風邪を引いた
 理由は言わずもがなである







dizzy番外編
(それこそが、また理不尽な続編)
に。







 暖かい部屋の中。豪奢な天蓋ベッドにうつ伏せて倒れ付し、はピクリとも動かない。
 枕を力なく両腕で抱き締める。しっとりと汗をかき、張り付いた衣服は不快なことこの上ない。首筋に纏わり付く髪を何とかしたかったが、声を出すことすら 億劫な今現在。腕を上げてかき上げようなどということは考えさえも付かなかった。

 「さん、大丈夫ですか?」
 脇から掛けられた声が頭に響く。痛い。大きな音量ではないくせに明瞭なそれが気に障る。
 「・・・さ〜ん・・・」
 (うるさい)
 横目に口だけ動かして、喋るなと睨みつけた。意図を察する分別はあるようでピタリと口を閉じる、この悲劇の原因である孫悟飯。良く見なければわからな い、申し訳程度に下がった眉が憎らしくて仕方ない。
 (帰れ)
 一応声にしてみようと努力したのだが、出るのは熱い息とひりつく痛みだけ。込み上げた咳の発作をやり過ごすのに、また途方もない体力を削られる。
 「帰れって・・・僕、多少なりともさんが風邪引いた原因なワケですし」
 (いいからさっさと帰れ)
 何が「多少なりとも」だ。
 声を大にして怒鳴りつけたい気持ちを抑え、心中で罵倒した。この腕が上がるなら殴ってやるものを。十中八九避けられるだろうけども。

 (迷惑だ)
 言い切って顔を背ける。シュンとした雰囲気が背後に漂ったが、そんなことは知ったことじゃない。
 ただでさえ苦しくて気持ち悪くて不機嫌で、その上に元凶が現れて。しかもその元凶の気配は濃厚すぎて、無視しようにも難しい。傍に存在している事実が煩 わしいという最悪の環境だ。
 優しく接するなど夢のまた夢、自分は聖人君子ではないのだから!
 「・・・でもさん」
 「・・・・・・・・・」
 遠慮がちに口を開く悟飯の言葉を目を閉じたまま促す。苦笑したような気配がした。嫌な予感に目を開ける。

 ガラリ、と、何故か窓が開いた。
 「ピッコロさん来てますよ」
 「至急持って帰れッ!」

 嗄れた咽から絞り出された声は識別不可能なほど乾いていた。咽に激痛が走る。
 暫く咳が止まらず息が続かなくて、綺麗な花畑に足を突っ込んだ。








 本当に苦しそうに胸を上下させるの額に冷たい濡れタオルが置かれた。
 「駄目だよ悟飯さん。、暴れさせたりしたら」
 ぐったりとした身体には力が入っていない。意識もどこかに飛んでいる。瞑られた瞳、寄せられた眉。風邪になど縁がないから苦しさはわからないけれど、こ れは相当重症そうだ。
 水の張った洗面器をサイドテーブルの中央に寄せ、トランクスは軽く年上の二人を睨み付ける。

 看病を一任されている身としては症状が悪化してしまったこの事態は深刻だった。ブルマにどんな文句を付けられるか、また、ベジータにどれほどハードな修 行を積まされるか。
 「う〜・・・」と呻いたに、悟飯はバツの悪そうな顔をして見せる。ピッコロはそ知らぬ顔で窓の外を見た。その頬を落ちる汗が心境を物語っている。
 「ブルマさんたちは?」
 「仕事だってさ。ちなみに出て行くときにはも今よりず〜っと元気あった」
 ジト目で見ると、そっぽを向いたままピッコロが口中で音を紡ぐ。
 「・・・ひ弱な方が悪い」
 「雪の中ほっといたら、オレでも風邪ひきそうだけどな〜」
 さらりと呟いた皮肉にふいと悟飯も顔を逸らした。こういう言葉が考えるでもなく出るようになった辺り、に影響を受けているのだと自分でも思う。
 「仙豆って、風邪には効きませんよねえ・・・」
 「効かんだろう。所詮豆だからな、万能ではない」
 「ていうか、風邪ってそんな苦しいものですか?」
 「知らん」
 そりゃ知らんだろうけどさ。

 このどうしようもない二人を見ていると、雪の中で修行をして、体力を思い切り削られて、そのまま放置しておかれて、それでも半死半生の有様で帰ってきたを尊敬する。これまでにどれだけの苦労を被ったかは予想も出来ないが、それはそれは途轍もないものだろう。
 大概自分の父親も容赦ないと思う。思うのだけれど、この二人は絶対にその上を行っている。
 「苦労を積み上げると実にチョモランマと同じ高さになるのです」と言っていたのを思い出す。チョモランマというのは知らないが、山だとか聞いた気がす る。よっぽど高い山なんだろうなと、唐突に想像がついた。
 温くなったタオルを水に浸し、苦しむの額に同情交じりに冷たい手を置いた。子供に慰められるのも屈辱だろうけど。
 こういうことへの精神年齢はトランクスの方が二人よりは高い。

 「・・・・・・?」
 「あ、、気が付いた」
 手の感触に起きたらしい。ぼんやりと焦点の合わない視線が空に送られた。暫し虚空を彷徨い手を伝ってトランクスを向く。琥珀が潤んで滲んでいた。
 「大丈夫?」
 熱に頭が回っていないようで、一拍の間。瞬きを繰り返し、意味を反芻して漸く一つ頷く。
 (まあまあ)
 掠れて音にもならない言葉を押し出した。実際にはきっと「まあまあ」何て状況じゃないだろうに。
 こんな時にまで意地を張っている───のか気を使ってるのか不明なんだけど───様子に溜息を吐く。
 は僅かに首を動かして、トランクスの背後を見遣った。
 (・・・まだ居んだ・・・)
 「すいませんねえ」
 「居て悪かったな」
 心底に毛嫌いした声音に苦笑と引き攣りが返る。いつもならオブラートに包む感情が顕な辺りは、かなり腹に来ているらしい。これは多分風邪のせいだけじゃ ない。

 (あ)
 タオルを絞ろうと手を額から外すと、の手がふと追って掴んだ。
 「ん?」
 色々と傷の付き、骨張った「女らしくない」と言われる手がトランクスの手を握る。額の辺りに戻されて、両手で握りこまれた。
 意外と自分はこの手が好きだ。支障がない程度なら傷なんてどうでも、とか、細いだけだと折れそう、とか言っているらしくて。母親の手も好きだけれ ど、「白魚の手」とか呼ばれるあの手は確かに折れそうで怖い。
 タオルを再び水の中に落として顔を覗き込む。
 「何?」
 (冷たくて気持ち良いから、もうちょっと)
 えへ、と控えめに笑う表情に驚く気配が背後から伝わって、呆れた。この人達、のこといつもどういう風に見てんだろ。
 トランクスや悟飯、ピッコロやベジータなどの「戦闘型生物」に、が甘えた態度を取ることは少ない。控えめ、という態度を作ることも少ない。しかしブ ルマヤチチといった人間に対してはよく遠慮を見せるし、時々は甘えも見せているのに。
 まあ、トランクスが甘えられるのは初めてだけども。
 もっとちゃんと見ろよという不満と、何となく優越感を感じて笑った。








 ガターン!
 ひどく頭に響く騒音が轟いて、は瞬時に目を覚ました。まだぼんやりとした感じは残っているし、苦しいことは苦しいが、先程起きたときの比ではない。
 何だかトランクスに手を握って貰っていた覚えがあるようなないような。
 サイドテーブルに置かれた水差しから直接水を咽喉に流し込んで、痛む上体をゆっくりと起き上がらせた。
 「・・・何だぁ?」
 頭をかいて、暫しの逡巡。起きて歩くのは辛い。そこまでの気力は湧いてない。けれど何か物凄く嫌な予感が・・・師匠が訪れる時以上の悪寒がするのは何故 だ。
 じっと扉を睨み付けつつ迷っていると、再び騒音が起こった。
 (何か・・・何かブルマさんが大切にしてる食器の命が危ない気がする・・・)
 意を決して足を床に着けた。ふらつく足に力を込めて、気を付けて立ち上がる。壁に手を着いて歩くと、一応に倒れるような心配も消えた。

 ・・・のだけれど。
 「うわあ!」
 「ぎゃあぁあぁッ!?」
 ゆっくりゆっくり、焦るな。言い聞かせていた精神に、ギクリと亀裂が走る。
 悟飯とトランクスの声だった。微妙にピッコロの声も「うお!?」とかした気がする。更に、がッちゃんがッちゃん音がしたような気も。歩いて行って惨状を 見るのが心から怖くなった。
 廊下に佇んで、ドアノブに手をかけて、止まる。覚悟を決めても決めなくても、貴方の涙は止まらなくなるでしょう。そんなオカマ声の不吉な予言が耳の奥に 浸透した。
 (ラッキーアイテムは、目隠し布と耳栓かな・・・)
 意識が朦朧とするのです。少しはこの心労を気にしてはくれないのでしょうか、自分の周りの生物は。トランクスは看病してくれた記憶がほんのりあるから良 いとして。
 肺の空気を押し出す。絡んだ痰を一度払って、よし、と一歩を踏み出した。

 軽いノブを回して、押す!


 ヒュガチャゴッ!


 意気込んで入室した身柄に、この空間は無情だった。
 頬を掠めて壁にぶち当たった数枚の皿が弾ける。呆然と、どこか遠くで痛ぇ、と思うと同時、目の前に飛び来る金属を直感で認識。足から一気に力が抜けて、 危ない所でソレを回避した。
 よくこんな体調で避けられたものだと、自分で感心する。
 ドンッ、と無慈悲な音を立てて壁を貫くソレが何なのか、視界に入れて確かめる気にはならなかった。完全にへたり込んだ身体は、きっと暫くは立ち上がれな い。

 耳鳴りが酷い。空気が渦巻く音が無駄に良く聞こえる。オカマの預言者様、止まらないのは涙じゃなくて、ふつふつと沸くストレスです。
 「だ、大丈夫ですか!?」
 かけられた慌てた声に、のろのろと顔を上げる。頬も痛いが膝も痛い。割れた皿、欠片の上に座り込んでしまったのか。
 「・・・おい、、どうした」
 マントを靡かせて(室内では取れとか思う)恐々とに近付くピッコロ。まさか気後れしてるとか殊勝なこと言わないだろうな言ったら笑うな。
 視界に入った先程の金属にうっすらと笑う。尖った先端がずるりと抜けて手元に落ちた。

 名前を確か出刃包丁とかいったそれを、そっと掴んで引き寄せる。
 「・・・・・・何してたんです」
 自分の声ではないような低い音だった。宝塚の人間でもこんなに低い男声は出せまい。くくく、と咽喉が音を漏らしたので、自分はやはり熱の為に理性が欠け ているらしい。
 「おおおおお粥を作ってたんですけど」
 「何で皿や包丁が飛ぶの?」
 「えあ、いや」
 どもる悟飯にトランクスが肩を竦めていた。何だか大人のような態度である。少なくとも、この馬鹿兄弟子とタワケ師匠よりは大人であろうが。
 「オレ、悪くないからな」
 凶悪な光を放つ包丁を持ち上げたに向かい、かけられた声。ああそうだろうよと頷く。
 緩慢に顔を上げた。
 包丁の柄を握り締め、腕を上げる。

 「悟飯くん」
 「は、はい!」
 「・・・ピッコロさん」
 「な、んだ・・・」

 潤む瞳を意識的に細めて口の端を吊り上げた。笑いを形作って、ゆうるりと首を巡らせる。
 普段の修行中でも出ないような、人間の本質に限りなく近いところにある極悪の力を振り絞り。
 ズダン、と。
 真空刃さえ生み出す速度で振り切られた腕によって放たれた刃は、ピッコロの首を僅かに裂いて、容赦なく壁に突き立った。



 「─────今すぐに、帰れ」



 笑む余力もなく無表情で下された、これで最後の通告に、二人は顔を青褪めさせた。
 互いを押し退けるようにして慌しく去ったその姿を視界に納め。

 は満足気に、健やかな眠りに吸い込まれていった。


 花畑は、どこまでも川に沿って続いていた。


病 人の潜在能力は恐ろしいですよ、という話───では、やっぱりなかった筈ですが。おっかしいなあ・・・
名前変換がウザイ程一杯なのが、何だか邪魔くさいです
トランクスくんのキャラが掴めません何歳ですかという話ではあったかもしれません



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