Ifeel dizzy
7
─────落ち着かない。
宛がわれた840×720センチ(計った)、丁度学校の教室ほどの部屋の中、私は本を置いて深く息を吐いた。
こめかみを揉んでぐるりと辺りを見回すと、目に入るのは豪華極まりない家具の数々。キラキラとしたオーラが後光のように見える。気圧されるくらいに眩 い。外の夜の暗さなどは簡単に吹き飛ばしてしまうのではないだろうか。
座っていた天蓋ベッド───レースふりふり、ピンクの愛らしい刺繍が目に入ろうと決して姫ベッドなどと呼ぶもんか───から離れ、煌く棚に本を戻す。
ただ文字が読めるか、文法は同じかなどを確認しただけだ。中身は普通に日本語で書かれていて、不思議だったけれど、本当に死ぬほど不思議だったけれど、 まあ一応安心した。
とった本の他にも並ぶ十数冊。置かれたそのジャンルは全て電気工学系で、いかにも「部屋の見栄えのためだけに適当チョイスしました」と言わんばかりの彩 りだった。中には複雑な装飾が施されているものもある。
何にしても部屋全体はまんべんなく輝いていて目が疲れる。
ブルマさん、こういうの選ぶ趣味悪いのかな。
居候の分際で、そんなことを思ったりして。
(・・・おや?)
ふ、と。どこかで空気が動いた・・・気がした。知覚した途端、短い黒髪がゴオという風音と共に激しく靡く。ありえないほど強い風。ドアに向かって収縮す る空気に嫌なものを感じ、慌てて部屋の隅に避難した。
(何、なに?何かヤバイッ!?)
背筋がザワザワする。喉が引き攣る感覚に、本能的に身を縮めた。顎を伝って流れた冷や汗が、滑らかな、継ぎ目の見当たらない床を微かに濡らす。
そして─────
「・・・何だキサマは」
何だってアンタ。
焼け焦げた床を視界に入れパクパクと間抜けに口を開閉しつつ、それでも声は出なかった。
壁に丸々と開いた穴の向こうで佇む男に与えるべき幾千万の罵声が浮かんでは消える。
天に向かう、スーパー○―ド(商品名)で固められたと信じたらもう疑えない黒髪を持つ、全身タイツのその男。人間ではこれ以上はないだろう悪い目つきを 緩めぬままに、掲げた手をゆっくり下ろす。エモノを狙う猫の足取りで近付くそいつに、心底から恐怖を覚えた。
─────覚えない人間が、一体どこにいるだろう。
問答無用にレーザー光線(らしき)をぶっ放した生物に!
避難していなかったら、今頃はとっくに神様とご対面しているところだったのだ。危うく自分をご臨終させた者の顔すら知らず───知ってても勘弁だけど ───あの世行きするところだったのだ。
・・・やばいよう。本気で怖い人だ。
ここまで恐怖したのは、ちょっとしたオチャメにマジギレした父親に車で磨り潰されそうになったとき以来かもしれない。
「答えやがれ」
「い、居候です」
パキパキリと指を鳴らしてまた一歩と近付く男から距離を置き、部屋の壁伝いに移動する。じわりじわりと狭まる空間。横目に壁を確かめて手を這わせると、 僅かな出っ張りに指がかかった。
逃げよう。
切実な想いが指を動かせた。目を閉じ、出っ張りをぐっと押し込む。音を立てて一息に照明が落ち、部屋を暗闇が支配する。瞬発力を駆使し、目を開き。私は ドアに向かって疾走した。
「待てキサマッ!」
「待てと言われて待つバカがいるか!」
遅れた対応、怒気をまき散らしつつ闇に塗り潰された目で追ってくる男から、今この時生きていこうと、全速力で逃げ出した。
8
壁を足蹴に角を曲がり、脇目も振らず直線をひた走る。
「ブルマさん、ヘルプ!」
襟首に手が掛かる一瞬前。一も二もなく駆け込んだリビングにて優雅に茶を飲む彼女に助けを求めた。
ハードル───この場合、幅広背低のテーブルと背の高いソファを軽やかに飛び越え、ギリギリで男の追撃から逃れる。捕まらないでいられたのはきっと日頃 の行いの良さ故だ!
・・・あるいは「憎まれっ子世に憚る」か。
「・・・どうしたのよ、ちゃん」
一心不乱にブルマの背に逃げ込んで情けなく隠れる。冷たいソファに手を添えて男を睨み付けた。
「部屋にいたらいきなりスーパーハードが喧嘩売ってきて、逃げても逃げてもストーカーのように追ってくるんです!」
びしり、と指を差して高らかに言うと、男は足で扉を蹴り閉めてからゆっくりと近付いてくる。獲物を眼前に捉えた余裕か、殺気は轟々だが飛び掛ってくる様 子はない。
「部屋に知らん気配があったから、攻撃してみただけだ、マタンゴ!」
今にも唾吐きそうな口調。なめきった態度に、私の闘争心の火が加熱する。
は、と生意気そうに息を吐いて口を開いた。
「マタンゴ、よりによってキノコッ!謂れのない悪口にも程があるでしょお笑い芸人!転じて全身タイツッ!つうか知らん気配感じたからって殺すな、それ普 段着かアンタ、カジュアルすぎるだろあーりーえーなーいーッ!!」
「・・・!畳み掛けるようなカウンタ悪口にツッコミ、なかなかやるな、男か女かはかりかねるツラしやがる雌雄同体めがッ!」
「女だばーか!一応申し訳程度に膨らんだ一対の乳が目に入らぬか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・黒目ちっちゃいから視界悪いのかな」
「・・・関係があるのか?」
「どうだろう」
大人気ない言い争いの割には、意外と早くあっさり収拾がついた。申し合わせたように押し黙る二人を見、ブルマは苦笑する。仲の良いことだ、と呟き─── 巨大な誤解だ───沈黙を打ち破った。
「急な話だったから、まだ紹介してなかったのよね」
多少は怒りが鎮火されているらしい、どっかりとソファに腰掛ける男。尊大に座れと顎で指された場に座る私ではない。敵め。無言でブルマの隣に陣取った。
ヤツのこめかみがピクリと動くのが、自然の摂理に逆らった前髪の下よく見えて気分が良い。
ザマァ。
ささやかな・・・本ッ当にささやかな反抗しか出来ない自分を情けないと思える理性が心の奥底何処かには存在していてくれた。
「で、何だそれは」
「一応そこで『誰だ』って方向だと嬉しいです」
控えめに口を挟むと剣呑な視線を返される。へらと笑って見返した。
一拍置いて。
「今日からウチに住んで貰うことになった、ちゃんよ」
(う、うわあ)
声に、『剣呑』とか生易しい言葉では済まされないレベルにまで眼光が鋭くなる。それは既に「視線」ではなく、私にとっての「死線」かもしれない。
理由はまた明日話すわ、何て優しい声は届かなかった。明日まで生きてられるのかな。
彼が何を思っているのかは大体わかる。粗方外れているといいなと明るい未来を傍観し、それでも、コイツと同居なんて冗談じゃねえよと思っていることだけ は外れていまい、と確信した。そこだけは同じ思考だろう。
「ちゃん。アイツは、ベジータ」
「はあ」
名前なんて大した問題ではないのだ。思いつつも押し寄せる殺気に脂汗を流しながらそれを記憶。今からでも「ベジータに殺される」とでも手紙を残しておこ うか。自分自身の葬式風景が走馬灯のように脳裏フィルタに焼き付いた。
そして続く声に覚醒する。
「私のダンナよ」
十分にあんぐりと口を開いた後。
「美人は趣味悪いって、本当だなあ」
この後ベジータとの関わりが深くなることには100歩譲って諦めて、仕方がないと納得しても。
気の毒そうにしみじみ呟いた私に何故だかマシンガン連射の如き光線雨が降り注いだのには、どうしても納得が行かなかった。
9
人の気配に目を開く。この世界に来て初めて迎えた朝は、全く見も知らぬやんちゃそうなガキンチョの姿で始まった。輝く瞳は好奇心の塊。
一度ゆっくりと、現状を把握するために瞬きをした。自分の家でないことを理解して、芋蔓式に記憶が戻る。昨日はあれからすぐに死体のように眠っちゃった んだっけ。イマイチ覚醒してくれない低出力始動の脳。しばしばする目を擦り、硬直した身体を大きく伸ばした。
(・・・はて)
で、こいつは何だ?
コキリ。肩が高く悲鳴を上げた所でやっと現実を直視する。上半身を倦怠感と共に起こすと、問題のお子様がキラキラと表情までも輝かせた。珍獣を眼前にし た研究者の如き瞳が寝起きの不機嫌さに痛い。
どっかりと掛布の上に陣取った、その位置は腹の上なのでさっさとどいてくれないだろうか。
深い草色の瞳にはてんで見覚えがない。竜胆紫の細い髪質には記憶のどこかで引っ掛かるものを感じたが、そこまで。年の頃は6、7歳。私は他人の年齢当て をとことん外す人間なので推測に信憑性はない。
掛布団を緩慢に捲り、半身を捻る。ようやくそのままでは起き上がれないという事実に気付いたのだろう。少年が勢いを付けて飛び降りた。
「ぐえ」
「あ、ごめん」
腹を蹴られて空気が押し出される。特に反省している様子もない少年の口調に頬が引き攣ったが・・・いやいやここは大人の忍耐。悪気はないのだから怒るま い。
「なあ、えっと、だっけ。異世界から来たってホントか?」
名乗った覚えはないのだけれど。
床に足を付けて立ち上がる挙動を見守る少年と視線を合わせて息を吐いた。どうも事態はいらんところで進展しているらしい。
「ホントだよ。・・・少年、名前は」
言って視線を下ろす。昨日のままの服で熟睡したので服はしわくちゃだけれども着替えはないのでこのままでいるしかないだろう。
「オレはトランクス。あ、着替えそっちにあるよ。ママが持ってけって」
「どうも。よろしくトランクスくん」
なるほど血縁がわかった。下着ね、ブルマも下着の一種って、知ってた?
トランクスというネームセンスも気になったが、きっと本人には言っちゃいけないことだ。せめて父方ベジータから取ってやれば良かったのに。
指差された方を見れば、山と積まれた色とりどりの布が鎮座している。気付かなかったのが心底不思議な小山だ。躊躇いを覚えつつ靴を履いて近付く───土 足が許される家は初体験だから、違和感はもの凄い。うわあ、と無意識に声を漏らした。
5割がチェリー・レッドやら猩々緋といった微妙な違いの、しかしどこまでも明るい赤の服。他、ダンディライアンや黄丹といった暖色が4割。残りの1割で やっと黒や紺があるのだが、その枚数は所詮2、3枚である。
その上。
「・・・君の母さん、センス悪い?」
「ちょっとね」
ちょっとではないだろう。口中で呟いて服を引き出した。
アジアンな太陽柄など生ぬるい、エキセントリックな色調のその一枚は、昔隣近所の兄ちゃんからジョークで貰ったお土産に似ている。中にはビキニ同然のも のとか、バニーコスチュームまで存在して。
「・・・どうしようかな・・・」
ニコニコと笑うトランクスを背後に、私は大きく肩を落とした。
先行きの不安がマントルに到達するのも、時間の問題かもしれない。
ど んどん書き方が変わってきています
あああ、ピコさんを早く!
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