あたまに大きなボウシをかぶって、かがみの前でにっこりと笑う。おかあさんにつくってもらった黒いマントとボウシは、わたしによくにあっていると思え た。こぼれた黒くて長いかみの毛も、色のうすい目も、いかにもそれっぽい。
 自分のすがたにまんぞくしてドアを開けた。おかあさんが、にあうじゃない、とうれしそうに言った。ちょっと照れたけど、わたしもうれしかった。走りよる と ホウキをくれる。こどもサイズのおそうじ道具をもつと、わたしはすっかりマジョ気分になった。
 「お、かーわいい魔女っ子ちゃんがいるねえ」
 「おとーさん!」
 ぱっとふり返ると、大きなボウシが落ちてきて目かくししてきた。笑いながらおとうさんがなおしてくれる。ありがとー、と言うと、どういたしまして、とき どって返す。
 そうそう、きょうのメインをわすれてた。わたしはホウキを左手に、右手をおとうさんにつき出した。
 「とりっく、おあ、とりーと!」
 「それは怖いからやられる前にやらなきゃ!」
 え、と思う前に。
 手をつかまれて、引きよせられて、おなかに手をあてがわれて、もち上げられて、あたまから落とされた。

 いわゆるブレーンバスターだった。








dizzy番外編
こちらイトメア感染







 目を開く。嫌なこと思い出した。
 朝っぱらから気を滅入らせながら、騒々しく泣き喚く時計を叩いて止める。当時の衝撃が頭に蘇った。ガンガンと脳天が脈打つ。
 よく言えば蟻を踏み潰すにも全力を用いる象のような、何事にも全力を尽くす父だった。悪く言えば、あるいは擁護を放棄すれば、やたら大人げのない親だっ た。子供のちょっとしたイタズラにもならないイタズラに素で驚き、慌て、考えもしないリアクションを持ち出してくる。報復とか、そういう邪な意図がある訳 ではない。ただ本能の赴くままに行動に出る。理性とか常識とかそういうフィルターを通してなおそうだ。
 今考えてもまず間違いなく、迷惑という単語の権化のような人間だった。

 「・・・あ、なんか腹立ってきた」
 涼しくなってきた気候。腹の底から湧き上がってきた衝動を冷ますには丁度いいかもしれない。
 温もりを含む布団を名残惜しみつつ、は活動を開始した。








 「ー、おはよー」
 「おねーちゃん、おはよー」
 「はい、おはよ、チビども」
 昨日は悟天は泊まっていったのだったか。そちらを見ないままに挨拶だけ返す。
 トーストにバターを塗り付けながら新聞を捲くった。目ぼしいニュースは書かれていない。引ったくりが増えているとか、オレオレ詐欺が進化しつつあると か、 そんなニュースすらない。一軒家のキッチンから軽いボヤ、といのが精々だ。
 なんて平和な世界。なんて局地的アウトな世界。いいなあ平和な世界。

 「なー、
 「あん?」
 素朴でありがちだけれど、トーストは美味いと思う。サックリとした食感と共に、香ばしさが鼻を擽った。
 ひと齧りしても切り出されない話に視線だけを向ける。へへへー、と示し合わせたかのように二人は笑って。
 「トリックオアトリート!」
 「ほらよ」
 投げ渡したパンに、盛大なブーイングを浴びせてきた。
 「お菓子じゃないとだめだよ!」
 「トリートってお菓子のことだぞ!知らないのかよ!」
 「うっせえパン屋さんに謝れ。私の世界には『パンがなければお菓子を食べればいいじゃない』つう素敵な格言があるんだよ。よって逆もまた然り」
 暴君だの悪魔だの鬼だの。お前らが人間を主張するのなら、いっそ私はそれでいいわい。鼻で笑ってまたトーストを口に入れる。 

 外はいい天気だった。昼からはきっと随分暖かくなることだろう。今日は修行もないし、街にでも出掛けてみようか。家にいたらきっと悟飯に厄介事と共に押 し かけられる。最悪の場合、最悪星から来た最悪星人も来襲する恐れが───。
 ふるりと全身を震わせて立ち上がる。そうだ、出掛けよう。
 ともあれちらりとチビ共に目をやって。 

 「あまーいフレンチトーストなら作ってやらないこともないよ」
 愚図る奴らに妥協案を持ち出すと、数秒顔を見合わせた。にはわからない、テレパシーか何かによる相談を終えて、深々と頷く。
 「パンとは?」
 「お菓子です」
 子供を釣るのなんて簡単だ。








 ボクも行くオレも行くと絡んできた子供たちを携えて街を歩く。
 予想以上の賑わいだった。店の前には必ずと言ってもいい割合でキングサイズのカボチャが並ぶ。客引きをする店員の衣装は勿論モンスター。街を行く人々に も、ちらほらとハロウィンらしい装束を纏う者が見受けられた。
 ひとしきり情景を楽しんで、両腕にぶら下がる子供たちを何とはなしに見下ろした。こいつらにも何か着せてこればよかったか。中身は素で怪物なのだから、 外 見もここぞとばかりに合わせてやればよかった。

 「おねえちゃん、お菓子買って!」
 「まだ狙ってやがったか」
 悟天が、ハロウィンを前面に押し出したショーウィンドに張り付いた。ジャックオランタン型の容器の中に、オレンジ色を基調として様々な菓子が詰め込まれ て いる。
 ふーん、と鼻を鳴らして、二人を待たせて入店した。買いたいものだけ購入して、さっさと自動ドアを潜る。
 目を輝かせた怪物くんに、相応しいものを投げ渡した。
 「おらよ、酢コンブ」
 「大人のお菓子・・・!」
 「子供の特権だからって欲しいモンが確実に手に入ると思ったら大間違いだ」
 落ち込んで、実に情けない顔で悟天が涙目になった。手に持った酢コンブとの顔を往復する視線。言いたいことは大体わかったが、甘やかすのはよくない と 思う。
 「ボ、ボクこれ、すっぱくて食べれないんだけど・・・」
 「洗えば?」
 「ひでえ」
 悪魔を見るような目を向けられた。いっそそうなりたい。
 ざまみろ、と吐き捨てて再び歩き出すと、それでも子供らは付いてくる。

 「あ、、オレのど渇いた」
 「・・・懲りないね」
 呆れて言えば、慣れてきたし、と生意気なお言葉が返ってきた。トランクスはそういうとこがよくない。順応性が高いのは大変結構だけれど、それではなんと い うか、こっちはつまらないじゃないか。子供は弄り甲斐があってこそ可愛いのだと思うのに。
 不満げにのどを鳴らすと上着の裾を引っ張られる。仕方がないので、足に纏わり付いた悟天を抱き上げてコンビニへ向かった。ちなみに喫茶店は駆け回りたい お 年頃のチビたちが嫌いなので論外。

 「何が欲しいの」
 ウエストポーチから財布を取り出して訊ねると、しばし首を捻って上目遣いに答える。
 「んー、炭酸系?」
 「OK」
 子供を置いてセンサーを潜った。あ、と呆けたような声が聞こえたが放置。足早にコーナーに向かって、何も考えずに350ml缶を取り上げる。
 慌てて後を付いてきた二人から見えないように飲み物を腕に抱えてレジへ。台に乗せると共に手荒に目を塞いだ。ぎょっとするレジのお兄ちゃんに愛想笑いを 浮 かべて、支払いを済ます。
 あざーっす、という声を背にコンビニを出て、薄いビニル袋を探った。
 「ほらビール」
 「大人の炭酸飲料!いや、駄目じゃん、全然駄目じゃん、、大人として、法的に!」
 「冗談に決まってるでしょうに。ほれ、ダイエットコーラ。悟天くんはオレンジジュースね」
 萎れるトランクスの手から一旦渡したビールをもぎ取って、代わりに白に赤文字のプリントがなされた缶を頭に乗せる。羨ましそうな目をした悟天には素直に 手 渡しすると、満面の笑顔が返ってきた。
 「ありがと!」
 「金のかかった悪戯な上に健康に気をつかわれた・・・それどうすんの?」
 「ビール?飲むよ。勿体ないじゃん」

 プルトップを開ける二人に倣う。多少振られていたのか白い泡を漏らした缶をしばらく身体から遠ざけた。手を濡らして地面に落ちる様子を眺めて、ようやく 口 をつける。
 冷たい。今の季節に外で飲むモンじゃないな。
 「おいしいの?」
 興味津々といった顔で悟天がを仰いだ。んー、と唸って首を傾げる。
 「微妙かなー。あんまおいしいと思ったことはない」
 答えると、ふうん、と子供たちは揃って口を尖らせた。
 あぶねえ。美味しいとか答えてたら絶対我も我もと集られるところだった。自分の味覚に感謝する。
 しかしいつ気が変わるとも知れないので、さっさと飲み干してしまうことにした。顔を顰めて流し込む。ビールは軽炭酸とはいえ、男飲みは辛い。

 「そんな一気に呷ると、酔わないですか?」
 「ビール一缶で酔うかよ───って、あれ、悟飯くんじゃん。おはTrick or Treat?」
 突然湧いて出たお馴染みの孫悟飯は、ハロウィンに関心のない、相変わらずの面白みのない服装で呆れた顔でを見ていた。
 買い物でもしてきたのか、片手に重そうな紙袋。常人には持てなさそう。いっそ底が破けても当然なほどに形状を変えた袋に首を傾げたが、不思議と中身を訊 ね る気にはならない。心のレッドゾーンが警報を鳴らしていた。
 「挨拶を蔑ろにするの止めましょうよ。ていうかいっそ融合させるなら言うの止めましょう。あとお菓子はありませんし、悪戯したらし返しますよTrick   or Treat」
 「言うの止めるなんて蔑ろにし過ぎじゃない。そんでお前にやる普通の菓子なんざねえよ。悪戯の達人に悪戯できるモンならしてみなさいな。菓子という名の 悪 戯の皮を被った恐怖を与えてやろう」
 心に走る暗い予感を振り払うように、悟飯の御託に邪悪に笑う。ケケケ、と悪魔めいた笑い声を漏らすにぞっとしたように悟飯は一歩退いて───あれ、 な んかデジャヴ───唐突に口籠った。
 「さんて」
 言うか言うまいか。悟飯が迷いに迷い、苛立ち始めた頃に、ふと手の中の重みを感じなくなって下を向いた。

 手の中にビールがない。
 数秒唖然として、己の思考を反芻し、心当たりに音速で背後を振り返る。叫びにも似た悲鳴を漏らすと、の手から缶を奪った当人たちが後ろめたさに肩を 跳 ねさせた。
 「ばっかお前ら、スーパー未成年の分際で、アルコール吸収しちゃ駄目でしょ!」
 「ぅねーひゃん、まふいー」
 「すーふぁーっひぇ、そんにゃこどもにゃにゃいぞー」
 「あああ光速で真っ赤だし呂律回ってないし・・・」
 一口ずつ口にしたのだろう。それでも目の焦点が合っていない。
 真っ直ぐ立っていることもままならないのか、に凭れかかるように二人は倒れこんだ。惨状に頭を抱えたくなりながらももう一度叱りつける。ひゃい、と わ かっているのかいないのか微妙な返事が蚊の鳴く音量でハモった。

 「ぼーっとひゅぅ」
 「するだろうね。子供がお酒飲むとね、他の人には見えないナマハゲっていう鬼みたいのが『ワリィ子はいねがー』つって、その子にカボチャに似た毒のお菓 子 食らわせて頭おかしくさせに来るんだよ。今はその前段階」
 優しく笑って教えてやると、二人は泣きそうな顔になる。
 「なまあげこあい・・・!」
 「なまあげひどい・・・・・・!」
 「もうのみまふぇん!」
 「ゆるひてふだふぁい!」
 泣きそうというかもう半泣き状態でに抱き着いて首を振った。顔を腹の辺りに擦り付けられて涙を浸み込まされてもニコニコと笑う。

 悟飯が青褪めた顔でこちらを見ていた。
 「ちなみに10月31日に他人にお菓子を強請っても10回に1回の割合で来ることがあるよ。ああ、今日かな」
 泣き声の一瞬の途切れ。続いてひきつけを起こしたように戦慄いて。
 「はろいんこあい・・・ッ!」
 「はろいんこあい・・・・・・ッ!」
 「よーし良い子だねー。そういう良い子だったら、ナマハゲが来ても私が踏んで縛って叩いて蹴って焦らして吊るして斬って殴って嬲って刺して晒して垂らし て 追い返してあげるからねー」
 「それはもう・・・追い返されることもできない状態なんじゃないでしょうか・・・」
 よしよしと頭を撫でる。怯えて震える小さな身体が愛しい。おやどうしたの悟飯くん、そんなに遠くで真っ青になって。きみも怖いならおいでおいで。手招く と、遠慮しておきますとの奥ゆかしい言葉が返ってきた。

 「その、実は僕、結構前から見てたんですけど、さんてハロウィン嫌いなんですか?」
 いかにも恐る恐るといった様子で悟飯が口を開く。あんまり心外なことを聞かれたので、意味がよく飲み込めなかった。
 間を空けて、首を振る。
 「別に」
 「ですよね、前のハロウィンの時は凄い嬉しそうに」
 同時に噴出す。衝撃を思い出した。むせるほどに笑いに笑って、きょとんとした子供たちの視線が向けられるまで酷使した腹筋が痛い。
 息を整えて悟飯が再度を見る。まだ微妙に笑いが残っているその顔に衝動を触発され、慌てて唇を噛んで耐えた。

 「そ、それはともかく、さっきから子供に酢コンブ与えたり、ビール与えたり、おまけに出鱈目吹聴して怖がらせたり、なんか機嫌悪いみたいだし」
 「機嫌は悪くないよ。悟飯くんの顔見たら無性に殴りたくなったけど」
 「僕が何したっていうんですか、止めてくださいよ」
 何って。
 剣呑な視線で反論しようとして止める。どうせ自覚がないことに更に腹が立つだけのことだ。諦めるが賢明、賢明。言い聞かせて首を振った。
 「なんにせよ、ハロウィンに楽しい思い出を残させないようにしてるとしか見えないんですけど」
 困ったように眉尻を下げる悟飯に首を傾げた。そういうつもりはなかったのだけども。

 未だ足に縋り付いたままの子供たちの頭を柔らかく叩きながら、くるくると思考を巡らせる。心当たりを探るが特に思い付かない。考えは段々とずれて、逸れ て、随分と過去にまで飛んで、戻ってきて。
 「あー、授業で習ったかも」
 大学のノートを思い出した。心理学系の授業だったと思う。虐待がどうのこうの夢現に聞いていて、使っているのかどうか判別のつきかねる教科書に涎をたら し たあの。
 「虐待を受けて育った子は、自分の子供にも無意識の内に虐待しちゃうんだってさ」
 「さん、虐待受けて育ったからそんなんなっちゃったんですか」
 「緑色の毒電波受けて育った野郎に言われたかねえよ───つまりさ」

 子供サイズの掃除道具を持つと、私はすっかり魔女気分になった。私は箒を左手に、右手をお父さんに突き出した。Trick or Treat!手を掴まれて、引き寄せられて、腹に手を宛がわれて、持ち上げられて、頭から落とされた。いわゆるブレーンバスターだった。

 「今日、昔の夢見てね、ハロウィンの。それがまた、すっごい不快な記憶だったのよ」
 遠い目をしてニタリと笑う。脳天の痛みを思い出す。

 「・・・無意識に、私と同じようなトラウマをくらえ!とか思ったんだろねえ」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 悪魔、と神妙に呟く声が聞こえた。本日数度目の悪態に視線を戻して笑顔を向けると、あからさまに身体を引いてか細い悲鳴を搾り出す。
 酔った子供たちは、足に抱き付いたまま、無邪気な天使の顔で眠り込んでいた。








 「それはそれとして、さん今から暇ですか?」
 軽々と悟天を抱えた破壊神の言葉に、少し迷って頷いた。買い物帰りなら修行に行こうとはほざかないだろう。ずり落ちかけたトランクスを抱えなおして用件 を 促すと、いかにも楽しそうに彼は笑う。
 警報は絶えず耳の奥で反響していたが、いつものことだと大方諦めて、悟飯が掲げた紙袋を訝しげに見やった。
 「これ、実はカボチャなんですけど、もしよければ一緒にジャックオランタン作りましょう」
 「おま、」
 危うく腕に抱えた子供を落としかける。引き攣った顔は、自分でも笑いを堪えているのか、それとも遠慮したいと思っているのか分析できない。
 歩みを止めて、唾を飲んで紙袋の中を確認した。悟天が身体を丸めれば、余裕で内部に入り込めそうな大きさの物体。一緒に入った布切れが、魔女のとんがり 帽 子が折り畳まれたものだとはすぐに理解した。
 「一人じゃちょっと、勿体ないので」
 初めてこちらで体験した10月31日が走馬灯のように蘇る。青褪めながら堪えきれずに笑ったを、期待の目で悟飯は見つめた。

 止めとけ、と20%の理性ある自分が赤色灯を持って忠告する。その傍らで、無言での80%を構築する自分が立っている。
 どちらが勝つかなんて、考えるまでもなく。

 「ピッコロさんどこ」
 「神殿で精神統一してるみたいです」
 「よしきた」
 理性をかなぐり捨てて目を輝かせたに、悟飯は満足そうにガッツポーズを取った。気持ちはよくわかる。なんせ楽しいイベントの再現だ。

 「電飾買ってこうぜ!」
 「飾り付けちゃうんですか・・・!じゃあ、ついでに黒いマントも買ってきますか?」
 「スプレーでいんじゃね。あの気障たらしい白いマント染めちゃおう」
 「復讐防止にお菓子も買っていかないと」

 とりあえず手分けして。
 その後のことを勿論承知して一転ノリノリで駆け出した二人は、ある意味純潔超サイヤ人よりも戦いに対する覚悟に満ち溢れていた。
 この身に咲く赤い花など、極上の一瞬と引き換えならどってことない!
 また後で、と交わした口約束は、ヤクザの義兄弟の誓いよりも固く。過去のハロウィンの憂いなどすっ飛ばして、の心を何よりも浮き足立たせた。


 晴れた空に天変地異ランクの雷光が走るのは、割と近い未来のことだった。





ドリ主にとっては2回目のハロウィン。何で先に3回目を書いてるのかと。

トリックオアトリートって言って、普通のお菓子貰ったことがありません
生卵一個貰ったときにはどうしようかと思った
「おかしないからこれでいーい?」
いーい?って。いいと、思うのか。
あと、ハロウィンは店の飾りつけとかに蜘蛛が使われるので嫌いだと思いました



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