Ifeel dizz




13

 大人しそうな少年がにっこりと笑う。はにかんだ笑みは、ショタ属性の友人のが即刻お持ち帰りしそうな程度には可愛らしかった。
 「ええっと、取り合えず初めましてこんにちは、孫悟飯です。何ていうか助かりました」
 「いやいやどうも初めまして、です。ていうか私、30分間は見捨てておいたんだけどね」
 「・・・もっと早く助けてくれよ薄情物・・・」
 負けぬ笑顔で切り返す私に入る突っ込みは、早くもデフォルトコマンドのシカト・・・は、子供に良い教育にならないので人体急所の一つ、目と目の間、鼻骨 の一番低い部分に強烈な指突を食らわせておく。そういえばこっちに来てから初めての暴力かもしれない。初回犠牲者だ、可哀相に。
 しかし、ぎゃ、と尾を引かない悲鳴を上げて廊下を転げ回る姿は痛快である。呆然とこちらを見る二人───恐らくは兄弟───なんて気にならない!
 「あ、あの」
 「大丈夫。死にゃしないから。んんでそっちのおチビちゃんは?」
 埃を立てるトランクスを無情に踏み付けて尋ねた。当然だが、元々ビクビクと私を伺っていた少年は大きく顔を引き攣らせて後退る。

 「こら、悟天、ちゃんと挨拶しないと殺されるぞ・・・!」
 「ごてんですよろしくおねがいします!」
 「ちょっと待てコラ兄弟」
 襟首を掴んで引き戻す、悟飯のその慌てぶりに僅かな殺気が湧き上がる気がするのは、果たして本当に気のせいだろうか。一瞬で舞い戻って礼儀正しく背筋を 伸ばすお子様に拳が固まるのは気のせいではないと言い切れる。お前、初対面で生命の危機感じるとかないだろ。殺されるとか普通言わないだろ。
 自分の行動を見返してみろとは一切感じません。

 「殺さねえよ。つうか死んでねえよ」
 恨めしげに見上げる下着少年を解放すべく足を上げ・・・這い出そうとした瞬間再び落とす。蛙が潰されたような声が絞り出された。
 (強いっぽいんだから、ちゃんと抵抗すれば良いのになあ)
 困るけど。呆れ半分、力を誇示しないことへの感心半分。もう一度足を退けてやると、主婦の敵、主な生息地は台所の黒い悪魔の如き素早い動きで悟飯の足元 に移動。ガバチョと彼の足にしがみ付く。
 「くくく黒い悪魔ー!」
 「うっさいよ真の悪魔の息子。ほんのオチャメじゃない」
 「オチャメで急所に一撃入れるか普通ッ!」
 「うんまあ」
 「タチ悪いよ・・・!」
 あっさり頷いてやると健康的な色をした顔面から音を立てて血の気が引いていった。
 リアクションが本当面白い。こういう所が悪戯心を刺激するのだとわからない辺りが面白い。いつかわかった時が、きっと大人への第一歩だ。推測する限りで はとっても捻くれた大人への。

 「あの・・・取り合えず無視しないで欲しいんですけど」
 良い感じにあったまってきた心を引き戻す声に顔を上げる。困ったように笑う悟飯に先程の怯えは一切ない。度胸があるのか物忘れが激しいのか、はたまたそ もそもノリの演技だったのか。
 その弟は完全に怖がってしまっているままである。たまにはナマハゲ役に回るのも、それはそれで面白いと思う。が、何となくこのままだとこの子、私が悪魔 に 変貌する夢でも見て夜中に泣き出しそうな雰囲気なのでフォローは入れておこう。

 腰を屈めて目線を合わせ、一歩下がる悟天に笑いかける。・・・その笑顔に更にビビッたようだったが、その辺は子供の順応力。幾分柔らかな声で話しかけ た。
 「今日は、トラと遊びに?」
 ビジュアル的には悟天が引っ付く悟飯の足に話かけているようなモンだ。そろりと片目だけ出した悟天が恐ると口を開く。あからさまな恐怖がちょこっとだけ 胸 に痛い。
 「う、うん。おかあさんが家掃除するから出ててって・・・」
 「おんだされちゃった訳ね。私は昨日からブルマさんちに居候させて貰うことになってるんで、まあ宜しく」
 友好の証に利き手を差し伸べる。差し出された餌を前にした野生動物のようにそろそろと、小さな手が指先だけを握った。赤子と握手してるみたい。くしゃり と 不意打ちで頭を撫でて姿勢を戻すと、私はにっこりと笑って言った。
 悟天の子供にしては硬い手の感触に、こいつらももしかして化け物級戦闘能力者かと怯臆しながら。

 「悟飯くんも、一年間どうぞ宜しく」



14

 流れは全く記憶にない。リビングの食卓に陣取り私は何故だか悟飯と語り合っていた。そして更に何故だか、ベジータが無言でソファを占領している。部屋に 引 き篭っていた筈なのに、他でもない、私と顔を合わせたくないから引っ込んでいたのだろうに。何故。
 その視線はテレビに釘付けであるが、その実、気配は明らかにこちらを伺っていた。盗み聞きならこっそりやれ。で、何故こっちを気にしまくっているのだ。

 「へえ、異世界から。それは奇特・・・何てことは言いませんけど、ええと、斬新ですねえ」
 「来たくて来たんじゃないよ。自殺志願者じゃないつもりだし。斬新は否定しないけどさ」
 肩を竦めて即答する。奇人変人大集合、更に言えば人としての鋳型をぶち破るヒトガタだらけのこの世界に、誰が好き好んで来ようと言うのか。まだ一日。一 日 しか経っていないのに既に確定有害生物3匹に遭遇済みだ。おまけに候補一匹・・・二匹。悟天が候補なら目の前のコイツも当たり前に候補である。童顔な割に 太めの首だとか、何気なく引き締まった身体だとか、露出した腕の力強さだとか。パーツの端々が私に悪寒を抱かせて止まない。
 「でもそっか、だから『一年宜しく』って言ってたんですね」
 どんよりと曇り始めた思考を振り切り、それでも僅か引き攣った笑顔で肯定。反応に怪訝な顔をする少年に何でもないよと声を掛けた。
 他に何か説明、或いは質問するべきことは。見たくない方面から必死に意識を逸らす。
 が。
 (何でだ・・・!)
 思い付く事は不安要素を煽る質問ばかり。正確に言うなら、不安要素を取り除きたいけれど、訊いて否定されたなら良いのだが肯定されたら行く先の人生が終 了 しそうな質問ばかり。
 唸り頭を抱えて下を向く。ううう、と迷うこと数秒、傍観者ベジータの苛付いた気配に覚悟を決めて顔を歪め、眉が情けなく下がっていることを自覚しながら 口 を開いた。末広がりが縁起良い何て大嘘もいいところじゃねえか。

 「出来れば否定して貰いたい」
 「うん?」
 前置きに、悟飯が可愛らしく小首を傾げる。普段なら少しくらい心温まったかもしれないが、今、そんな精神余裕はなかった。切実だ。
 「ベジータさんとトラくん、殺人ビーム出せるじゃんね。何かこう破壊的なの」
 「殺人ビームとか言われるの初めてですけど、僕も出せますよ。悟天も」
 さらりと告げられて二の句が詰まる。今すぐこの危険区域から逃げ出したくなった。それを堪えられた私は、往来で大々的に誉められるのが相応しい程に勇者 だったと思う。代わりに流れた一筋の汗。
 「・・・そう、私に向けないでね」
 そっと無理矢理微笑んで、一応自己防衛になったら良いなと気休め言葉は出しておく。
 「頑張ります」
 不吉な返答は聞こえなかったフリをしておいた。私の平和を守る為にも。

 もう問うのが心底嫌で仕方がない本題を口にするのに、たっぷり一分はかかった。それ以上伸びなかったのは、偏にベジータの苛立ちがピークに達しかけた殺 気 のおかげだ。嬉しくない。
 「・・・私さ、ピッコロさんに、空飛べるようになりたいつって弟子入りしたんだけど・・・」
 「ほう」
 多大な興味を示した声が漏れる。ベジータじゃなかったら、普通の人間が漏らした声だったなら、躊躇うことなく殴り倒していた。面白そうな声だった。悟飯 も 目を見開いて身を乗り出す。

 「・・・・・・・・・ピッコロさんも出せる?」
 頼むから否定しろ。後生だから違うと言ってくれ。悟飯がキョトリと瞬いた。死刑宣告を待つ囚人の思いで彼を見詰める私に、神は非情だった。
 「当たり前じゃないですか」
 朗らかな眩し過ぎる笑顔。私は机に突っ伏した。



15

 「・・・もしかして、弟子入り撤回しようとか思ってます?」
 ぐったりと肩を落とす私を窺う少年の声には心配の色が多少とはいえ感じられる。どうやら漸く、私が殺人ビームに生まれてこの方全く縁のない一般市民だと 気 付いてくれたらしい。遅いが。早くに察せない辺りが、所詮お前も一般市民ではあり得ないということか。
 落ち込んで立ち直れない、などという愚は流石にない。落ち込んでいても始まらないのだから出来るだけポジティブ思考で生きようぜ。そう考えとかないと やっ てらんねえよこの世界。

 ひらり、と力なく手を振った。
 「うんにゃ。自分の言動に責任を持つ人間としては、自由自在に飛べるようになるまで成る丈頑張るさ」
 あくまでも前向きに検討する言葉を、だがしかし悟飯は眉を顰めて応対する。
 「でもピッコロさんの修業ですよ。性格はわかってます?」
 「悪い」
 「・・・。まあ・・・。ええと、だから例えば飛べるまで海に向かって全力投げ飛ばしリピートとか、赤子を殺す勢いで全力高い高い飛べるまでリピートと か、 最悪、獅子の崖落としよろしく救命なしの全力崖下蹴り落とし一回きり運試しとか」
 澱みなく紡がれるEnd of the my life。それ以上を聞いたら未来を信じられなくなりそうだった。爽やかに笑顔を浮かべて、そっと椅子から腰を上げる。

 「さて、断って来るか」
 「言動責任はどうしました」
 服の裾を掴まれて制止された。それだけ脅されてどうしろちゅーんじゃ。私は勇気と無謀の区別くらい否応なしに付く人間だ。
 あの人類滅亡計画立ててそうな凶悪眼光緑色生物の下教えを請うなど、明らかに後者の馬鹿に成り下がるしかないじゃないか!

 「私は自分の言動に責任を持たない人間だッ!・・・じゃなくて、何だそれ、何で一々全力なんだ!?」
 「ほら、ピッコロさんてば一途で猪突猛進な愛すべき人ですから」
 「何処に突っ込めば良い?ソレは多分融通が利かないとか言いたいんだろうがしかも愛してんのかっていうかそれ以前に人じゃないと思うというか人だと信じ た くないとか言うべきか。つうか命を賭したオンリーチャレンジは絶対御免だぞ!」
 「僕に言われましても・・・。そうなったら諦めも肝心ですよね」
 「未来を諦めてなるものか───ッ!そんなん逃避するに決まってんだろうが馬鹿かオマエ!」
 「煩いぞキサマら!」

 怒鳴る私の声(そう、煩いのは私だけなのだが)に、ベジータの低い怒声が重なった。瞬時に空間に静けさが復帰する。そういや居たね、この人も。
 先程までと比較してやたら不気味な沈黙が痛い。ドタドタという上階から響くチビの足音に身じろぎするが、口を開いたらまた熱光線が飛来するのではないか と 思うと、迂闊に動き過ぎるのも憚られた。
 どうしようかな。
 ちっちゃい男の何やら考え込むような視線を感じつつ、土足の足をブラリ、と揺らす。と───。
 良いタイミング。良すぎるタイミング。ピンポーンと三度、間の抜けたお馴染みの、庶民的な音が響き渡った。水を得た魚のように、素早く席を立ったのは言 う までもないだろう。



いっ そ清々しいくらい進みません。良いことです。嘘です
野菜の王子様は暇人ですか?
次で再びP氏再登場!・・・出来るかな・・・

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