ブルマに仕事を押し付けられた手前、実にやる気なくキーボードに手を滑らせる。ガシャーン、という派手な音と共に硝子の破片が飛び散ったのは、間もなく ひと段落つきそうだとほっとした矢先のことだった。

 透明な粒子が陽光を弾く。空中で無数の光がキラキラと輝く様子はこの上なく絶景だった───そこが屋内で、しかも自分の部屋じゃなければ。
 見向きもしたくない心を抑え付けて、油の足りない首をギギギと回す。
 酷いものだった。この部屋唯一の大きな窓から、透明な一枚板が完全に葬り去られている。窓枠に往生際悪く残る破片すら見付からない。
 窓を割った原因が綺麗に一回転して、地に降り立つ音がした。ジャリ、と落ちた欠片の悲鳴を生む。そのまま何事もなかったかのように一歩二歩と歩いて、止 まった。
 「・・・・・・」
 自分に怪我の及ばぬ範囲での惨事だったから、反応は信じられないほど鈍かった。目を見開くこともなければ、反射的に肩を跳ねさせるでもない。そんな些細 な驚きの反応すら現れなかったわけなので、当然身構えることもなく、ましてや声すら出なかった。

 それでも何とか気を取り直す。窓に張り付いた視線を引っぺがして動かした。
 床に沿って視線を進ませる。割られて散った鋭利な破片が踏み潰されて粉々になった跡を見付けて、どうしようもない憂鬱が込み上げた。そこから目線を動か したくない。
 「フン」
 そのつもりはなかったが、それは行為としてはシカトだった。気に障ったらしく、わざとらしく鼻を鳴らす、窓を割った原因こと侵入者。仕方なくちらりとそ の姿を認めて、深い深い溜息を吐いた。
 趣味は光合成、と胸を張ってほざきそうだと勝手に思っている。師、ピッコロが腕を組んで、閉じた扉に偉そうに背を預けていた。

 状況から察するに、舞空術で飛んできて、わざわざこの家の手前で降り立って、の部屋の窓を目指して走って、顔の前で腕を交差して身体を丸めて窓を突 き破って、たなびくマントで窓枠に残った硝子片すらも蹴散らして、アクションスター顔負けに床を転がって、何事もなかったかのような態度でそこに居ついた のだろう。勿論現状のこんな推測は、前例があるからこそこんなに細かくできるわけで。
 玄関から入ってこないのは元々だったが、最近アクション映画を悟飯と見に行ったらしいピッコロは、何かにつけて破壊と共に登場するようになった。ほんと いい迷惑だ。死ねばいいのに。死ねばいいのに。死んだ瞬間タイムトラベルで時間が逆行して更に99回死ねばいいのに。

 「・・・直して下さいね」
 既にパンパンになっている堪忍袋に心の声を詰め込んで、できるだけ平静な声で言う。壊すだけである程度満足らしい破壊神は、素直にこくりと頷いた。あっ さり直すくらいなら最初から壊すな、という正論は、じゃあ直さん、という反論が怖いので捨てる。

 自分も大人になったものだ、と感慨深く呟いた。それだけトラブルまみれなのだと気付きかけた理性も、やはり丸めてポイして射撃の的にして跡形もなく破壊 した。








 「・・・キサマとの付き合いも、もう四年になるのか・・・」
 何度見ても見事なものだ。ピッコロが生んだ跡は細傷一つ残さず、元々あった少しの汚れは落ちることなくその場に残す、完璧な復元。汚れは落として綺麗に してくれてもいいのに。ちらっと思ったが、まあ、そこまで文句は言うまい。
 感心しながら窓を撫でて、ふと向けられた言葉を反芻する。

 「・・・え?いや、まだ一年も経ってな」
 いきなり何言い出すんだこの宇宙人。眉を顰めながらの言葉は、半ばにして削られた。
 「随分と早いものだな。荒野で呆けるを見付けたのは、ついこの間だと思っていたが」
 「ついこの間ですよ。あの、ピッコロさんついに公転周期四分の一とかの別次元に行っちゃったんですか」
 「四年ともなれば、歩けなかった悟飯もスーパーサイヤ人になれるほどの年月だな」
 「私は知りませんよ、そんな異次元に生きる悟飯くんは」
 壊滅的な噛み合わなさ。あんまり言動がおかしいので視線を窓からピッコロに移すと、彼はどこか懐かしむような目でを見ていた。
 正直はっきり言って物凄く気持ち悪い。そんな、ほんの僅かとはいえ慈しむような目を向けられる覚えはないし、そもそもピッコロに慈しむような目、という 目があることさえ気持ち悪い。
ていうか何の話だ。

 「ひ弱だわ、気は上手く扱えんわ、当初はどうなることかと思ったが・・・まあ、中々・・・といったところか」
 まるで珍獣を見る目で異常な言動を窺うに、ピッコロは気付いているのだろうか。
 の実力を認める発言に身体が凍り付く。背筋を蜘蛛が這っているようなおぞましさを覚えて、顔からさっと血が引いた。
 そこでようやく、彼は呆然とするに気付いたようだった。はっとした様子で口元を押さえて、勢いよく顔を背ける。ちょっとほっとした───のは刹那の 間だけだった。

 「か、勘違いするなよ、当初に比べればということだ!上達はしたがまだまだ手が放せるレベルでは───い、いや、勘違いするな、修行をする必要がなくな るのが寂しいから撤回しているわけではなくだな、その、キ、キサマを放置すると、周りに迷惑がだな」
 え、何このツンデレ、気持ち悪い。この人こういうキャラだったっけ。
 つらつらと言い訳がましく紡がれる言葉に耳を塞ぎたい衝動に駆られたのは、別に悪いことじゃないと思う。というか当然の衝動だと思う。これが例えばデン デのような年齢の生意気な少年とかなら可愛らしいもんだと堪能できたものを、何が悲しくて死の淵に追いやってくれる鬼師匠から聞かされにゃならんというの か。
 罰ゲームか何かなのか。そんなには悪いことをしたのか。
 あんまり混乱して、迷惑はアンタだというツッコミも浮かんでこなかった。がっつり固まって言葉を耳からシャットアウトした今も、目の前でアワアワと言葉 を濁し続けるピッコロにHPを削られ続ける。例えるならドレインとかアスピルとか食らってる気分。

 いい加減ツッコミ待ちなのかと疑い始めた。窓から身を投げ出したくなった頃になってようやく、一際大きく鼻を鳴らして、言い訳が完結する。
 「まあ、今後も、め、面倒は見てやろう!なんせ周りが迷惑を被るからな!」
 思い切り照れきった顔で宣言されても、こちらとしては返答など一つしかない。
 「いや、いらな」
 「ありがとうと言え」
 「・・・・・・・・・」
 もしかして本当に罰ゲームなのかな。ていうか罰ゲーム通り越して人生の中に罰を背負うという運命があって、今がその時だったりするのかな。
 ピッコロの面倒を「見させられる」権利を勝手に押し付けた上に感謝の気持ちを述べなきゃいけないって、一体自分はどんな罪深い業を背負って生きているの だろう。あんまりのことに信じてもいない前世の自分を殺しに行きたくなった。

 「・・・・・・」
 「四年間も面倒を見てきてやったんだ、い、今更投げるのも、後味が悪いからな」
 だから、一年だったら。
 しかしピッコロの妄想を現実のものとすると、自分は四年間もピッコロの面倒を見続けて、更に継続を約束させられるのか。耐えられない。いっそここで命を 断ち切ってしまいたい。多分わざわざ自分で切らなくとも、四年あれば途中で強制的に断ち切られることがあるだろうけれど。
 頑なに口を閉ざす。いつの間にか向き直っていたピッコロの視線が、言え、と強制していた。時間を置くにつれてピリリと空気が棘を孕む。

 やがて電気風呂も真っ青なほどに肌を刺すようになった緊張に耐え切れなくなって、は人生で一番の汚点を作り出した。
 後から考えると、できることなら前世よりもその瞬間の自分を殺したくなるほどの屈辱だった。

 「・・・ありがとう、ござい、ます」

 ゲロと血と反吐を一緒に吐きそうな声音に、だがしかし師は、よし、と機嫌よく頷いて。
 「い、いいか、べべ別に、キサマのためではないからな!」
 コロリとまたツンデレ化して、性急に身を翻して、また窓を割って空へ飛び立った。ガシャーン、と本日二度目の惨事は、今度は広い庭に散乱する。直す人は もういない。これからどうしたらいいんだろう。








 「あの人、萌えキャラでも目指し始めたのかな・・・」
 無茶すんなよ、と、全てのツッコミどころを放棄して、点けっ放しだったパソコンの電源を落とした。
 もういい、仕事は明日やろう。全部なかったことにしたい。そういえばデータ保存してなかったけど、それもなかったことにして明日一からやり直したら、 さっきの発言もなかったことになるかもわからない。

 心の底から夢オチを希望したのは、初めてだった。



タイムパラドックスにの 手を



サ イト作ってもう4年もたちました。来訪下さるみなさま、本当にありがとうございます
1年目をすごすドリ主と4年目に生きるピッコロさんのかみ合わない話
4年も一緒にいれば、ツンデレになるときだってきっとあるよ
 

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