充実していた一日に
 日が暮れて終わりが近付く






dizzy番外編
 〜終末と〜






 「自分の身体なんだから、もっと大事にするべきだと思うんですよね」
 数時間前に頭頂部に生成されたタンコブを撫でる。鈍痛が脳味噌にまで届いて、盛大に顔を顰めた。
 「・・・・・・」
 「大体、金鎚まで買ってくるってどういう覚悟ですか」
 無言で渡された分厚い本を、開かないまま脇に積む。高さ1メートルを超えた本の山が僅かにぐら付いた。倒れるなら倒れてもいい、と思っているので気に掛 け ず放っておく。
 「流石に撲られた時、死んだかと思ったんですから。あー痛ェ、くそ」
 煩い、という無言の抗議か。猛スピードで飛んできた、背に金属補強の施された辞書を余裕を持って受け止める。適当な本棚に突っ込んでおいた。

 「ねえ、聞いてますかー?ピッコロさん」
 「少しは黙れ、!」
 覗き込んだ顔を閉じた本で思い切り叩かれた。別段それは痛くもなかったが、再び金鎚が飛んでくるのだけは恐れて乗り出した身を引く。
 琥珀玉が限界にまで苛烈な光を湛えてこちらを睨んでいた。私の顔でもここまで険悪な表現が出来るのかと感心する。もしかしたら自分もこういう顔をしたこ と はあったかもしれないけれど、覚えはない。
 「だって、暇じゃないですか」
 悟飯くんも帰しちゃうし。ひらり、と手を振って答えると、益々眉間に皴が寄る。止めて欲しい。癖になったら困るから。
 「戻り方を調べろ、と言っている」

 何度言わす、と睨まれても仕方ない。
 そもそも神殿の一角、膨大な書を納める図書室のような部屋にいるのはそういうことだ。
 私の些細な、好奇心という名の行動に堪忍袋の緒をぶった切ったピッコロが一刻も早く元に戻ると我侭を言い出したせいで、片っ端から文献を紐解いている。 在 るわけないとか文句を言うと、漏れなく攻撃が降ってくる。
 しかし紐解くと言っても、やっているのはピッコロのみ。何故ならば。
 「読めませんもん。ナメック語なんて見たこともない」
 唇を尖らせてブーたれる。
 象形文字になる過程で通常進化から枝分かれしたような文字が散乱している紙面上に目を走らせると、何だか頭が痛くなってきた。これを5分凝視するくらい な ら、まだ苦手な英文法の問題集を100ページ解いた方がマシだと思う。どうせ問題も読まずに飛ばしまくるだけだから。

 ピッコロは律儀にも正面から私を睨んでいた。この人(人かな?)は相変わらず「受け流す」という便利な技を習得出来ない。
 怒りに我を忘れている!とかいう台詞は何のアニメだったろう。確か、蟲がどうの、攻撃色が赤でどうの、という有名モノだったような。
 「その応用の利き過ぎる頭で解読してみろ」
 「無茶な。あんまり突飛なシナプス植え付けないで下さいね。私の身体ですから」
 「・・・普段のキサマの突飛な言動には、どう工夫しても届かんだろうな」
 何故だか呆れたように本に戻るピッコロ。怒りは鎮火したらしいが、微妙に不愉快だ。







 部屋に静寂が戻った。
 ぱらぱらり。薄い紙が捲られる音だけが空間を支配する。
 素早く本に目を通しては不機嫌度をアップさせている「自分の姿」を暫く観察した。手が動き、パタリ、と本が積まれる。
 真剣に静寂を保つその姿は時折自分でもつくっているものだが、傍から見ると不思議と気持ちが悪い。悟飯やトランクスに言われた「真面目だと怖い」という 侮 辱が理解出来た気がした。

 (暇だ)
 じっとしているのは嫌いではない。嫌いではないけれど、リラックスしている状態ではないからあんまり楽しくはない。溜息を吐いて辺りを見回す。本しかな い。
 「ピッコロさーん」
 返事がない。どうやら屍のようだ───とか聞いてニヤリとした人は、有名RPG好き同志さんだ。無難に5が好きです。ゲレゲレというネーミングは常軌を 逸 していて素敵だと思う。
 「ぴーっこーろさーん」
 低い声がやる気なさそうに響く。今は私が「ピッコロさん」なのだから、事情を知らない人間が見たら、真っ先に脳味噌の心配をしてくれることだろう。
 「ねーってば。ぴっころさあーん。・・・コロリはお元気ですかー───ポロリだっけ?」
 某NHKのオコチャマ向け番組に、そういうネズミがいたような。最高レベルでモザイクが掛かった記憶から引っ張り出そうと努力せども、一向に画像は鮮明 に ならない。所詮劣化したら直らないものか。
 三度目の呼びかけにも応答はない。完全なシカトに、私はほんのりと怒りを感じた。



 ・・・ところで何の関係もない話だが、仏の顔も三度までという格言をご存知だろうか。
 流石の温厚な仏様でも、三回までしか粗相は許しませんぜ。そんな感じの言葉だ。私の故郷の日本住人なら、俺は世間知らずだと豪語しない老若男女、99% は 知っている筈。
 ああ、いや。本当に今の流れからは何も関係なのないのだけれど。ただ知っているのかな知っているよねと確認してみただけで。



 そっと緑色の手を上げて、じっと見詰める。キョロリと周辺を確認し、何となくブウンと腕を振ってみた。
 「YHAー」
 気のない掛け声と共に風が動く。と。

 ガンゴンズザバー、バササササゴヅンッ。

 意外と派手な音が静寂を掻き消して埃を立てた。
 振った腕に当たった本の山がバランスを放棄。雪崩を起こし、低所へ滑り、其処の本まで巻き込んで床を滑る。一面に積んであった本の崖は、一瞬にして谷が 消 え、本の丘になった。違う言い方をするなら、棒グラフが平均化された。
 詰まる所、辛うじてあった人が通れるだけの通路が、全くなくなった。
 ピッコロの姿が見当たらない。彼がいた筈の場所は、本によって1メートルくらい埋まっていた。
 そっと顔を顰めて腕を引き寄せる。

 「・・・ちょっと痛い」
 「・・・・・・・・・・・言いたいことはそれだけか・・・・・・・・・・・・」
 呟きに、思いも寄らぬ声が返った。
 「おや師匠。無事で」
 ゆうらりと殺気を振り撒く姿が、いつの間にやら背後にあった。本の中泳いで来たのだろうか、ご苦労なことだ。
 頭にたんこぶが出来ている。
 「本にやられましたか?」
 「キ・サ・マ・に・や・ら・れ・た・ん・だ」
 ギリリ、と後頭部を掴まれるが、やはりと言うか痛くない。手ェちっさいんだから掴みにくいだろうなあと思う程に余裕があった。
 無理矢理に後ろを向かされるのにも抵抗はしなかった。流石に両手の力に首だけで対抗したくなかったと言うのが正しい。回る最大限の位置で固定されると苦 し いんですが。
 「だって、暇だったから」

 そうか、と咽喉の奥から絞り出すような声に、あ、ヤバイ、と本能が危険を察知する。金槌でも持ち出すかもしれない。痛いから勘弁願いたいと思う。
 「
 「はい」
 「オレはさっさと身体に戻りたいと思う」
 「はあ」
 薄く笑みを浮かべる自分の顔が、こんなにも圧力を掛けられるものなのだと初めて知った。時々悟飯が怯える仕種を見せるのは、あながち冗談じゃなかったの か も。思い返しつつもヘラリと笑い返す。
 「でも、折角部屋まで用意して貰ったのに。もう一日くらい楽し」
 「キサマを野放しにしておくのは危険だと十分理解したからもういい」
 再度「はあ」と生返事。普段生命の危機に晒されるこっちの危険も理解して欲しいなという思いは、また今度進言することにしておく。

 「文献にな、こんなものがあった。頭をぶつけて入れ替わった人間が、再び頭を打ち付けあうと戻る、という話だ」
 「それはええと。どこの少女漫画か少年漫画で?」
 「文献だ」
 近付いた「己の」頭に、ひくりと頬を引き攣らせた。がっちりと固定された頭はどういう作用かさっぱり動かない。
 狂気を孕んだ琥珀の瞳が至近距離で暗く濁っている。
 いやだイヤだ嫌だ。例え戻ったとして、痛みはどっちの身体に多く残ると思ってんだ。

 「うわわッ」
 目の前で、一旦顔が離れた。
 唇が引き締められて舌を噛まないようにしているのは有難いけども、考え直さないかい?
 離れようと慌てて伸ばした手もその覚悟には間に合わない。
 目を瞑り、首を竦めた「私」に訪れた衝撃は、首が捥げるかと真実思うような、激しいものだった。



 意識の遠のく直前に見えたのは、緑色の顔面だったと思う。







 「災難でしたねえ」
 どちらがだ、と返らなかったのは、ただ単に師がいなかったからだ。
 悟飯の満面の笑みを怒りを覚えつつ脳に刻む。ベッドに沈んで唸っていた数刻前にこの顔を見ていたなら、きっと私でも超化出来たことだろう。
 「ああくっそ、マジ痛ェんだけど」
 ぐらぐらとふら付く頭を必死に制御する。気を抜くと今にも倒れそうだった。
 「まあ、戻れて何よりです」
 「戻れなかったら後何回頭突きされてたろうネ」
 一日を過ごした身体に比べ、一回りも二回りも低い視点。小さな手が額を押さえているのが視界に入り、何だかホッとした。やはり自分の身体は落ち着くもの だ。
 それなりに楽しかったのが事実だけれども。

 「でも、ちょっと残念です。もう少し遊びたかったなあ」
 「自分でなってよ。そしたら私に被害はないから」
 廊下を歩く足取りは重い。バランス感覚が未だ戻っていないせいで、安定がなく怖かった。

 「あ、ピッコロさん」
 嬉しそうな声に目を上げる。目を動かすと頭が痛い。
 顔を顰めて耐える私を、絶好調のピッコロがあからさまに嘲笑した。
 「もう一度意識が途切れん内に、さっさと帰るんだな」
 「言われなくても。そちら、金槌で自分で殴った痕は痛かないですかー?」
 ふん、とお互い嫌味たらしく鼻を鳴らしてすれ違う。正直飛べるかどうかも怪しい感覚だが、今は下着家でのんびり休養したかった。
 なのに、現在精一杯の早足で神殿から出ようとしたその襟首を掴まれる。

 「・・・何、悟飯くん」
 据わった目を向けても無視された。師の位置まで引き戻される。
 「ピッコロさん、ちょっと屈んでくれますかー?」
 にこやかな笑顔に寒気がした。怪訝に、だが素直に屈むピッコロにも嫌な予感を覚える。そのまま目を閉じてー、と更に指示を出す悟飯の腕を振り解こうと焦 り 暴れても、びくともしない。

 「お」
 「さん、僕、もう少し遊びたくて」
 引き寄せられて、肩を掴まれた。意味の通じない言葉にピッコロがキョトンとしている。
 私は一瞬呆然として───すぐに顔面の血をなくした。
 「だから」
 「ば、ばか、おま」

 本気で逃れようと暴れかけた身体に猛烈な付加が掛かった。斜め下への仕事。黒髪が後方へ靡き、痛めた額が引き攣れたように思えた。目を見張った緑色が超 ス ピードで接近する。
 「─────ッ!」
 目の奥が眩むほどの痛みを覚え、次に感じたのは暗闇だった。
 数度目の衝撃を感じた瞬間、ぐらりと揺れる意識。盛大な火花が瞼の裏で綺麗に弾ける。
 僅かに痛みが緩和されたのは、「前回」も痛感した耐久力の違い故・・・。

 最後に見たのは、普段鏡で見慣れた黒髪の少女で。
 痛みよりは精神疲労で私は再び意識を失った。



 冒頭からは少し外れて始まるだろう今後の現実が、今は酷く憎いと思う。



以 下エンドレス・・・にはならないでしょうね。一応これで終わりです
ベタにはベタな終わり方が一番ですと豪語するのは、別にオチ考えるのが面倒だった───わけでは・・・ないです、よ?



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