Ifeel dizzy
13
「もうすぐですね・・・」
唐突に呟いたデンデの言葉に、すぐには対応できなかった。意味を考えている間にもデンデの言葉は続く。
「さんは、その、どうするんですか?先に探しておいて待つのか、それとも復活してから探しにいくのか。あい、いや、それだけじゃなくてその、その 後、とか」
ぼんやりとしたまま質問を聞いた。手の中のカップが湯気を立てる。顔に掛かった温かさに視線を下ろすと、濃厚な焦げ茶色に呆けた自分の顔が映っていた。
どうって。
口中で呟いて顔を上げたところでやっと意味を飲み込めて、自分の愚鈍さに愕然とする。上目遣いに不安げな視線を投げているデンデは、セリフ途中でモゴモ ゴと口を噤んだ。何も言わない私を気を悪くしたのだと踏んだらしい。
「僕、お菓子取ってきますね」
「え、ああ、うん。ありがとう」
慌てた足取りで部屋を出て行った小さな後ろ姿を見るでもなく追いながら、椅子の背凭れに深く身を預けた。
もうすぐ。
意味深に紡がれたそれは、言うまでもなく「期限」だった。神龍を呼び出すための1年という期限。そうだ、あと1ヶ月を待たずにドラゴンボールは復活す る。
私が帰るのには1年待たなければいけないと告げられた、過去の記憶が蘇る。ピッコロが淡々と紡いだ奇跡の玉の制約の数々に、1年は長すぎやしないかと考 えた自分は、今思えばどこまでも愚かだったのだろう。
否。確かに長すぎたんだと理解する。
私がここに馴染むのに。私が心地よさを覚えるのに。私が───帰れることに二つ返事で喜べないほど、ここを好きになってしまうのに。
酷い困惑に頭痛を覚えた。先送りにして考えないよう細心の注意を払ってきたツケが今ここに終結している。途中までは思いを馳せて、決断はどこまでも意識 の外に置いてきた。基本即決がウリの自分が、最後の最後までぐずついて。
虚ろな思いが景色を滲ませる。力の抜けた体が重圧を感じる。神殿の白い壁に圧迫される思いなど初めてで、思わず咽喉を鳴らして気を紛らわせた。
ぐっと強く瞳を閉じて。
「ーッ!」
「うわあああああああぁぁぁぁぁぁッ!?」
突如掛けられた声に、椅子から無様に転げ落ちた。
「・・・どうした」
「あんたがどうしたばか師匠!何いきなり怒鳴ってんだ、上から下から臓器が出るかとおもったわッ!」
早鐘のように打ち鳴らされる心臓を押さえて、ついでにしたたかに打ち付けた尻を押さえて、涙目になって怒鳴る。まさかそんなに驚くとは思わなかったらし い(そりゃ普段ならそんなに驚かない)加害者、ピッコロが怪訝な顔をしてしげしげと私を見返した。
「何故と訊かれれば、勿論お前を脅かしてみたかったからだが」
「なんでそういうとこだけ必要以上にオチャメなんだ・・・!」
盛大に顔を引き攣らせて心の中でだけできる限り悪し様に罵る。最後にああチクショウ、とだけ現実に吐き出した。
「で、用は何ですか」
「調べものだ。手伝え」
当然のように言い放って踵を返したピッコロに溜息を吐いて、けれど別段反論もなく続く。昔なら文句のひとつもふたつも零していただろう。
自分はいつからこの宇宙人の仕事を手伝うのが当たり前になったのか。
「ナメック語の資料は疲れるから勘弁ですよ」
───あんなミミズ語を、いつから僅かとはいえ読めるようになったのか。
「資料の数次第だな」
「デンデ使えよ」
そろそろ決断しなければならないだろうと、重い溜息を仕事への憂いに紛らせて吐き出した。
19
思えばデメリットだらけなんだけども。
じゃんけんほい、と腕を振る。空中で何度も形を変える相手の掌を注視しながら自分の手の形を変える、この高度なジャンケンにも慣れてきた。
今の私はジャンケンの世界チャンピオンにも100連勝できるぜフウハハー!と考えて、それが大したメリットになっていないことに気が付いた。賞金とか貰 えるわけじゃないし。いや、貰えるのかな。貰えるかもしれないけどそんなんで有名になるのはごめんだなあ。
思考を飛ばしながらあいこでしょ、と出した握り拳は、悟飯のチョキに勝っていて。
「いただヒィ!?」
「あ、ごめんなさい」
脇に置いた両端凶器の竹槍に手を伸ばそうとした刹那、それより早く奪い取られた殺人用具は私の頬を掠めて過ぎる。
寸前で顔を傾けなかったらどうなっていたことか。考える気も起きなかった。
「ジャンケンって、咄嗟だと勝ったか負けたか間違っちゃいますよね」
「時と場合を考えて間違えろよ!」
竹槍を奪い取って声を荒げる私に、エヘヘと可愛こぶってごまかす悟飯は心底可愛くないと思う。わざとじゃないからタチが悪い。そもそもこの世界の人たち は、皆揃って天然で凶悪だから恐ろしい。
筆頭が緑色人種の我が師匠であることを思うと今すぐ死にたくなるのがとっても不思議で仕方がなかった。
───いや、気付かないフリはいい加減よそう。
死にたくなるのが不思議とか、そんなの嘘だ。現実逃避だ。うっかり殺人かますほど天然で凶悪なのが師匠って、ようは一番殺される可能性が高いのが私なわ けだから、そりゃ死にたくなるよ。殺されるのやだし。え、あれでも死ぬなら殺されても一緒じゃんとか、思ったり思わなかったり。いやでもやっぱりあんなば かやろうに殺されるくらいならあなたを殺して私は生きる・・・とか不可能だよね。殺されるよね。ばっちり殺されるよね。だって緑色だもん。そりゃ自然に比 べりゃ人間なんかちっぽけな生物だよ。ついでに問題の天然殺害マシーンの弟子一号かつ天然度も凶悪度も師匠を見習ってしまっているこの目の前の少年もどう にかしたい。万物撲滅キャンペーン恒常実施中なところまで師匠を真似ちゃったこいつがいるってことは単純に考えて殺される確率は倍率ドンってことになる じゃない。や、某野菜の国の王子様とその息子とその友人とその他の人々をあわせると、もう私には計算できないなあ。数学には自信あったんだけど計算できな いなあっていうかしたくないなあ。生き残れる確率の低さで死ねそうだから。思考でショック死とか斬新極まりなくて全国の話題の種になれそうだよね。
つらつらと筋の通らない思考を重ねた。ふと絶望という名の親しい友人が気軽に声をかけてきたので、そっと微笑んで片手を挙げる。
「・・・まずは死のう。話はそれからだ」
「え、さん死ぬんですか。じゃあ界王様とかに伝言お願いしてもいいですか?すぐ生き返らせてあげますから、心配はいりませんよ」
ああそうか、死んでもこっから逃れられるわけじゃないのか。あっさりとした悟飯の言葉に愕然として、取っていた死神の手を思わず放す。
つまり、いつ死ぬかわからないこのデメリットだらけの状況から抜け出すには、帰る以外に選択肢はないわけだ。いや本気で冥界に旅立とうと思ったんじゃな いけど。決して。
「ねー、悟飯くん」
黙って俯いた私を覗き込む悟飯に、ぼんやりと声をかける。
「私はこっちに来てから何か変わったかな。戦闘面では強くなったけど、それ以外に変化があったかとか、自分じゃよくわかんないんだよね」
返事を待たずに言葉を連ねた。無邪気な顔が怪訝に染まる。小首を傾げた様を感慨もなく見ていると、これが凶悪生物だとうっかり忘れそうだった。黙ってれ ば普通の少年なのに、口を開けばちょっと凶悪、動いてみれば大分凶悪な彼はサイヤ人。
「図太くなりましたよね」
「・・・うん?」
さらっと流された暴言まがいの言葉に耳が追い付かなかった。ワンモア、と催促すると。
「最初ッから随分図太い神経の人だなあーと思ってたんですけど、最近特に図太くなりましたよね。横面を竹槍が掠っても硬直しなくなったりとか、不思議生 物に平気で寄ってったりとか」
「もういいわかった。しゃべんな」
素早く片手を挙げて静止する。止められることがわかっていたかのようにピタリと口を閉じた悟飯に心から弁解したかった。
横面竹槍が掠っても硬直しないというのは、固まってる間の二次被害を避けるための反射であって、決して動じていないわけじゃない。不思議生物(例を挙げ るなら、カー○ィ似の黒い塊のような生物だとか、その類のもの)が平気だというのは、極限の不思議生物を師匠に持っているからで───今更その程度は平気 だっつうの!
ともかく。
「それは・・・メリットだと思う?」
「いささか」
震える声で尋ねた疑問は、どちらとも取れない答えに打ち消された。
20
飛んできた紙吹雪と大きな音に、正直、新手のいじめかと思った。
ドアを開けてコートを脱ぎかけた体勢のまま石像と化して、胡乱な視線を正面に向ける。こちらに小さな三角錐の底辺を向けて構えた大勢の人。状況が掴めな い。
ニコニコと笑う家主がテコテコと歩み寄って、完全に動きを止めた私のすぐ傍にぶら下がっていた紐を勢いよく引いた。バササ、と頭上で音がする。更に紙吹 雪が増量して。
「いたっ」
頭に落下してきた棒状のものに手酷く打ち据えられた。鈍い音が響くと同時に痛みを感じて、おまけに一反木綿的な何かに視界を塞がれて、もう、どうしよう かと思う。
「ハッピーバースデーイ!」
「おめでとーッ!」
「・・・どうも?」
わ、と沸く歓声。ノロノロと布のお化けを顔面から引き離すと、あろうことか胴体に落書きがされていた。お化けに落書きなんて、随分なことをするものだ。
Happy Birthday 。
呆然と数秒それを眺めて、頭上を仰ぐ。割れた球体がぶらぶらと不安定に揺れている。ああ、くす玉か、と理解した。
「・・・・・・・・・」
正面に視線を戻すと、笑顔の一同が反応を求めて身を乗り出していた。勿論、緑色の某宇宙人とか毎日ヘアワックス一本消費の某宇宙人とか似つかわしくない 生物は例外として。
きらめく数対の目に閉口する。というかしたかったのだけれど、そんな権利は認められていないくさい。
決して、絶対私のせいじゃない。せいじゃないけど。
「あの、今日、何日?」
何だかひどく申し訳ない気持ちで一杯になりながら、目を逸らして、蚊の鳴くような声で言う。
彼らは皆一様に顔を見合わせた。何言ってんだこの馬鹿。そんな心の声が聞こえてきそうな沈黙に顔を引き攣らせる。違う、私のせいじゃない。
「12月25日だろう。不本意ながらお前の誕生日だとか何とか。不本意ながらというか残念ながらというか」
「そんなに誕生が憎らしいなら、祝いのクラッカーを私に向けているその手の意味は何よ。じゃなくて」
「おねえちゃん、おめでとー!」
「さん、誕生日おめでとうございます?」
「じゃなくて。いや、悟飯くん、何で疑問系なんだ、そんな私の誕生日が憎いか───じゃなくて。そうじゃなくて」
違う違うと大仰に首を振る。パサパサと頬を叩く、大分伸びた髪が痛い。
「その、私の誕生日、昨日だったんだけど」
心を決めて潔く発言した途端。
傍らで天使の笑顔を浮かべていた悟天の顔が、世界の崩壊を迎えたような顔に変わった。まるで父親の他界を知らされたかに思える非業な表情で、トランクス の面の皮が固定される。ブルマはカプセルコーポが倒産したらこんな顔になるんじゃないかなと推測するほどのショックを受けたように立ち竦んで、その他、顔 面皮の柔らかい人々は、それぞれムンクの実写を忠実に再現した。勿論、緑色の某宇宙人とか毎日ヘアワ(略)。
予想以上の衝撃具合にギョッとした。一転極寒のツンドラと化した玄関で、リアクションの返しようもなくドアにへばり付く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・な」
完全なる静寂。唇を震わせて、同じく震える声でブルマが永久凍土にひびを入れる。
大恐慌の予兆に慌てて耳を手で塞いだ。
「なんで、言わなかったのよ───ッ!?」
ビリリ、と空気が衝撃波を伴って振動を伝えてきた。あんまりの悲痛な叫びに、目を瞑ることもできず。
「ご、ごめんなさい」
息を切らして涙目に佇むブルマに、私はただ一言謝った。
結局、過ぎたことは仕方がないということで誕生パーティは内緒の予定通りに行われた。手作り感溢れる室内の飾りつけはひどく手が込んでいた。机に乗り切 らない大量の食事の数々も、クリスマスイヴたる昨日のドンチャン騒ぎよりも絢爛豪華なものだった。
随分と用意が大変だったろうことは考えずとも知れることで、無意識に顔が綻ぶ。
「あの、ホントごめんね?この年で誕生日だよーって言い降らすのもなんだかなあと思って。ていうかクリスマスイヴだっつってパーティやったから、もうい いかと」
「それとこれとは違うだろ!クリスマスはただ馬鹿騒ぎする口実が欲しいだけのパーティだったし!」
「正直、誕生パーティも馬鹿騒ぎの口実なんですけどね。でもやっぱり、主役がいるのといないのとじゃ大違いですよ」
頬を膨らますトランクスはともかく、チラリと嫌味を覗かせる悟飯にも今は腹が立たない。ワイングラスを傾けてただ笑う。
「今日は特別にキサマの酌を受けてやろう!さっさと来い!」
「ベジータ、今日の主役に何偉そうなこと言ってんの!アンタ手酌どころかラッパで十分でしょ!」
「、修行がてらフジとかいう山から水を汲んでこい、3分以内だ!」
「だめだよピッコロのおじちゃん!おねえちゃんは今日はお休みー!」
「ほらピッコロさん、水道水ですよ」
こんなにも笑うのは久しぶりだった。悪戯をしてとかそういうんじゃなく、嬉しくて、楽しくて、心がじんわり温かい。食べて飲んで騒いで、手を叩いて喜ん で。今がいつまでも続けばよいと、そう思うのは私にはとても珍しいことだ。
「来年は、間違えないわよー!」
ベロンベロンに酔っ払った赤ら顔のブルマに、皆ハイテンションに拍手喝采を浴びせた。
それはたった二ヶ月ほど前のこと。
急 展開。この先シリアスに移行します
自分が忘れてたので一応書いておくと、ドリ主がDB世界に来たのは春初め
月で言えば3月です
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