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プロローグ

 パラパラと捲った雑誌に、いくつかの有益な情報。ポケットに突っ込んだ財布から札を取り出してレジに向かう。対応してくれたお姉さんがやたらとボインで 目 のやり場に困った。Eはあったんじゃないかな。あれは世の中の男性にはたまんないはずだ。ん、あ、しまった、別に私は見ても良かったんじゃん。損こいた気 分で店を出る。
 自動ドアの外は地獄だった。大焦熱地獄に行くには、ちょっと私の罪は足りなさ過ぎるんじゃなかろうか。殺生も盗みも邪淫も、飲酒・・・はしてるな、妄 語・・・も、するかな、邪見は微妙だけど、尼僧への強姦は以ての外だ。こんな酷い間違いで半中劫もここにいなきゃならないとしたら、断固閻魔に抗議に行か なけりゃ。
 夏の熱気に脳を茹らせながら、手の中で丸まった雑誌を伸ばす。手が汗で湿って、ページは捲くりやすいが気持ち悪い。本を読みながら歩くだなんて普通であ れ ば言語道断な行いだけれど、生憎と気配に聡い私にとっては全く以て危険じゃないので許して欲しいところだ。
 目を走らせながら木陰を求めた。暑いし日差しがきつ過ぎて目が痛い。丁度良い公園があったので、子供たちの群れを避けてお邪魔することにした。
 時計を見る。11時30分。
 尋常じゃないテンションで大騒ぎする子供たちの声をBGMに、必要な箇所だけの文字を目で追った。あー、これいいなあ。でもちょっと高いかな。場所は申 し 分ないんだけどな。
 引っ掛かった部分の裏を見て、何もなければ無造作に千切り取る。結局役立ちそうな情報は、掌サイズの紙3枚分だけだった。
 財布の札入れに紙を放り込んで───これが突如諭吉さんに変わったら物凄い嬉しいんだけどな───もう一度時計を見た。どうでもいいけど、この世界で何 が ショックって、「諭吉さん」って言葉がゼニの隠喩だと通用しない事実だ。11時50分。

 すっかり温まったベンチから腰を上げる。買ったばかりで少し迷ったが、雑誌をゴミ箱に投げ捨てた。不要なものを取っておいても仕方がない。安かったし。
 夏って上着がないからポケットの数が少ないのが不満。財布を仕舞った反対側のポッケを探り、携帯電話を取り出す。短縮から慣れた番号を呼び出して。

 「・・・あ、もしもーし、私。今近くの公園。・・・あ?まだ終わってない?帰るぞ」
 小さな機械から零れる、言い訳と、説得の声。馬鹿野朗、ジュース一本でこの炎天下待ってて堪るか。昼飯奢れ。
 「んじゃ、もーちょい時間潰してからそっち行くわ。じゃあねー」
 文句を喚く相手を無視して通話を終了させた。ついでに電源も落とす。暑さで理性の尾が爛れてるってのに文句なんぞ相手にしてみろ。数秒持たずに殴り合い に 発展させに飛んでく羽目になるぞ。
 手の中で電子機器をくるりと回して、数秒考える。
 時間潰し。

 「・・・そういやガッコの近くって、店あったな」
 ああいうところって学生さん用が多いだろうけど、皆無ってことはなかろうし。
 手から腰に重量を移してさっさと歩き出す。キャミソールが汗を吸って不快だった。背後では変わらず聞こえる騒ぐ声。
 若いっていいわね。おばちゃんはこんな暑いところで暴れたりできないわよ。
 

*****


 できるだけ急いで終わらせたレポートを印刷しながら荷物を纏める。横目で時計を見ると、1:00。これはまずい。非常にまずい。
 携帯電話に短い謝罪を打ち込んだ。ああ、きっと今日の昼ご飯は僕の奢りだ。それだけで済めばいいけど。
 「悟飯くん!」
 「ビーデルさん」
 まだ温かいレポートをホチキスで留める。声に振り返ると、ビーデルが上気した頬で息を弾ませていた。
 えーと、レポート提出はどこにだっけ。手の中の機械が唸りを上げる。片手を上げてビーデルに言葉を待って貰い、開く。
 文章は一切なかった。ただ、写メールがひとつ。続きを受信して届けられた画像に顔色をなくす。
 「怒ってる・・・!」
 バッグに地獄のメッセージを運んできた悪魔の機械を放り込んで、表紙に名前を走り書いて部屋を飛び出した。

 「ちょっと、悟飯くん!」
 すいませんビーデルさん。あんまり待たせ相手が怖すぎて忘れてました。元気に追って来た彼女の用事って、そういえば何だっただろう。
 考えながら、調度すれ違った同講義の受講者にレポートの束を押し付ける。ゴチャゴチャ文句が飛んできた気がしたけど、きっと幻聴だ。彼はきっと優しい人 だ。もし優しい人じゃなくてレポート出しといてくれなかったりしたら、うっかり僕の身体が金色に光り輝く気がするので、くれぐれもよろしく。ん、あれ、 僕、何か誰かに似てきた?
 「・・・この後ヒマかなって思ったんだけど、駄目みたいね」
 「あ、え、ええ。ちょっとさんと」
 ご飯及び買い物に。言おうとして、ふと留まった。
 だいぶ怒ってるさん。八大地獄の写真を送ってきたさん。僕をあそこへ送ってやるぞという明確なメッセージを寄越してきたさん。・・・女性に ひ たすら甘いさん。

 ビーデルさん来れば、僕の命、せめて崖っぷちに留まれるんじゃない?

 「───ビーデルさんもご一緒しましょう!」
 「・・・?いいけど、さん、いいの?」
 「勿論!」
 あの人のことだから、野郎と二人きりよりむしろ喜ぶと思うんですよ。
 上昇した気分に任せてビーデルの手を取った。もしかしたら機嫌悪いこともあるかもしれないけど、ごめんなさい。僕、自分可愛いんです。心の中で言い訳を 連 ねながら、何故だか赤く頬を染めた彼女を引っ張って校舎を飛び出す。

 1:05。
 は待つことも探すこともなく見付かった。門に軽く背を預けて、気だるげに顔を俯かせている。短パンにキャミソールという、肌の露出は高いけれど特筆 す べき格好ではないのに、やたらと注目を浴びていた。地味派手な人だからなあ。
 女の子二人組みに何やら声をかけられて、一転愛想良く笑顔を返す。一言二言交わして、双方上機嫌に別離。
 さっきまで多分不機嫌で、きっと僕が話しかけたらまた不機嫌になるだろう。そういう個人別に態度をはっきり分けられるのは純粋に凄いと思うけど、できれ ば 今はその気分を忘れないまま僕に向き直って頂きたい。
 祈りは中途半端に叶えられた。気配に気付いて振り返った彼女の顔には、夏の澄んだ空にマッチした爽やかな笑みが貼り付けられていたが、真に残念ながら僕 の 警告網には重大なエラーが引っ掛かっている。目の奥の光が非常に澱みきっている。
 神は死んだ。

 「ビーデルちゃん、こんにちは。どうしたの、そんなのに手なんか握られて」
 僕には挨拶もなしどころか、そんなの扱いですよ。酷いと思いませんかビーデルさん。あとすいませんけど、僕が誘ったことは内緒にしといてください。
 怒りが即座に爆発しなかったことに多少胸を撫で下ろしながら、汗を垂らして視線で合図を示す。
 「こんにちは。あの、悟飯くんが一緒にって・・・駄目だった?」
 「・・・ふうん、悟飯くんがね。いや、構わないよ。ビーデルちゃんなら大歓迎」
 アイコンタクトは成立しなかったらしい。寄越された視線が絶対零度の凍気を湛えて僕の心臓を射抜く。しまった、浅知恵をあっさり看破された。怒りに油を 注 いだ。
 こうなれば言い訳は無用。ひたすら謝るが吉と判断して口を。
 「じゃあ行こうか。お腹空いたし」
 開こうとした途端にシャットアウトされて微妙にへこむ。謝る隙すら挟ませてくれない辺り、今日はもう、向けられる理不尽にも我慢を重ねるしかないよう だ。

 「どこに行くの?」
 「そうだねえ、駅前の───」
 あの、それ、確か物凄い高いところですよね。ランチ一人分で1万ゼニーとか、そういう。
 足を止めて顔を引き攣らせる。前を行く女性二人。地獄の使者の方の女性が笑顔のままふと振り返って。

 「ほら、早く行くよ、財布」
 ・・・ビーデルさん、どうして今この人の隣歩いてて怖くないんだろ・・・。


*****


 でっかくなって心底可愛くなくなったとはいえ、仮にも弟分。今にもマジ泣きそうな顔を向けられ続けて平気なほど、私は鬼畜ではないつもりだ。
 学生さんはお金がない。そんなことは自分の経験からも重々承知で、散々チクチク弄った後は仕方がないので全員分払ってやった。
 あの瞬間の、潤んだ眼差しでの笑顔ったらどうだ。正直帰ってきて初めて悟飯を可愛いと思えた瞬間だったので、これはこれで良い収穫ではあった。上司がブ ル マってだけあって、そこそこ懐は潤ってるからね。たまには甘やかすのも悪くない。
 ただ一応報復はできてないから、帰ったらサンドバックな。
 裏のなさそうに見えるその下でそっと心に決めて笑いかける。機嫌良さげに笑みを返す、その顔が再び歪む瞬間が見ものだ。あれ、私ってサから始まってドで 終 わる性質の持ち主だっけ?

 「さん、これなんてどうです?」
 「んー?ああ、いんじゃないかな。似合うよ。緑以外なら」
 「えー」
 シャツを羽織って乙女のようにくるりと回る悟飯は、相変わらず気持ち悪い。どうもピッコロを変な生物だと扱き下ろすくらいにはマトモになったのかと思っ て たのに、違うのか。変だと認識した上でなお慕っちゃうほどピッコロさんだいだいだいだいだーい好きは健在なのか。怖い。

 それに引き換え。
 「ビーデルちゃんはこういうのも似合うと思うんだけどな」
 「え、ええ!?そんな可愛いの駄目ですよ!」
 大量の服のカーテンの陰で、こっそりフリルの可愛らしいスカートを当てていた彼女は実に微笑ましかった。

 真っ白のヒラヒラ裾フリルも可愛いけど、薄ピンクのふんわりタイプも合うと思うんだ。髪の毛を少し弄って、軽く化粧して、上はあくまでカジュアルなので 抑 えてさ。
 普段が動きやすさを追求した服ばっかりだから、たまにはキュートな装いも見てみたい。下心を胸にニコニコニッコリスカートを薦める私に、満更でもなさそ う に頬を赤らめて、窺うように目が泳いだ。誰にとは言うだけ野暮だ。
 よし、今だ後押し部隊!畳み掛けろ!
 「修行には適さなそうですよね」
 「びっくりするほど空気読めねえなあテメェはよおおおおおおおおお!」
 即座に爆発した私のラリアットが悟飯の首を的確に襲撃する。振り抜きついでに脳天に痛烈な肘打ちを落とし、更に膝を打ち上げて顎にアタック。脳を揺らし て なお追撃。傾いだ頭を右手で掴まえて、力の入らなくなった彼の頭部を床に叩き付けた。うーん、我ながら惚れ惚れするほどの流れるようなスーパーコンボ。 ビーデルが多少の心配と大きな驚きと、それに勝る感心の目をくれた。
 傷害現場を見ていない通りすがりの店員が慌てて駆け寄って来たが、ご心配なくと朗らかに返して業務に戻って頂いた。大丈夫、こいつらどんだけ攻撃しても オーバーキルにはならないから。死なないから。

 馬鹿が空気読まなかったせいでやっぱり止めようかなと商品を棚に戻そうとしたビーデルから、笑顔でそっと服を受け取る。訝しげな顔も可愛らしい。自分の 買 い物と一緒にレジに向かって。
 「え、あの、さん?」
 「すいませーん、これお願いします。スカートだけ袋は別で。あ、支払いは一緒でいいです。なあにー?」
 クレジットカードって実に画期的なものだと思う。まさしく魔法のカード。金下ろしてこなくても良いって素晴らしい。
 使いすぎが怖い?金銭感覚あんのかわかんないくらい湯水のように金を使うブルマさんじゃあるまいし、そうそう危なくなんてないよ。
 「か、買うなら自分で買うわよ!買って貰うなんて悪いわ!」
 「買うならでしょー。だってビーデルちゃん買ってくれないもん。買ってあげるからさ、今度デートしよう」
 わかんないだろうなあ。赤い顔で取り縋るビーデルの謙虚さが、益々買ってあげたいと思わせてるとか。
 『女の子は可愛い』がモットーの私の戯言に一々赤くなる彼女が心の保養だと気付いたのは、情けないことに結構最近だった。ああ、もっと早く知っていれ ば、 みすみす悟飯なんぞにくれてやりはしなかったものを!

 レシートに適当にサインを記す。顔を上げて女性店員さんにペンと紙を返した私に、何故だか注がれるうっとりした視線。
 え、何。
 「良い彼氏さんですねえ。羨ましいわ」
 ・・・おい悟飯、可及的速やかにちょっと来い。また私が誤解されてるから、コンマ1秒以内にココに来い。
 「いえ、私は・・・」

 苦笑と共に口から出ようとした反論は、思いも寄らない方向からかき消された。
 「、これも買ってくれよ!」
 「おねえちゃん、僕も!」
 「どっから湧いて出たチビ共」
 ちゃっかり品物を店員に押し付けて超笑顔で見上げる2対の目に溜息が出るのは、そりゃあ仕方がないってモンだ。これを心からの笑顔でカウンターできる奴 は 聖人君子に違いない。

 「何、今日最初っから来る予定してたの?」
 予定してたんなら朝言えば一緒に来たのに。
 「ううん、たまたま」
 「偶然だよなー。学校帰りにちょっと来てみたんだ」
 ガキ共は最近微妙にオシャレに目覚めてきたらしく、自分で服を買いに来るようになった。昔は適当に私が買って来てたことを考えると、手間が省けて嬉しい や ら、少々物悲しいやら。しかし気に入りの服を見るに、買い与えていたデザイン系統が影響を及ぼしているのは明らかで。
 「・・・まあいいや。払ってあげるよ」
 持ってきた服も言わずもがな。甘くなるのは仕方がない。
 諸手を挙げて歓声を上げる子供に、ビーデルと店員から与えられる柔らかな笑顔。ついでに向けられる生暖かい視線がむず痒くて目を泳がせると、駆け寄って く る悟飯の姿が───。

 「ああ、ずるいですよさん!僕のも買ってください!」
 オメーは自分で買えよ。
 拳一つで撃墜し、口を尖らせる悟飯の手から服を取り上げてレジ台に乗せた。

 そうだよね、約束してでも偶然でも、結構外で会えるモンだよね。
 「何です、急に」
 ひとりごちる私に悟飯が首を捻る。子供たちが受け取った服から顔を上げて、ビーデルも不思議そうに私を見て。

 ううん、何でもないよ。


本編続きです。DB世界に帰ってきたのが4月で、3ヶ月後の7月くらいからスタート。
次回からは前のDB本編と同じように、日記連載に戻ります
さて、いつ終われますか…またお付き合いくださると嬉しいです


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