「修行に行くぞ」
 「断る」







dizzy番外編
DOMESTIC HELP







 薄曇り、冬特有の空の下、手馴れた風にシーツの皴をパンと広げる。何時雨が降ってくるともわからないので、少しでも早く乾かす為にと角が下に来るよう竿 に 斜めに掛け、洗濯バサミで手早く留めた。

 「ピコさん、その服取って下さい」
 「む、これか」
 「どうも」
 手渡された赤い服をハンガーに掛ける。ふと、視界に同じく赤く染まった手が入り、眉を寄せた。
 おざなりに暖かい息を吐き掛けて、再び仕事に戻る。

 「・・・
 「何です?」
 あ、ティッシュの欠片。苦々しく呟く。他の衣類にも点々と付着しているであろうその塵クズは、叩いただけでは取れない厄介者だ。
 トランクスの野郎だな。当たりをつけて、学校から帰ってきたら殴ってやる、と心に留めた。
 「そっちに幾つかついてるの、取ってくれます?」
 「こいつか」
 「そうそう」
 プチリ、と緑色の長い指(って言うと、間違ってないのにどうしてこんな違和感があるんだろう)がクズを毟り取るのを確認して、も同じように強敵、 ニッ トのセーター付着くずに戦いを挑んだ。

 「・・・・・・
 「はーい?」
 声に、やっと視線を向けた。
 琥珀玉の瞳に映ったのは、憮然としつつもティッシュ屑を律儀に排除し続ける、我が師の姿。何故だか心底から理解出来ないが、不思議と爆笑したくなる。目 の 前の彼の為、そっと口唇を噛み締めた。
 ピッコロが、恐る恐るといった風情で口を開く。
 「何を・・・している?」
 「家事手伝い」
 あっさりと答えたに、彼は眉間の皴を惜しみなく増量して低く唸った。一体何が不満なのだろう。首を捻って、すぐ気付く。

 そうか、普段はこんなことしていないから。いつもはぐうたらこいて暇そうにしていて修行に誘えば大体付いて行くが、こうも真面目に、健康的に過ごし て いるのは確かにおかしい。自分で言うのも何だが、気でも狂ったかと危ぶまれてもおかしくは───いや、待て。そこまでは人間失格してない筈だ。こいつが 「恐る恐る」何て表現を用いるような行動を起こす程、ひどい生活は。
 (・・・してない、筈)
 多分。自分を納得させる為、ひとつ大きく首を振った。自己暗示とか言うと、まるで事実が間違っているようなので、言わない。

 これ見よがしに溜息を吐くピッコロを意図的に無視して、は最後の一枚を竿にぶら提げた。
 「いつも家事こなしてくれてるロボくんが、エンストしちゃったんですよ。でも、ブルマさん出張中だしおじさんもおばさんもいないうえ私じゃ修理してあげ ら れないから、仕方なく家事やってんです」
 今この家に、以外に炊事、洗濯が出来る生物はいないのだ。ベジータもトランクスも、もう既に色々と破壊してくれた。庭の噴水なんかは制御不能で水撒 きっぱなしだ。どうしよう。
 軽くなった籠を持ち上げて室内に入る。師も後ろから付いて来た。居座る気である。帰れとも言い辛いので、顔を顰めて見過ごした。

 家事は得意だ。
 昔気質というわけではないが父は家事の尽く、本当に一切合切が苦手だった。それと二人で暮らしていたので必然、家を切り盛りするのはだったのだ。そ う でなければとうに二人で仲良くお陀仏だったろう。
 料理は概ねをレシピなしで作れるレベル。掃除は面倒だが嫌いという程ではない。洗濯も前記の通り、手馴れている・・・つもりだ。昨日の朝から久々に家事 に 従事したが、幸いにして腕が落ちていることもないらしい。

 ゴン、と手荒に洗濯籠をフロアリングブロックの床に投げ下ろす。無造作に放り込んであったハンガーが不協和音を奏でて跳ねた。
 「家庭的なキサマは気持ちが悪い」
 そっと呟かれた言葉に、肩が揺れる。
 「・・・言い切りやがったな」
 「家丁的、なら納得いくが?」
 「私の記憶が確かなら、それは『召使の男』とかいう意味だったかと」

 暖かい家の中、振り向き様にタータンチェックの上着をソファに引っ掛ける。ノコノコとまだ付いてくる葉緑体持ちの生物を睨み付けると、気にした様子もな く 鼻で笑われた。
 「顔も性格も雌雄同体だろう」
 「正真正銘の雌雄同体が何を言う・・・!」

 十数日前にようやっと習得した見様見真似レイガン(週刊少年マンガの連載終了作品より)が曲線の美しさを誇るツボを直撃したのは、別にがノーコン だっ たワケではない。
 光を弾き、焦げ、上がる一筋の煙。僅かに紫の血が覗く凶悪な手に、ピッコロはその修行の成果を確信し、満足そうに口の端を上げた。








 この忙しいときにでも、いらんことまでもがには降り掛かる。
 つまりは日常の続行だ。

 「おい、重力室に来やがれ。修行だ」
 ぺたし、と気の抜けた音を立てて足を止め、襟首を掴んだ手を盗み見た。ピッコロではない。彼は何を思ったのかずっと付いて来てはいるが、今は自分の横に い る。無駄に広い玄関なので辛うじて邪魔ではない。視覚的には、与党に対する野党、くらいなレベルで邪魔だけれど。
 幸せは今日だけでどれだけ逃げているのだろう。深く溜息を吐いて振り返った。

 「・・・ベジータさん、私の格好、どこ行くモンだと思います?」
 「外だろう」
 脱いだ上着を再度羽織り小さなバッグを片手にしたを一瞥し、ベジータは事も無げに言う。
 「大まかに言えば、まあ、外ですね」
 ピッコロに「先に出ろ」とジェスチャーを送ると、普通に疎通ができたらしい。一瞬訝しげに見はしたが、すぐに踵を返してドアを開けた。境界を大股に跨 ぎ、 そのまま閉めるわけでもなく観察するようにこちらを見ている。壊れるといけないから、出来るならドアにもたれるのは止めていただきたいものだ。

 「買い物行くんです、これから。速やかにトラくんでも誘って下さい」
 「トランクスはおらん。買い物なんぞ後に回せ」
 「(あの野郎どこ行ったんだ)じゃあ宇宙にでも出張して惑星のひとつでも制圧してきて下さい」
 「そんなことをしても面白くもなんともない」
 「・・・ちっ・・・あ、そうか、夕飯いらないんですかベジータさんてば。いや、私は別にいいんですけどねぇ、楽だし。カップラーメンでも作って食べよう か な」
 「・・・・・・少々遅くなっても構わんだろうが」
 「修行の後の私、全く動けたもんじゃないの知ってます?あの状態で買い物だの炊事だの、冗談じゃありませんよね」
 「・・・・・・・・・仙豆が」
 「ありませんよ?こないだのカプセルコーポで起きた事故で使ったの、もう忘れちゃったんですか」

 ニッコリと虚実の笑顔を張り付かせて対応するを、仏頂面でベジータは見返した。打てば響く鐘の如く答える声は返りが早い。剣呑な視線は今更物ともし な い図太さは現環境に育てられた代物であるからして、これは自業自得だろう。
 「・・・なら、外食にでもすれば良いことだ。グダグダ言わず、行くぞ!」
 明らかな苛付きを目の当たりにして苦笑った。
 地球の平和に貢献する前線戦士の方々は、戦士のくせに基本的に「戦略」と言うものを持たずに戦っている。その完全な力押しは日常生活に用いられることが 頻 繁にあった。
 比較的口達者なベジータも例に漏れることなく、論理武装をするよりは我侭に任せる傾向があり、それが今の状況にも適用される。

 しかしは勿論、力押しなど出来ないが故の、戦略派だ。
 「ピッコロさん、退いて下さい───遠慮しときますよ、王子サマ!」
 伸ばされた手を拒み、掴まれないように素早く打ち上げる。攻撃の意思は完璧に封じていたので警戒はなかった。
 目を見張る彼に背を向けて入り口に走る。体勢を不自然に低くして駆けるのは、その方が捕まりにくいためだ。すぐさま捕獲に移ったサイヤ人の手がの黒 髪 を掠めたが、ギリギリで標的を逃した。狩猟者のプライドが傷付いたのだろうか。ヒヤリと気温が確かに下がる。
 移動したピッコロの手を引っ掴んでドアを蹴り閉める直前、攻撃的な気弾が目に入った気がした。ガチャリとオートロックの音が聞こえる前に飛翔した判断 は、 決して間違っていなかったに違いない。

 第一級住宅街に轟いた爆音に、頭を抱えて涙を零す。感心したようにまじまじと煙を見詰めるピッコロは、不審ではあったがこの際無視だ。

 片付け面倒くさいなあ。








 鮮やかに、握った刃物が翻る。
 微妙な力加減で下ろされた包丁に、見事、軟体動物の複数の足はなす術もなくワタと分離させられた。パールを彷彿とさせる光沢の白い足をザルにあけ、 は イカの本体の解体に力を注いだ。

 キッチンと直結するリビングから、バタバタと足音が響く。
 「―!遊ぼうッ!」
 「大人しく修行でもしてろ」
 余程暇なのだろうか、ナメック人は飽きることなくキッチンの端での様子を見守っていた。喋るでもなくそこにいる彼を、寄って来たトランクスはあっさ り とシカトする。流石ベジータの子と感心すらする見事な無視っぷりに、顔を顰めてピッコロは手を振って去れと警告した。
 やはり無視。
 「大人しく修行って、普通に無理だろ。終わったから、遊ぼうって!」

 指を入れてえんぺらと本体に分ける。耳と堂の境目に指を入れる。そのまま手前に引くと、皮が一緒に剥けた。べろんと綺麗に剥けると結構気持ちがいい。日 焼 け跡が剥けたときのようだ。
 「わたしゃ、夕飯の準備してんの。あっち行ってなさい」
 滑付いた左手を纏わりつくガキに無造作に寄せる。ぎゃあ、と悲鳴を上げて後退った。
 「きたねー、生臭っ!」
 「生物の最期の抵抗を甘く見るなー」
 輝く透明度の高い身に、耳のついていた場所から包丁を入れ、半分に開く。
 「悟天くんのトコでも行ってこいよ。君ならすぐでしょ」
 「もう、行ったらすぐ帰るような時間じゃん」
 話半分に耳に入れつつ、開いたイカの内部の汚れを包丁で取る。骨も適当に抜いておくのが普通だ。

 膨れるトランクスを横目に、はひたすら意識を料理に向ける。楽しい。久しぶりだからだろうが、自分の手の中で形を変える食材に愉悦すら覚えた。大体 の 感覚で短冊切りにしたイカを、足と入れ替える。まな板に乗せたそれをまた適当なサイズに切り分けた。
 「なー、遊ぼ!」
 足元でぐいぐいと、裾の紐がポイントかつ少々うっとおしいモスグリーンのズボンを引っ張る下着家長男。ウエストが緩いのだ、間違って下がって、下半身半 裸 になったらどうしてくれるのか。
 は無言でクッキングペーパーで水分をきっちり拭き取って。

 「・・・ピッコロさん、持ってってくれます?」
 「・・・わかった、いいだろう」
 「あ、なんだよ、おい、―!わ、わ」

 頭を掴まれて外へ連れて行かれるトランクスをの視線が捉えることはなく、徐々に小さくなる悲鳴に安堵の息を吐いた。包丁を向けるまで煩くならなくて 良 かった。
 上機嫌に油を加熱するその姿は、まるで放火犯のような凄惨さを持って見えたのだとか。
 確認する手立てはない。








 夕飯も終わり、消えたと思った師匠が再び姿を現せた。
 「・・・中々に苦労しているな」
 「・・・・・・は?」
 箒を両手で握り締めて瓦礫を掃く。きょとんとした表情を見せたに、ピッコロは僅かな同情を覗かせた。

 「何の、ですか」
 「色々だ」
 煌々と輝く明かりの下、積み上がった石材をどうするかも置いておいて、頭を働かせる。
 色々、いろいろ。どういうことだろう。苦労とは何を指して苦労と認めたのだろう。彼が。今日一日を無駄について回っていたのは───もと異世界の人間の 怠 惰な生活パターンが気になったとか、こいつが家事とかありえねえだろ、などという興味本位からだったのだろうか。
 一瞬琥珀の瞳に剣呑な色が走ったが、まあそこはそれ。

 「・・・っても今日はまあ、比較的平和な一日でしたよ」
 怪我もないし死にもしなかったし、と箒を置いて玄関を仰ぐ。ベジータに吹っ飛ばされた例の穴。大きなゴミと化したドアも、高かったのだろうに、無残な姿 と 成り果てている。
 「ピコさん、これ再生とか出来ません?」
 「出来んことはないな───平和か、あれが」
 「比較的」
 一歩後ろに下がって場所を譲る。長い腕が動いたかと思うと、集めた瓦礫がふわりと宙に舞った。大きなもの、小さなものが折り重なって集まっていく。何と な く発光しているように見えるのは、恐らく特殊な「気」がそう錯覚させているのだろう。

 「・・・考えたくないんだけど、心から気付いてないんですね、アンタ」
 次々と原型を取り戻す玄関を遠い目で見詰め、は呟いた。
 苦労。
 誰が一番ネックなのか、誰かさんと誰かさんが合わさると、10乗計算で心労が積み重なるのだとか。
 「何のことだ?」
 「いえ」

 やがてヒビだらけの壁が再現され、ピッコロが駄弁りを止める。口中で何かを呟いて気を高めると、某知り合いの少年のような黄金に近いオーラが放出され た。 数瞬の鋭い近所迷惑な閃光。段々と落ち着いた光の後は滑らかに形を戻したドアと壁が鎮座していて。
 「・・・なんだ、箒持ち出す前に言ってみればよかった・・・有難うございます」
 礼を述べながら、明日のことに思いを馳せる。

 「明日も来るんですか?」
 「ああ」
 「・・・そっスか」
 ならきっと、明日は地獄だな。
 ここで鉢合わせるのだろうラブラブな師弟を想像してしまって、慌てて首を振った。悟飯がいるとの苦労は並ではない。
 暗くなった空を見上げ、星の光に目を細める。満月に近く太った月が、明日の兄弟子を更にハイテンションにさせることだろう。


 ─────逃げちゃおう。


 心に決めて、希望の光の検出に急ぐ。



 去って行くピッコロの白いマントを目に、の脳は逃亡場所を猛スピードに捜し求めていた。




いつもより長い割にギャグ要素はそんなないです。導入部分ながい
タイトルは「家事手伝い」ですが、内容は「日常」ですね。タイトルはなんも考えず先につけるので、内容とかけ離れることはしょっちゅうです
ところで下着家って、土足OKですか?(調べろ)


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