Ifeel dizz




21

 自堕落に部屋で過ごす昼中、新芽が緩やかに成長を始める季節の暖かさに身を委ねる。まだ明け方頃には肌寒いが、もうすぐそれもなくなることだろう。布団 に包まったまま一日を過ごしていたいと思う今が、転じて健やかな脱皮を容易とする、季節。
 「もうすぐ一年、かぁ」
 寝台に転がってしんみりと呟く。ぼんやりと外に目をやって、軽く息を吐いた。
 春を目前にして突き付けられた事実に気が抜けた。デンデに指摘されるまですっかり忘れていたのは、多分見ないように心がけていた功労だ。ただし今回の場 合、その功労がいいものだとはさっぱり思わないが。

 帰る。その単語が苛立ちと共に痛みをもたらすようになってきたのは、一体いつからだったろう。17歳なんて人恋しいお年頃だ。あちらの懐かしい顔触れに 会いたい。早く帰りたい筈だった。
 なのに。
 (しまったよな・・・)
 帰還を思ってまず浮かぶのは緑色の仏頂面。続いて完璧な笑顔の割に裏からどす黒いオーラを隠しきれていない年下の兄弟子の顔。更に自然体でありながら殺 気すら漂わせる、怒髪天を突きっぱなしのサイヤ人の王子さま(らしい)に、ひどく世界の理不尽さを実感させられる、その嫁の破廉恥な名前をした美人さん。 やけに懐いてきた核爆弾のような悪戯っ子二人、サイヤ人にも負けない妙な迫力で圧倒する、中華風美人妻。頭に海苔の生えたちっさいオッサン、足元がお留守 なナンパ男、三つ目のハゲ、ファンキーエロス爺、喋る不思議亀、エトセトラエトセトラ。
 次々と脳裏に飛来する彼らに会えなくなる。それは考えただけで。
 (痛い)
 じんと痺れたまぶたを下ろすと、それらはなお鮮やかに思考を侵食した。
 (・・・うるさい)
 会えなくなるのは嫌だ。選ぶのは嫌だ。自分がそう思うのと同じように、彼らも無意識に同じ感情を向けてくる。控えめに、けれど確かに向けられる意識を知 覚出来ないほどに私は鈍くなりきれない。

 胸の奥に痛みを覚えてのどを詰まらせる。嗚咽めいた吐息を零しそうになって慌てて呼吸を止めた。固く上下の唇を貼り合わせて、奥歯を噛み合わせる。
 (帰るんだ。帰らないわけにはいかないんだから)
 泣くわけにはいかなかった。泣けば、その決定的な意思すら足元を溶かされて、きっと瓦解してしまう。
 ピッコロに悟飯にベジータにトランクスに悟天にブルマに、誰も彼も。こちらの人と会えなくなると思うと身を切られる思いがするのに、だからといって帰ら なければ、私の世界の大切な人たちに会えない。私は私を愛して育ててくれた父親が好きで、今は死んでしまった母親が好きで、友人たちが好きで。私の暮らし てきた17年間が詰まったあの世界を、どうして捨てられるというのだろう。
 それでも、どこかで思う自分がいる。
 こんなに充実していた一年がどこにあった。今までの人生に、こんなに忘れられないだろう時間があったか?楽しかったよ、じゃあバイバイ。そう言って捨て 去れる自信は?今、彼らを永遠に失くしたとして、全く滞りなく呼吸をできる自信は?
 頷ける自分なんてどこにもいない。固まった顔で視線を曖昧に彷徨わせる自分しか浮かばない。

 父さん、ごめんなさい。
 何度も呟いた言葉を舌先で転がす。その音の意味を、私は正直あまり理解していなかった。
 自分は何を謝罪しているのだろう。何を謝ることがあるというのか。
 「・・・ごめんなさい」
 それでも言わずにはいられないのだから仕方がない。震える声で、息が詰まるような苦渋の中。もう一度空気を振動させて唇を噛む。
 血液の赤に染めて光を通す視界を手で覆った。目を開けても、どうせここからじゃ天界は遠すぎて影も見えない───ここですら、見えないのだから。

 「・・・あ」
 見えないといえば。
 「そっか、問題ってそれだけでもなかった・・・」
 増える悩みに頭痛がした。年甲斐もなく知恵熱が出そうだった。
 ひと仕切り唸りに唸って、結局一先ず全部諦めた。また明日考えよう。もういい、今日は碌なこと考えられない。疲れた。今まで考えられなかったんだから、 今日を明日に回してもきっと害はないさ。
 私の中のナマケモノの声に説得されて、頭まで布団を被りなおしてまどろみを呼び戻す。

 遠ざかる意識の中で、先延ばしの虫が鳴いていた。




22

 ズルリと滑った足場に気取られて集中を乱した。小さな悲鳴をのどに押し込め、息を詰めて、いっそ体勢を大きく崩す。頭上を掠めて薙ぐ長い腕。堪え切れな かった恐怖から僅かに目を細めて。
 「───っぁッ!」
 返ってきた腕に後頭部を打ち据えられ、派手に転倒する羽目になった。おまけに強かに尻を打つ。
 「気配を追いきれないのなら、その分目を見開いて視界でカバーしろと言っただろう、馬鹿弟子が。この駄目弟子が!」
 「・・・生粋の真人間でごめんなさいねえ」
 倒れたまま、ちくしょう、と悪態を吐いた。

 何が嫌だって、駄目出しされてショックに思ってしまう自分が嫌だ。
 超スピードで殴りかかられて、ガードできなければノロマと言われ。私のものとは段違いの威力を誇る気弾を撃たれて、運よく避けてもそのくらい弾け意気地 なしと罵られ。ピッコロのゴムのように伸びる手にぎょっとして集中を乱せば、そんなことも予想できんのかと理不尽に憤慨され。
 違う。違うんだ。別にショックを受ける必要なんてないんだ。むしろピッコロに褒められた方が人として余程危険な事態なのであって、私はそこまでアレな人 種には至っていないのだと喜ぶべきなのに。
 慣れって怖い。実感する。確実に化け物に近付いているのにその都度の自覚もできない。
 今では気弾を撃てることを当たり前のように捉えている自分に気付いて愕然とした。

 「これってあっちでも持続する能力なのかなー・・・」
 「何の話だ」
 「M78星雲よりはわりと近い話ですよ」
 乾いた地表に仰向けに寝転がった。微かな呟きに反応した師の大きな耳が揺れる。
 頭のたんこぶと尻の打撲以外に目立った怪我はなく、珍しすぎるほどの軽傷。しかし真面目に答える気力は心身共に疲れた私にはない。今回に限りは心の疲れ は目の前の朴念仁のせいではないが、普段の蓄積を考えれば問いの放置なぞ可愛いものだ。
 目を逸らした私に向けられる視線を感じた。刺々しいそれはしばらく横顔を突き刺していたが、やがて不承不承に責めることを止めたようだった。

 「・・・ナメック星よりは随分遠い話のようだがな」
 「・・・・・・?」
 声質が変化したことを微弱に感じ取って、私は反射的に顔を上げた。
 岩肌に忌々しそうに向けた重たい視線は今にもビームを出しそうな恐相。心なしか尖らされた唇に首を傾げて半身を起こす。

 うわ気持ち悪い、と思わず零れた。
 「ピッコロさん、何、拗ねちゃってるんですか」
 「───ば」
 顔を歪めて指摘すれば、同じく顔を歪めて、なお気持ち悪いことに頬を赤らめて、彼は口を開いた。
 「だ、誰が拗ねたというんだ!他人の態度を勝手に捏造するな、イメージの侵害だ!この痴女ッ!」
 「普段女扱いしないくせに、こういうときだけより屈辱的なワードを選びやがる・・・」
 つまり照れているのだ。わかっていても腹が立つ。
 「大体、何シカトされたくらいで拗ねてるんですか、気持ち悪い」
 苛立ちに頭を掻くと、髪に絡み付いた砂がパラパラと落ちた。水浴びでもしたい。この付近に湖か川か、とにかく水場はあっただろうか。周辺地図を思い描い て・・・私は気付かれない程度に眉を寄せた。
 地図にだけは、あったはずだ。今あるのかは別として。

 「おまえが」
 思いたくない思いに囚われかけた私を引き戻す低い声。吐き捨てるように紡がれる声音に顔を向ける。
 ピッコロの表情に、純粋に困惑した。大きな疑問を抱えているのにぶつけることを躊躇う顔は、控えめに見ても彼には到底似合わない。戦闘種族は皆一様に猪 突猛進だったはずなのに、そんな認識を覆す顔をしないで欲しかった。
 「イスカンダルよりはきっと近い話ですよ?」
 「惑星ベジータよりは遠いだろう」
 「滅んでるじゃない。そこよりは近いよ」
 本格的に不機嫌になってきた宇宙人に、どうして私がフォローの必要を感じ得るのだろう。ムッツリと顔を顰めて口を貝と化した彼から目を外して溜息を吐 く。
 そしてそれは、不意打ちだった。

 「精神と時の部屋の最果てよりは、きっと、遠い話だろう」

 瞠目して振り返る。視界にピッコロの姿は映らなかった。
 逃げやがった。呆然と呟いて、私は一人、力の抜けた身体を持て余す。
 あるかなしかの精神と時の部屋の最果てともなれば、恐らくそれはこの世界の境とも言える場所だろう。異世界と呼べなくもない空間。そこより、遠い─── 私の世界。
 「・・・なんだ・・・」
 意外なことだ。何がとは言わないが、色々、色々なことで。
 酷く複雑な気分だった。
 再び積極的に大量の幸せを肺から逃がして、砂にまみれた己を見る。意外性にドッキリしたところで、身を清めてサッパリしに行ってみようか。そうしたら、 この心も晴れる、かもしれない。
 一旦は消した地図を再構築させて、足元に集中を開始した。




23

 「こんちこんち」
 「・・・何しとるんじゃ、ちゃん。そんなびしょ濡れで」
 「いやちょっとね、舞空術のコントロールミスって湖に突っ込んで」
 「ははーん、さてはワシを誘惑しに来おったな!?ふふーん、ちゃんごときに欲情するほど落ちぶれとらんもんねー!ちょっと服が張り付いててラインが 丸わかりだからってそんな貧相な」
 「やかましい。人の話聞けよ」
 硬いブーツを履いた足で老人の頭にネリチャギを落として───っていうとまるで私が大悪党みたいだけど───ふるりと犬のように頭を振って水気を落と す。吹いた海風に身体を僅かに震わせた。純粋に寒い。

 小さな島に建つ小さな家の前。相変わらずファンキーな爺さんに呆れながら、普段のように冗談めいた挨拶を交わす。
 初めてのときこそ面食らったものの、今では慣れたものだ。亀仙人はセクハラがあってこその亀仙人。悟ってクリリンに言ったとき、どうにも複雑そうな顔を されたのを覚えている。まあ、自分の師匠がそんな扱いされたなら、普通はそんな反応もするモンだろう。
 閑話休題。
 「とりあえず、シャワー貸して。さしもの私も風邪引きそう」
 服を絞ると、ボタボタと滝のように水が出た。2月の湖は、それはもう、想像を絶するほど冷たかった。気温はそこそこ温まってきたのにどういうことだ。
 「ほうほう、ちゃんは先にシャワーを浴びる派か。ワシはどっちかっちゅうと後の方がいひょうッ!」
 無言でピッコロ直伝の気弾を繰り出すと、寸でのところで避けられた。
 「いいいいきなり何するんじゃ!おおお、ワシのダンディなヒゲが、大事なヒゲが・・・!」
 「害悪は退治しといた方が、世のため私のためだとお告げがね」
 第二波を右手に集中する。心底恐ろしそうに一歩後退した姿に満足して、手を振って溜めた力を散開させた。上手く散らなかったエネルギーが一条、海を貫い て水分を蒸発させ、消える。

 「シャワー貸して?」
 にこやかに告げた希求は、青白い顔で承諾された。 



 簡素なバスルームで身体を温め、ようやっと一息ついた。水の滴る髪を乱暴に拭う。
 ここ一年で大分伸びた襟足が借りた服を布を濡らすのは申し訳なくて、水気を取るのもそこそこにタオルを首に掛けた。
 「亀さんいないの」
 「所用で出とる。何か用じゃったか?」
 「ううん、癒されたかっただけ。じいちゃんもいい加減、亀さんにエロ本買いに行かせるの止めなよ」
 「ワシじゃ癒されんとでも言いたいんか、失礼なやつ」
 万が一にでも癒されると思ってんのか?
 ギリギリで言葉にするのを我慢して、冷蔵庫を漁り飲み物を探す。目ぼしいものがない。というかそもそもアルコールとおつまみくらいしか入っていない。
 仕方なしに湯を沸かせ、キッチンを引っ繰り返した挙句にようやく発見したインスタントのコーヒーを作った。どこから水道や電気が引かれているのか、いつ も不思議に思う。
 ソファに腰掛けた家主に机を隔てて対座する。ぼんやりと外を見ると、青い海を遮るように橙色の修行着がはためいた。

 「もうすぐじゃのう」
 「・・・うん」
 唐突な話にも疑問は覚えなかった。今このタイミングで、もうすぐだなんてたった一つしかない。サングラスの向こう側の視線が、探るように向けられる。
 探ることなんて何もないよ。だって、まだ考えあぐねている。意図を込めて半眼を返せば、老人は彼らしからぬ真剣さを持って困ったように笑った。
 「まだわからんか」
 頷く。小さな首肯にふうむと唸って、同じように視線を外へと飛ばして。
 「大事なものは相変わらずかの?」
 「増えちゃった・・・」
 「そうじゃろそうじゃろ。そういうもんじゃ。線引きしたってどーしょーもないこともあるわい」
 「線引きって・・・じいちゃんそんなん知ってたの?」
 「あやつらとの接し方を見てりゃわかる。あっちも気付いとるじゃろ」
 それは私も気付いていた。もの問いたげな顔でこちらを見ていた悟飯を、何度見ぬフリをして回避したことか。その度捨てられた子犬みたいな目になるから、 罪悪感を押し隠すのにこっちは必死だったのだ。そりゃ気付かない方がどうかしている。

 目に優しい景色を視界から外した。ソファの上で膝を抱えて、ついていないテレビを睨み付ける。そうでもしないと、じんわりと痛む目の奥が、今にも決壊し そうだった。
 「・・・決めないといけないんだけどね、どうも駄目で」
 「ちゃんもそうしてると普通の女の子じゃなあ」
 からかうように言う亀仙人の言葉は多分労わり。暗くなりすぎるとどうも良くない。そう、良くないんだよ。むむっと寄った眉間の皺を伸ばすように努力し て、口から大きな幸せを嫌というほど逃げ出させた。
 「そんでこうしてお邪魔した次第、です」
 やっぱり相談するなら、一番の適任はこの人だと思うのだ。あるときはスケベ爺、またあるときはエロ爺。しかしてその実態もやはりスケベかつエロ爺なのだ けれど、亀の甲より年の功、という言葉もある。
 冗談を言いながらもちゃんと聞いてくれる。踏み込むところは踏み込んで、でも意思を強制することは決してないし、深層で思うところにやんわりと導いてく れる。
 何だかんだ言って、彼は結局凄い人なんだと認めているのが真実で。

 「聞きたいこととか、確かめたいこととか、色々あんの。ちょっと長くなるかもしんないんだけど───じいちゃん相談乗ってくれる?」
 随分と情けない顔をして強請る私に、老人は一つ快く頷いて。
 「ワシにわかることなら、お尻触らせてくれたら教えてやろう」
 「てめぇが死んだら触らせてやるよ」
 また踵を食らって思うさま悶絶した。





ど うやって最後の展開に入っていけばいいのかとモタモタしている内に
段々段々いらん話数が増えていく…
亀仙人かっこいいよ亀仙人
DBで一番のいい男は亀仙人だと思っております

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送