寒くなってきたねえ、と呟くと、傍らの少年がそうですね、と適当に返す。こないだまで随分あったかかったのにね、と言うと、そうですか?と疑問文。
ああ、きっとサイヤ人とかいう人種は(人ってついてるからきっと人種とひと括りにしても間違いじゃないと思う。人間とは決して言えないだろうし言いたく ないが)気温に疎いんだろう。だって極寒の地でもノースリーブでピンピンしている変態だもの。
取り留めのない暴言を思考して、ぼんやりと寒さを思い出す。身体を震わせるに、少年、孫悟飯は横たわっていた身を起こして、寒いんですかと訊いてき た。
だからそう言ってんだろ。
dizzy番外編
そう だ、新調して みよう
ショーウインドウの前でふと足を止める。
スタイルのいい顔のないマネキンがモデル立ちで着こなす柔らかな赤の服。少し厚めの生地が暖かそうで、かつデザインも好みだった。オプションのスカーフ は他の服にも合わせられそう。
少しばかり横にずれて襟元に目をやると、僅かばかりタグが覗く。視力はいい方だ。目を凝らすと結構なお値段が印刷されていた。ブルマの下で仕事をしてい ると勿体ないほどの給料を与えられるので金に困っているわけではないが、それでもやはり庶民の自分には衝動買いをホイホイ許せる範囲の服の値段ではない。
「でもいいなあ」
キャッシュはそんなに持ち歩いていない。通帳には幾ら入っていただろうか。少なくともこの服の一着や二着購入したところで響くような少なさではなかった 筈だ。
けどパソコンも欲しいんだよね、最新型がもうすぐ出るし。仕事と趣味が被るソフトはブルマから流して貰えばいいかな。靴はこの間安く変えたけど、代わり に一目惚れしたブーツが可愛くない値段だった。そういえばあれも、これも。
買うか買わないかの問題から発展した思考が脇道に逸れる。最近の金遣いの荒さを思い知って少し困った。
購入は余裕だ。しかし請求書を見て自己嫌悪で居た堪れなくなった自分が目に浮かぶ。セレブと一緒に住んでいるとどうにも金銭感覚が麻痺しそうになるが、 あくまでは庶民なのだ。
食費は出しているし光熱費その他の生活費も入れている。いらないというブルマを押し切って金を納めるのは居候としての義務だった。自分が使っただろう代金 を計算し、色を付けて家主に渡す。その金額は、元の世界で1人暮らしをするなら随分と豪勢過ぎる生活を満喫できるものになるだろう。
知らない間にそんな途轍もない金額になっている生活費を毎月算出するだけでも未だに顔を引き攣らせている自分だというのに。
(ていうか、私ちょっと本気で使いすぎじゃないか)
ガラスに片手を軽く付いて溜息を吐く。
しかしどうせなので過去を反省して服の購入を諦める前に、少しだけ打算してみようか。
「ねえピッコロさん」
振り向いたの顔面に鋭い風が吹き付けた。ぎょっとして一歩引くと、ごく近い場所でピッコロのチョップが静止しているのが目に入る。更に一歩後退して ガラスに背を付け無言の抗議を送った。
「遅い」
簡潔な言葉だった。そりゃあ同伴者が急に立ち止まって思考の淵に留まり続ければ殴りたくもなるかもしれない。自分はその前に声かけるけど。
「そりゃ悪かったけどさ、振り向かなかったら直撃かい。衝撃でガラス直撃して血みどろになったらどうしてくれるんですか」
「立ち止まる方が悪い。気付かん方が悪い。体勢を整えれん方が悪い。弱いガラスが悪い」
「てめえの短慮と馬鹿力の方が悪いよ!」
大体、人の買い物に無理矢理同伴しておいて文句を言う方がどうかしている。
口に出しての抗議はすでにかなり前に終えていたので今更再度は言わないが、代わりにあからさまな溜息を吐いた。案の定気分を害したピッコロはただでさえ 凶悪な面構えを30パーセント増しにさせる。
勿論その程度で気圧されるではない。気を取り直して調子よく口を開いた。
「こういう服欲しいんだけど、ピッコロさん作ってくれない?」
使えるものは使おう。小さなことを強請るのは、相手が相手なので遠慮はいらないだろうと思う。嫌なら嫌だと言うし、気が向けば逡巡なく二つ返事で頷く師 匠は、今回の場合運がよかったらしく後者の反応だった。
「え、マジで。やったあ、ピッコロさんたまには大好き!」
「返礼として死ね」
の頭上を飛び越えて服を見遣ったピッコロが、暫く視線を固定する。ゆらりと持ち上げられた手がの頭に置かれた。殺気はないので危機感も持たな い。興味深く顔を見上げると、彼は口中で何かブツブツと呟いており。
「うおあ!?」
「・・・こんなものか」
ボン、という音と共に全身が煙で包まれた。魔女っ子の変身シーンのごとく色つきの煙。けぶる視界の色は紫色だった。
なんで紫。
疑問はすぐさま氷解する。自身の服装を見下ろして、怒るべきか困るべきかを迷った挙句、結局困ることにした。
「ピッコロさん、ちょっと違うんだけど」
服は望んだものとはそこかしこで違いがあった。
手元が広がった形の長い袖はそのままだった。しかし肩口まで横に大きく開いている筈の襟は、縦方向にも胸元まで大きく開いている。下のキャミソールがな ければちょっと恥ずかしい格好になるところだった。身体の線にフィットしたラインだったものがダボついている。腰の細い鎖のベルトは何故だか赤い帯になっ ていて。
つまるところあんまり原型を残していない。
「おまけになんで紫なんですか」
「なんとなくだ」
申し出が自分の我侭なのだから強く言えないのが辛いところ。うう、と眉尻を情けなく下げて師を仰いだ。
「私はあの服が欲しいんだけどなあ」
やり直せと言外に込めると、ピッコロはショーウインドウの中の服に目を戻す。なるほどと得心いったように大きく頷いて。
ボン、と。
「いや、違うから。これはまた意図したところと大分違うから」
「何故だ」
「これが同じに見えるなら目医者より先に黄色い救急車で精神病院行け!」
今度は先ほどの服の上から白いマントに身を包まれていた。横に大きく張ったショルダーパットがやたら重い。
欲しいのはスカーフであって、ピッコロとお揃いのマントではないのだとはっきり言うべきだろうか。そもそも紫じゃなくて赤でなおかつデザインもあちらが いいのだと声を大にして主張すべきだろうか。
「とりあえずもとの服に戻して───」
下手なことを頼んだのが間違いだった。頭を掻いて前言撤回に臨むは。
ふと周囲の視線に気が付いてしまった。
好奇と驚異と少量の脅威の視線が集っている。他でもないとピッコロに。ピッコロの容姿のせいだと思えるほど豪胆にはなれずに息を呑む。
当たり前の話だけれど、人間は一瞬で着替えを成すことなんて不可能だ。
「ええと」
一瞬の躊躇の後、はピッコロの片手を掴む。
「手品でしたー」
一礼。
さして混乱を起こすこともなく、静寂を挟んで、いわゆる一般市民はおおー、という素直な喝采と拍手をくれた。
誤魔化されてくれてありがとう。
神殿に入ってお茶をする。
未だに何が悪かったのかわかっていないピッコロへの説明は放棄して、いいから服を戻せと要請すること数十回。じゃあ戻さなくていいから返せと言い換えた ところ、妙な方向に気が利いたことに紙袋に入れられた元の服が手元に戻った。
ようは一着服が増えたと考えれば喜ばしいことで、紫を纏ったままのは、面倒ごとと共に重いマントを足元に打ち捨てた。
「あれ、さん、珍しい格好してますねえ」
「ホラまた面倒ごとがやってきたよ」
「事象じゃなくて物体として捉えて欲しいんですけど」
「うるせえよ自然災害以上恐怖の大王未満」
右手に茶菓子、左手に紅茶の入ったティーカップ。いつもの修行着でのほほんと現れた悟飯に条件反射でうんざりする。酷いとは欠片も思わない。日頃の行 いって大切だ。
向かいで水を飲むピッコロとを行き来する視線に眉を顰めた。
「今年から修行着はそれにするんですか?」
意味がわからない。いぶかしんで己の格好とピッコロ、及び悟飯の格好を見比べる。視界に入ったマントを含め。
「・・・うわ」
「なんだその嫌そうな声は」
「紛うことなく嫌なんですよ。うわー、今やっと気付いた。ジンマシン出そう」
着替えてこようと席を立とうとすると、すかさず悟飯に食い止められた。容赦のない力で肩を押さえられて動けない。骨がギシギシ言うので止めてくれはしま いか。
表面的な笑顔を満面に、調度いいやとばかりに隣に座る。
「さんもどうせだから、ピッコロさんと同じ道着にしましょうよ。亀仙人の弟子じゃないんだから。調度いい機会じゃないですか。それは冬用ってこと で」
「お断りだよ」
これまた条件反射で首を振った。兄弟子の笑顔の中に皺が寄る。向かいのピッコロも僅かに不快感をあらわにした。
別にお前は師弟の関係をはっきりさせたいわけじゃないだろうが。突っ込みは悟飯の視線が怖いので自粛する。
「ああーっとね、私、紫とか似合わないから。欲求不満とかじゃないから。オレンジ色とか好きだから」
「普段着では大体の色を網羅しているだろうが」
余計なとこばっかり見てやがる。舌打ちすると控えめな光弾が飛んできた。避けきれずに焼け焦げたクッキーを憮然としながら受け皿に置いて、他の菓子に手 を伸ばす。
掴む寸前で皿ごと掻っ攫われた。
「誰が欲求不満ですか」
「突っ込み遅いな。電波のお告げによれば、紫はあくまで女性の欲求不満カラーで、男性の場合は黄色らしいよ。便利だよねWeb拍手。親切だよねお客様」
「お前は年寄りの傍には近寄るな」
「わたしゃ携帯電話かよ。ペースメーカーに誤作動起こさせるほどの超力電波じゃねえよ。あとピッコロさんの気遣いって凄い気持ち悪い」
引かれた皿からクッキー数枚だけを小さな気弾で弾きあげて引き寄せる。無駄に小手先だけが器用になっていくのは果たしていいことだろうかと疑問に思う が、答えを出すと悲しくなるのでそちらも自粛。
悟飯に恨めしい目を向けられて、はひらりと手を振った。
「冬用の道着とか、去年までもどうせなかったんだから別にいいよ。適当に下に着込んでたり上着羽織ってたりして凌いできてたでしょ」
「上着も厚着も修行のたびに破れたりしてたじゃないですか。作ってもらいましょうよ。オレンジじゃなくて紫の」
遠まわしでもなく新調したくないと宣言したつもりだったが、今日の悟飯は執拗だった。身を乗り出してを説き伏せようとする。
そりゃ作ってくれるならありがたい。
さすがにノースリーブの今の修行着で冬を乗り切るのは大変な苦労だ。なんせちょっとやそっとの衝撃では破れない特殊な修行着とは違い、普通の服は弱い。 気弾に触れればボロボロだし、手刀の風圧であっさり切れる脆弱さ。下に着ていても、修行着から覗いた部分は場合によっては雑巾以下に退化する。上着に到っ ては、修行の前に脱ぐしかない。
「でも、だったらオレンジの、今までのやつの長袖がいいな」
困ったように呟くと、悟飯の目尻がつり上がる。
「なんでですか!もー、そんな頑なだと、今度の修行のときに引っぺがして着替えざるを得ない状況にさせますよ!?」
「お前こそなんでそんなセクハラ発言ぶっこむ程頑ななんだ!落ち着け!」
椅子を蹴倒す勢いで立ち上がる少年。本当に剥ぎ取られそうな予感にこちらも慌てて立ち上がって飛び退った。今はお望みの格好なわけだから安全なのはわ かってるけど怖いもんは怖い。
悟飯は犯人を追い詰める探偵を髣髴とさせるポーズでビシリとを指差した。ティーカップが引っ繰り返る
「絶対一緒の道着になって貰いますからね!」
その熱意を勉学に回してくれよ。
切実にそう思うほど燃え上がった悟飯と、口は挟まないが絶対に悟飯の味方に付くだろうピッコロを前に、は頭痛を覚えてテーブルに突っ伏した。
「さん」
「・・・デンデ。疲れた」
「お疲れ様です」
二人が去ったここはまさに天国。
テーブルに突っ伏したまま時間を過ごしたを覗き込んだカミサマに、笑みを浮かべる気力もない。未来への対策に、生気全部持ってかれた。そんな気分 だった。
「結局のところ、何がそんなに嫌なんですか」
無邪気なデンデに心が洗われつつも、その質問は苦難に震える心を削る。ぐう、と呻いたに、大丈夫ですかと優しい声がかかるが、だったら思い起こさせ ないで欲しいんだけどな。
「そうねえ、たとえば」
脳裏でぐるぐると回る悟飯への言い訳を構築しつつ、ぼんやりと紡ぐ。
つまるところ終結する本音は。
「───私は犯罪者の身内ですって、おおっぴらに明言したくはないじゃない?」
「・・・あー」
納得したような納得したくないような複雑な顔でもって、デンデはゆらゆらと顔を小さく上下に揺らす。苦笑。同情を貼り付けた顔に微妙にへこんで、は 再びテーブルと一体化した。
「そういうことですか」
「そういうことですよ」
いっそ真っ裸でいいか、と呟いた声に、Mr.ポポが風邪ひくぞ、との優しさをくれた。
涙が出そうだった。
拍 手でのメッセージで「がピコさんと同じ道着を着る小話」云々というものを頂いたので書いてみました
ついでに欲求不満は云たらという拍手も頂いてたのでネタにしてみました
暖かくなる時期に、わざわざ寒くなる時期の話を書く天邪鬼
滞在2年目か3年目くらいの話です。常人に冬もノースリはきついよ
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