き攣った。なんでもないですと尻尾を巻きそうになる精神を叱咤して笑う。出来るだけ穏便に、かつ被害は最小限に。自身に言い聞かせる のは保身の為以外の何物でもない。
 でも出来るなら引っ込みたいなあ。

 「お説教って程々にしとかないと、ストレスになって性格ひん曲がることが多いらしいですよ」
 捨てられた子犬のように見詰めてくる少年達(主に紫色の坊主)の目には逆らえず、適当な提案を示した。しかし適当ながらも少しは考慮すべき事例だったら しく、彼女の目は少々揺れる。自分で言っといて何だが意外だ。・・・まあ、誰しも癇癪玉の親にはなりたくなかろうが。
 「この年代の子供ってそういう影響大きいみたいですし、ここで性格決まるって言っても間違いじゃないとか言われるじゃないですか」
 「・・・そうかしら。でも、やっぱり駄目なことは駄目だってわかるまで言い聞かせるべきじゃない?」
 「駄目だってわかってるけど理性がまだしっかりしてないってだけじゃないですかね。ブルマさんの言ってることも堂々巡りし始めたし、多分これ以上は悪影 響なだけだと思いますけど」
 多分ね。心の中だけでひっそりと付け足したが勿論ブルマには知る由もない。数秒顎に手を当てて考えた後、納得したようなしないような複雑な顔で彼女は怒 りを退けた。

 我ながら短時間の鮮やかな手際。一斉にギャラリー3名───確かこちらが本来は主であった筈───にやんやと誉めちぎられ、私は脳内でレベルの上がる音 を聞いた気がした。



更 に進みませんでしたー
せ、せめて誰か一人とくらいコンニチハしましょうよ展開的に
悟飯くんギリギリアウトです

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