それから2年、こちらに来て3年。前回ドラゴンボールを散らばせて、調度1年。関係ないけど今年私は20歳。ようやっと態勢が整った今 年、そして今日、私 の世界に戻るために願いを示す日がついに訪れた。
思えば随分と長かったものだ。1年目は気遣わしげな目を向けられながら、しかしまるで気が変わらない内にとでも言うように早口に世界の修復を願い、2年 目 は私が口を挟まないことをチラチラ確認されながら焦りを帯びて世界の以下同文。
大規模修繕が一段落し、あとは細々とした願いだけとなったときの、皆の悲壮な顔といったら見ものだった。あのね、そんな真剣になって苦悩するような願 い、 今んトコないのよ。しっかり額つき合わせて話し合ったでしょ。
あいつらの脳には果たして、私の言ったことを記憶するだけの容量が残せていたんだろうか。メモリが足りなさ過ぎてデリートしちゃったとか、悪けりゃそも そ も一時ファイルにも保管されてなかったり。そうだとしたら、私が一度戻ったら戻りっ放しで帰って来ないんだとかいう勘違いが発生している気がしないでもな い。でももしそうなっても、神龍に頼んで無理矢理引っ張って来りゃいいことだよね。
春中の少しだけ身に沁みる朝の空気を帳消しにする、最高の温度調節がいつの間にか成された部屋で、置いた覚えもないラベンダーの香りが眠気を誘う。手を 伸 ばして枕元の時計をわし掴み───寝惚けた頭を瞬時に覚まして苦虫を噛み潰す。
「・・・あの野朗ども・・・!」
我関せずの時計の針が憎い。10時オーバーだと?チクショウ、私は確かに7時に目覚ましセットしただろうが。
飛び起きながら服を脱ぎ散らかす。クローゼットに手を掛けて開・・・かない。野朗、接着剤か何かでくっ付けやがった。力尽くで引っぺがすといくらかの塗 装 が無残に剥がれた。私のせいじゃなく、あくまで接着剤付けた奴が悪い。
適当に服を見繕って身に付け、適当に手櫛で髪を整えて部屋を出・・・られない。
「おい誰だ、そっちで押さえ付けてる馬鹿野朗───ッ!」
いくつもの気が団子になっているのを察知して、さすがの私も今なら魔貫光殺砲を放てるかと思った。
Ifeel dizzy 25
「さん、本当に帰っちゃうんですか・・・」
「だからそう言ってんだろ。そんで、こっちが落ち着いたらもう一度呼び戻せってのも言ったよね。悟飯くんいい加減理解しなさい」
「でもさー。帰るのは元の時間に帰れるんだし、もう1年くらいいてもいいと思うぜー」
「ズルズル先延ばしにしても気になるだけでしょ。あーもー、トランクスくん、眷属だからってジーパン引っ張るの止めて。落ちる」
「おねえちゃん・・・どうしてもダメ・・・?」
「そんな上目遣い涙目で悩殺しようとしても駄目です。つうかお姉ちゃん、悟天くん将来女誑しになる気がして凄く心配。どこでそんな技覚えてきたの」
「・・・・・・・・・」
「ベジータさん止めて。地球破壊活動ほんと止めて」
「このクソ弟子が!」
「何その突然の謂れのない暴言!文脈考えて話せよこのクソピッコロッ!」
ドラゴンレーダーと睨めっこという苦行にもそろそろ慣れてきた。というか慣れざるを得ない。なんせ全く探す気のない奴らをゾロゾロ引き連れての捜索だ。 私がやらなきゃ一生球は見付からないし帰れない。
一応クリリンだのヤムチャだの天津飯だのといった地球人組───天津飯は地球人でいいのかな。目が3つあったり手が増えたりするけど───は手伝ってく れているけれど、私は見たのだ。ブルマがあっちのドラゴンレーダーの性能を無茶苦茶に改造しまくっている現場を。あれは多分正常に機能しないのだと、私の シックスセンシズが告げている。
そんな感じの度重なる妨害は、ドアから出ることを諦めて窓から飛び降りた私になお降り注いだ。
ドアから再入場しようとすればワーッと先回りした馬鹿どもによって阻まれた。フェイントを掛けつつやっと中に戻りドラゴンレーダーを借り受けようとすれ ば、バラッバラに分解された細かな部品を机の上に見付けて崩折れた。四苦八苦の末何とか組み立て直してついでに予備のドラゴンレーダーも拝借すれば、今度 は家から出して貰えない。こんなこともあろうかと床下に作っておいた秘密の抜け穴から脱出を果たせば、いざ舞空術を展開しようとした私の足を文字通り引っ 張るお邪魔部隊5名。
足が千切れそうな重量をブラリと垂れ下げて待ち合わせ場所に合流した私を見たときの、あの地球人組みの同情の眼差しといったらない。9時合流の約束が、 実際私が必死の思いで辿り着けたのは11時オーバー。だというのに彼らは文句の一つもなく私の細い肩を優しげに叩いて微笑んだ。屈辱だ。屈辱の極みだ。皆 死ね。
「あ、3時ですよ。ちょっと休憩しませんか」
「そうしようぜ!無理するのってよくないしな!」
「ボク、チョコレート食べたいなあ」
「おい、レジャーシートを敷きやがれ!」
「ここは日当たりが悪い。場所を移動するぞ」
そういう事情からいい加減私も苛々しているわけで。
「・・・あ、の、な?」
握り締めた手の中で、命綱の探査機が悲鳴を上げた。負ぶったナップに乱暴にそれを放り込む。回収し終えたドラゴンボールとぶつかってガチャンとか不穏な 音が聞こえたが、知らん。こいつら超人の戦いに巻き込まれても無事なんだから、ちょっとくらい欠けてもきっと大丈夫だろう。根拠はないけど。
更にナップを荒地に放り投げた。乾ききった土の上を滑り、ささやかな土煙を生み出して汚れて止まる。
にこりと笑うと、全員が、あ、というような顔をした。
「邪魔するなら今すぐに失せろおおおおおぉおおぉぉぉぉぉぉぉッ!」
「わ、が怒ったー!」
「おねえちゃん怖いよー!」
「悟飯、パスだッ!」
「ナイスですピッコロさん!」
「ふはは、四星球は頂いたぜ!」
身を翻して殴り掛かる私。蜘蛛の子が散るように四散した阿呆どもが、銘々地上を、空を逃げて行く。
「テメ待てコラ・・・ッ!」
ナップ取られた。おまけに中身バラバラにしやがった。もう許さんアイツら。捕まえたらどうあっても縦2分割横4分割に引き裂いてやる。
いいか、地球人なめんなよ宇宙人ども。
100分の1くらいに省略したけど、大体球集めはずっとそんな感じ。
「あー・・・お疲れさん」
「うん。ちょっと頑張って殺してくる」
「まあまあ」
八つ裂きになりたくなければ大きく一歩を踏み出した私を止めるなヤムチャ。据わった目で告げると、心底ぞっとした顔ですぐに肩に置いた手を放した。
落ち着け、と4本の手が四肢を拘束しなければ多分、集まったドラゴンボールを囲んでヒソヒソやってる集団の中心に殴り込みを仕掛けていただろう。タハハ と情けない笑い声を上げるクリリンをペット的な癒しとして心を落ち着けた。しかしどうでもいいけど、やっぱり天津飯は人間じゃないと思う。
「さん」
大いに荒んだ心を宥めるのに最適な声が聞こえて振り返る。
「デンデ」
「遅くなってしまってごめんなさい」
いいんだよ。例え24時間待ち合わせに遅れようと、それがデンデであればさっぱり許せるから。日頃の行いとか考慮して。
「ていうか忙しければ別にいいのに。たかが見送りだし」
「だ、駄目ですよ、さんのお見送りに来ないだなんて!」
何やら必死な様子で力説する姿が可愛らしい。頭を撫でると擽ったそうに首を竦める仕草に和んでいると、馬鹿どもに対する怒りが根元から氷解するから不思 議───なわけあるはずねェだろ死んでも消えるかこの不満。
しかし八つ当たりは駄目、絶対。人によっては物凄い八つ当たるけど、とりあえずデンデにする気は毛頭ない。
「、ほんと態度違うよな」
「クリリンさんみたいな海苔の生えたハゲと触角生えた可愛らしいハゲへの対応が同じだと思う方がおかしい」
鼻で笑うと、鼻のないハゲが頬を引き攣らせて笑顔を歪めた。そういえばこいつも、目が2つ鼻が1つ口が1つの定義に当て嵌まらないので人間じゃないよう な気がする。
首を捻る私の横で、デンデがそっと頬を染め。
「そんな・・・さん・・・」
「神さま、照れるところ、違う。毒される、良くない」
実に的確な突っ込みが入った。見てみればカレー屋の看板に印刷されていそうな見覚えのある姿。
「あれ、ポポさんじゃない。降りてくるなんて珍しいね」
「見送り、来た。皆も来た」
「みんな?」
あっち、と指で示されて目を凝らす。
ゴマ粒のような塊がこちらに爆進してきていることだけはわかった。しかしそれ以上は人間の視力ではサンコンさんでも捉えられな「ブルマたちだな」はいす いません三つ目だけあって天津飯は視力がいいなあっていうか人間じゃないですよね天地が引っ繰り返っても。
時間を置いて近付いてきた自家用ジェットをもう一度見れば、確かに天津飯の言う通りにブルマその他の飛行不可能組がすし詰め状態で混戦していた。今と なっては私もそちらの常識の範囲内で人間であるチームにいたかったような。飛行可能?どう見ても人間以外です本当にありがとうございました。
空気を排出するような音が響いて、大気を汚しながら金持ちの証が着陸を果たす。うわ、よく牛魔王とか乗れたよね。
途中で何回か落ちかけたわよ!とのブルマの怒りの声に、ですよねー、としか言わない私は実に謙虚。だって、そんなんハナからわかってんだろ乗せんなよと 突っ込まなかった。誰か褒めて。
「遅れてごめんねー。決してちゃんの滞在時間を少しでも延ばそうとか姑息なこと考えてたわけじゃないのよ」
いや、そんなこと言われるともうそうとしか思えないんですけど。
あっけらかんと笑うブルマは今更ながら大物過ぎる。その隣で口元を覆って笑顔を浮かべるチチもが同じような言い訳をかまして脱力を促してくれた。
母は強しとかそういう問題じゃないこの人たちを誰かどうにかして。苦笑いを零しながら、背後から近寄って来た亀仙人に後ろ回し蹴りを食らわせる。見事に 吹っ飛んだ爺が鼻血を垂らしながら受身を取るのに舌打ちした。
「さ、最後に尻のひとつやふたつ、触らせてくれてもバチは当たらんじゃろ」
「自分の尻触って喜んでろミイラ」
「そんなんつまらんじゃないか!」
大きく首を振って不満を露に地団太を踏む老いぼれの嘆かわしさに息を吐く。もういい、そろそろ本題に入ろう。
山の間に身を隠し始めた夕日に目を眇めて、ドラゴンボールを振り返りながら戯言に応対を返し。
「カメハウス譲ってくれたら一回くらい───」
触らせてやんよ、と続く言葉を呆然と切った。ゴ、と溢れ返る殺気に、クリリンたちの情けない悲鳴が追従する。
「・・・あいつら殺す手伝いしてくれたら全裸で抱き着いてやってもいいよ」
「ワシ、まだ死にたくない」
ドラゴンボールを囲んで悪巧みをしている様子だった現在の殺害リスト上位を占める5人が消えていた。律儀に悪巧みを実行して。
つまり、ドラゴンボールを持って逃走して。
「・・・2時間くらい待ってて」
青褪めた顔で首肯する面々を一瞥し、大地を蹴った。
縦4分割横8分割っていうのは初めての体験だから、上手くいくかは不安なものだ。
本日何回目だったか数えただけで憤死できそうな、3年間の修行の成果披露宴こと鬼ごっこの詳細はこの際省こうと思う。それを語れば年が明ける。その前に 私のこめかみの血管が切れる。ただ一つだけ言うならば、人間やる気になれば何だってできるということだ。
死屍累々と山になったクソッタレを踏み付けて頬の汚れを乱雑に拭った。長々と深い溜息に幸せが逃げるなどと助言を頂いても仕方がない。だって最初から幸 せなんてないんだから。
「さて」
宵闇の中で美しく輝く夕焼け色の真円。最後のひとつを地に落とす。荒れた大地を転がって、同種と擦れて硬質な音を奏でた。
案外、神聖さも壮大さもない光景だ。単なる球が7つ揃ったのを見たところで特に感慨はない。まあこんなもんか。神が創ろうとモノはモノで、しかも言葉の 呼び掛けがないとあくまで単なる見た目綺麗な球だと言う話だし。
くるりと待たせた人たちを振り返る。春先はやっぱり寒い。暗闇でさえわかる青白さに、2時間も待たせて悪かったなと心から思った。
「待たせてごめんね。始めようか」
「いや、待ってない!全然気にしなくていいから!な!?」
「そう?」
心温まる優しさを受けて、今後クリリンを見る目を改めようと決意した。それに比べてこのカスどもは。
少しは見習うといいと手近にあった大柄な緑色を蹴り上げると、か細い呻き声が上がった。わお、まだ声を出せるのか。癪に障るからもう少し未知のパワーを 振り絞って牛乳拭いたボロ雑巾以下にしてやろう。
「、そんなのに構ってないで、早く呼び出しちまいなよ。また逃げられると面倒だろ」
山折りの関節を谷折りに直そうとしたところで18号に言われて、確かにその通りだと手を放す。ちょっと反動が付いただけで痛そうな声を漏らすなんて修行 がなってない。心なしか遠巻きに見守る地球人に首を傾げたが、どうせ大した理由じゃないだろうしほっときゃいいかと気を取り直した。
煌く7つの球を見て、何となく夜空を見上げる。神龍を呼び出すときには空が突然暗くなるんだ、とはしゃぐトランクスから聞いていたから実は少し楽しみに していたんだけれど。遅くなっちまったものは仕方がない。またいつか、戻って来たときにでも拝見させて貰おう。
視線を戻す。
「神龍」
気負いも溜めもなく、散々聞いた名前を舌に乗せた。呼び掛ければいいとデンデに教わったまま、出て来いと意図を込める。
空気が動いた。何の変哲もないただの球体が途端に圧倒的な存在感を持つ。目の前で変容するプレッシャーに目を細めた。風が巻き起こり、衣服が空気をはら んではためく。髪が頬を打つ。力に溢れるちっぽけな道具から空に向けて光が伸びて形を造る。雲ひとつなかった色の変わらない空で、ゴロゴロと凝った音が響 いていた。瞬きもせずに一部始終を細い視界に焼き付けた。
光はやがて色を帯び一匹の龍と成す。なるほど、神の龍と呼ぶに相応しい風体ではあった。ぼうや良い子だ寝んねしなとか、ああいう類の子供騙しではない迫 力を身を持って感じて、初めてこの球が私をこの世界に連れて来たんだと実感を持つ。
緑色の龍。ナメック人が創造しただけあって、部分部分でピッコロに似ていなくもない。
初めて見る生物をまじまじと観察する私を、赤い目が見下ろした。いくら図太いと言われる私でも気圧されて目を逸らす。と、いつの間にか復活したクソッタ レこと師匠その他がこちらを気まずそうに見遣っていて眉を顰めた。何だ、喧嘩なら買うぞ。
『さあ』
重厚な声に、私が発しかけた声は掻き消えた。
『願い事を言え。どんな願いもひとつだけ叶えてやろう』
地響きのように腹にくる声に顔を上げた。明らかに私を待つ龍の血のまなこと絡む視線。
今更躊躇いもクソもなかった。威圧感に僅かな緊張を生んで口を。
「」
開こうと・・・ああ、どうしてこう私の行動は一々誰かに阻まれにゃならんのだ!
「んだよ!」
ピッコロが阻んどいて悟飯が先に願い事言うとかいう連携プレイを取ったりしたら、今度こそ縦8分割横16分割どころか微塵切りにするぞ。心中相応の苛立 ちを口調に込めて睨み付けた。元々悪い目付きで睨み返されたって、3年間も過ごしてきた私がこの期に及んで怖がるべくもない。
場の全員の視線を受けて、いつもの仏頂面を際限ない不機嫌面に変えた師が言い辛そうに目を泳がせた。じりじりと上空からの視線が身を焼いている。早く願 いを言わないと視線で殺されることもあり得そうだから、用事があるならさっさと言え。
「・・・帰って・・・」
「あん?」
ボソボソし過ぎてて聞こえない。パードゥン?聞き返すと、理不尽に殺気を向けられた。
「だからな」
「早よ言え」
頬が染まる。うわ気持ち悪い。いつも言ってるだろ、頬を染めるのはデンデみたいな可愛らしい部類の生物だけが許される所業であり、アンタみたいな化け物 がするのは公害だから法的に許されないって。
せっつく私に飛んで来た光弾を素気なく払い退ける。普段なら払い除けた腕がすこぶる痛いのだけど、本日全く痛くない。威力がないのも気持ち悪い。今日の ピッコロほんと腹立たしい。まあこいつは腹立たしく思われる業の下に生まれてるんだから仕方ないけど。
「だから」
「・・・うん」
神龍相当気が短い。前の神がピッコロの半身だとか聞いたんだけど、もしかして神龍、ピッコロの気の短さとか受け継いでるんだろうか。性格受け継いでるん だとしたら、早くしろと言いたげに巨大な腕で私の頭をわし掴むのも止めてくれそうにない。卵みたいに潰されそうで非常に怖いのに。
素直に止めてと言うと「その願い叶えよう」とか言い出しそうだったから、已む無く耐えることにした。代わりに早く言えの願いをピッコロに無言で送信す る。きっと今の私の目付きは閻魔大王より悪い。
視線を送る先で、ピッコロがようやく重たい口を開いた。2度3度と往生際悪く開閉して。
「・・・本当に、戻って、来るんだろうな」
・・・私の耳には「メガンテ」と聞こえた。もしかしたら「パルプンテ」だったかもしれない。目を剥いたその場の全員───ワシワシと私の頭を握ったり放 したりする神龍を除く───の耳にも、多分同じように聞こえたに違いなかった。
愕然と口の筋肉が締りをなくした状態で立ち尽くす。開いた口が塞がらないのは呆れたときだけではないらしかった。これってトリビアになりますか。
「・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「だから、本当に戻って来るんだろうなと聞いているんだ!」
え、何、逆ギレですか。
言うだけ言ってそっぽを向いた彼に返すべき言葉は見付からなかった。問われた内容は理解できても、私の培ってきた常識が納得してくれない。ワンモアと発 することも憚られる。もう一度言われても心のツンドラ気候が悪化するだけだし。
つうかどうしたのこの人。人?頭が可哀相なのは元からだとして、更に酷くなるほど今日って寒かったっけ。
現実からうっかり逃避し掛けた脳を戻したのは、全く嬉しくないことに、痺れを切らし始めて力がこもった神龍の腕だった。爪怖い。
「は、早く答えろ!」
「いや、答えろったって」
だからさ、何回も言ってるじゃん。今日だけで両手足の指で足りないくらい言ったじゃん。
「帰って来ますよ」
はっきりと口にしても、どことなく不安を孕んだ表情は消えなかった。そんな顔されてもこちらこそ困る。あと気持ち悪い。
「・・・私が何のために一々言い換えてると・・・」
「何をブツブツと」
「なんもありませんよ」
態々気恥ずかしいことをバラしてやる義理はない。愛想なく手を振って。
「そんな心配なら、私の意向なんぞシカトして神龍に頼みゃいいでしょうが」
「誰が心配なんぞ!」
はいはいツンデレツンデレ。
未だ不満を拭わないピッコロを放って話を打ち切った。程々にしておかないと、私の頭が潰れたトマトみたいに変貌する。
デンデ、と呼び掛けると、長々呆けていた彼は慌てて駆け寄って来た。
「今後、お願いね」
「は、はい!ええと」
私を呼び戻すのは、あちらの世界で1年後。こっちでは何年後でも構わないけれど、戻すための願いと合わせて2回分の願いが空いたとき。嫌がらせで空中や 水中や土中にサモンしないこと。攻撃の洗礼禁止。
「それをデンデに頼む辺りがさんですよね」
「少なくとも、死んでも悟飯くんに頼む馬鹿はしないから安心して」
約束事を真摯に復唱した神の姿に満足した。頼むね、と再び押して上空を振り仰ぐ。
巨大な手が頭から離れて、神龍が姿勢を正すように身をくねらせた。
「神龍」
促す視線に目を合わせ、タイミングを失って留まっていた言葉を発する。
「ひとつ質問があるんだけどさ」
『言ってみろ』
偉そうな態度が誰かさんと被って腹が立つ。億尾にも出さず。
「私を私の世界に戻す願いと、肉体年齢を私がこっちに来たときの状態に戻せって願い。併合はできる?」
相当に無理な話だとは十二分に理解していた。
併合できるとすれば「3年前の状態に戻して私の世界に帰せ」だろうけれど、それじゃ困るのだ。3年前に完全に戻れば記憶もなくなる。この長いようで短い 期間を、なかったことには絶対にしたくない。
できたらラッキーくらいの心持ちで駄目もとで訊いてみたのだけれど、すぐにNOを返すと思われた龍は、想像に反して熟考に入った。
『・・・それが願いか』
「え、OK?」
『こちらに来たことがまずわたしの手違いだ。今回に限りサービスしてやろう』
うわ、神龍太っ腹。意外と融通が利く、言ってみるもんだ。心中で快哉を叫び小さくガッツポーツ。
頷く私に、龍の背が伸びた。天に角が刺さる高さで牙を覗かせて、吼える。
『その願い、叶えよう』
目の前が白く輝いた。水面に揺れる景色、瞬く星に似た光が周りを囲う錯覚。視覚がおかしいのか、脳が揺れているのか。身体が歪む。傾いている。私が、そ れとも地面が。末端の感覚がなくなって空気に溶けて消える。
超音波のような得体の知れない音が聴覚を支配する。疼く耳の奥深く。不快さにのどが鳴る。唾を飲み込む音さえ拾えない。
「・・・ッ、・・・ ─── ッ!」
「 ・・・───・・・ ・・・!」
サーモグラフィの視界。赤と黄色と緑色で彩られた生命体が叫んでいる。わからない、聞こえない。目を凝らしても固まりは揺れて霞み消えていくだけで理解 に及べない。
口が開けない、舌が動かない、のどに空気が通らない。
(絶対)
笑みは形作れただろうか。そもそもあいつらからはどう見えてるんだろう。漫画で見るように段々薄れていっているのか、それともワケのわからない生物に成 り果てているのか。
口を動かそうとしている事実も気付けない状態ではないといい。そうじゃなければそうだな、テレパシーでも受け取るといい。
(私を、ここに、帰らせてよ)
「 」
8割方が白光で埋め尽くされた視界の中、ちらりと見えた気がする緑色が音を生み出して。
(じゃあ、)
溶ける。
(私はね)
蜃気楼のように揺らめき空気に溶け消えた姿に、ふと気付いたことがある。
ぼやけて読めなくなった表情が、最後に笑みを浮かべた気がした。開いたように見えた口から声は出なかったが、不思議と言葉はピッコロに届いた、と、思 う。
「・・・ピッコロさん・・・」
落ち込みに背中を丸めた悟飯に恨めしそうに覗き込まれた。
「さんが帰っちゃったのに、何だか嬉しそうですね・・・」
非難を帯びた視線が集まる。心なしか殺意まで抱いた空気に慌てて首を振り。
「そ、そんなことはな・・・いや、別にアイツがいなくなったのが惜しいというわけでは・・・い、いや、そのだな」
そこまで言って馬鹿らしくなった。何故自分がこんなことで言い訳がましく弁明しなければならんのか。
「戻って来ないかもしれないんですよ!」
「・・・帰って、来るんだろう」
じっとりとこちらを睨み付ける半眼から逃れるために身を翻す。じゃあなと短く別れを告げて、大地を蹴った。風を孕んだマントがはためく。
呼ぶ声が地上で響いたが、今はとにかくここから離れたかった。理由など言いたくもない。
『・・・私が何のために一々言い換えてると・・・』
気付いたのだ、唐突に。どうして気付いてしまったのかと、その瞬間の自分を詰りたくなる。気付かなければ、認めたくはないが、心底認めたくはないが、そ れなりの気分の降下を味わっているだけであれたというのに。
『帰って来ますよ』
ああ、クソ、の意図は間違いない。悟飯に対してもピッコロに対しても『一々言い換えて』いたその意図は。
こちらの世界こそ、今のにとっては帰る場所だと。
「クソ弟子が」
誰にも知られてなるものか。己の頬がどうしようもなく緩んで、しかも僅かであれど高潮しているなどと!
気持ちを誤魔化すように吐き捨てて空を翔る。
無意識に向かう先がよく見覚えのある荒野だとは気付かないままに。
一 応終了っちゃ終了なんですが、もう一個だけ短いのが続くんじゃ。
最後くらいドリーム小説のような展開にしてみるキャンペーン未だ実施中です
ほら、ピッコロさんドリームになってるような気がしませんか?しませんか。
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