人間死ぬ気でやれば結構色々出来るけど
だからって死ぬ気になりたいとは思わないよね。
Dizzy修行編
二時間目:応用編/舞空 術
脳天から慎重に。身体全体をしっかり意識して。足元にあんまり集中し過ぎないように。
「うー」
眉を寄せて目を細める。今なら師匠の眼つきの悪さ、眉間の皺の深ささえ余裕で勝てそうな気がした。
緊張に凝りを訴える肩から力を抜いて。
「あうー」
落ち着いてー落ち着いてー。
「ぬあー」
「黙れ」
ビッス、と脳天にチョップの一撃を食らった。頭蓋骨が1センチは凹んだと思う。それくらい容赦のない一撃だった───後に「容赦ない」の基準は底辺から 覆されることになるのだけれど。ふうらりと身体が傾く。
「な、何するんですか人が真剣にやってんのに」
「真剣にやっているのなら、まずその奇声をどうにかしろ。よくそれで集中出来るな」
涙目で打たれた頭を撫で擦りながら文句をつけると、呆れたように師匠───ことピッコロが重たい目蓋を動かした。
前回授業の終盤に「その目蓋の出っ張りは睫毛の代わりなんですか」と質問してみたら、当たり前のように荒野に置き去りにされた。野生の恐竜に襲われかけ て根性だけを共に逃げたのは記憶に新しい。帰りの遅さを不審に思ったトランクスが迎えに来てくれなかったら、今頃自然の一部かな?
ふと嫌なパラレルワールド予想図が脳裏に飛来したので必死にそれを打ち消す。私は今を生きる!強く心に決めても、現実は限りなく予想図に近いんじゃない だろうかとか思ってみたり。
「・・・もう一度殴ったら集中出来るか?」
「ごめんなさいがんばりまっす!」
意識を飛ばす私に、ピッコロが微笑んで指関節を鳴らす。不穏な気配を察知して再度慌てて目を閉じ集中に入った。
もう一度最初から。
全身に満遍なく気を行き渡らせる。過不足なく、ゆっくりと慎重に調節しながら常に全体を意識して。一定で浅い呼吸を心掛ける。気をコントロールするため の修行の際に、深い呼吸は気を散開させやすくするのだと何となく気付いた。
身体の表層を気が覆うのを感じたら、それを段々と強めていく。中国拳法とかで言う「気を練る」とはこんな作業だろうか。丹田に力を入れて気を精練。つう か本か何かで読んだだけだから本当にこんなやり方だったか覚えてないけど、まあこれがやりやすいからいいや。ちょっと疑問に感じることもあったがつつがな く続行した。
ある程度まで張り詰めさせたら安定に入る。肺の空気を残らず吐き出しながら目を開く。足元の僅かな草が、私を中心にして煽られていた。ぐらつく気が安定 するにつれて、煽られる範囲は狭くなり。
やがて斜めにそよいでいたそれは、周囲3センチほどのものだけが地面と垂直に波打つようになった。
「・・・1分か。昨日の今日だと考えれば上出来だ。コントロールだけは上手いな」
感心半分呆れ半分。腕を組んで岩にもたれたピッコロがお褒めの言葉を下さった。最後のが厭味だと気付かなければきっとお褒めの言葉だと思う。一応ない胸 を張ってみた。
「自律は意外に得意です」
折角安定させた気を散らさないように注意しつつ拳を握る。自分で意外ととか言っちゃうと、賛同はされても、誰も否定してくれる人材が今のところ皆無なの が悲しい。
案の定鼻で笑われた。
「その意外性のある自律を舞空術にも応用しろ」
「そんな無茶な」
ピッコロは出来の悪い弟子のように私を言うが、私に言わせれば本来、出来ないのが当然だ。
私の世界には「気を感じる」なんて珍芸はない。なのでどう頑張っても気をコントロール、などという芸当には走れない。なんせ、こちらに来て、いいから やってみろと脅されて集中してみて驚いたのは、「何か外に引っ張られる感じ」とか「圧力を感じる気がする」だとかを認識出来たことである。しかしそれはこ ちらの世界での話で、多分再びあちらに戻ってチャレンジしてみても、そんな感覚はないだろう。つまりそもそも世界の在りよう自体が違うのだ。
そんな異世界初心者がチョッパヤでこんだけ出来るようになってるんだから、誉められはせども貶される覚えはないぞ。
・・・ピッコロみたいな地球外生命体ならいざ知らず。
「不満そうだな」
その触角をアンテナ代わりに心を読みでもしたのだろうか。邪魔っけなマントをバサバサ払いながら、不適な笑みを浮かべて師匠が近付いてきた。
「不満ですよ。だって、飛ぶったって、足から気を噴出してロケットみたく飛ぶんだとか、または大地のエネルギーと自分のエネルギーの反発力を利用して同 極磁石みたく飛ぶんだとか、そういう具体的なこと教えられてませんもん。原理がわかんないとわかんない」
「何だその万国ビックリショーのような舞空術は。感覚で捉えろと言ってるだろう」
「感覚もなにも自分の説明覚えてます?『世界の気の流れを読んで同化しろ』。つまり世界の一部になれと。何そのボールは友達理論。同化してからどうする のよ」
心底わからない疑問に数秒の沈黙が返る。説明を纏めているのだろうが、彼は完結に纏めすぎる嫌いがあるのにそろそろ気付き始めてみたり。
「流れに沿って浮け。そこに自分の意思を混ぜ込めば移動出来る」
「その前半がまずわからんと・・・」
これがピッコロ側としては最大の説明なのだとわかるからこそ困った。他に言いようもなく聞きようもない。世界の気って何。空気?天気?
頭を抱えてしゃがみ込む。真剣にどうしようもないのだが、段階を進めなければ念願叶わない。青い某金属タヌキに頼らずに空を自由に飛びたいんだ私は。
打開策を考えようにも、今まで出会った人(多分大体が飛べる)の中で一番教えることに長けていると思われる生物はピッコロで。
(ベジータさんはアレだし、悟飯くんもコレは感覚型ぽいし、トラくん悟天くんは論外、ブルマさんは多分飛べねえだろ)
夢は潰えるものだ、という結論に達するのは目前かもしれない。
「・・・最後の手段に出るか」
「勘弁」
二人分の沈黙が呟きに散らされる。
反射的に飛び出た断り文句は、だがしかし当然シカトされた。わっしと片手で襟首を鷲掴みされて吊り上げられる。最終手段出る前に首吊って死ぬかも。不吉 な直感。本能に従って両手でピッコロの腕を掴んだ。
「うぐえっ」
多少力が足りなかったらしく死なない程度に気管が絞まった。幸い頚椎が折れるだとか脳への酸素配給に支障をきたすだとかの最悪の事態は起きずに済んだ が・・・考慮しといてくれないと夢が潰える前に人生が潰える気がする。
どうにかこうにか腕を数センチよじ登って些細な安全を確保し、漸く言葉を紡ぎ出せた。
「どこ行くんですか」
「確か近くにでかい滝があった筈だ」
聞きたかった本質は見事に言わずに高度が上がる。寧ろ何するかが聞きたかった。故意に気付かないフリをしたのか天然なのかは迷う方が愚か。勿論天然だ。
「嫌な予感がするような気がしますよと御告げが入ったんですけど、どう思います?」
不恰好にしがみ付いたままに引き攣り笑いを漏らす。ピッコロはちらりとだけ視線を動かして、すぐに滝探しに戻った。
「誰からの御告げなんだと思うだけだな」
「論点が違うー。本気で言ってるからタチが悪いな。嫌な予感がするんですよ」
「そうか」
「いやあの」
気もそぞろ。大地を見回す今の彼の耳には恐らく悪口くらいしか届かないだろう。試してみるにはちょっと着地点が遠い。脳髄をぶちまけて死ぬのはとても嫌 なので自粛しておくことにした。
「───ここだな。降りろ」
静かな声に促されて手を放す。相当きつく掴んでいた筈なのに痕は全くなかった。感心するような、悔しいような。修行重ねればこんなんなるのか、それとも この人種が偶々丈夫なのかは判別不可能。
とん、と軽やかに着地する音は、轟音にかき消されて聞こえなかった。
「・・・滝、ですね」
「滝だ」
ズンドドドドドドドドと腹に響く音を絶え間なく吐き出す、それは世界遺産並みの巨大な滝だった。90度傾斜を下る激流には感動すら覚える。白い飛沫が遥 か眼下の青に映えて数秒見惚れた。絶景かな絶景かな。
で。
「嫌な予感がしますね」
奔流が直角に折れるすぐ傍の岩場に屈みこむ私の背筋は何故だか寒い。きっと滝壺から吹き上げる風のせいだ。でもそれなら寒くなるのは背筋であるべきじゃ ないよね。
「どんな予感だ」
背後に立ったらしいピッコロの気を感知する。生物が近くに来れば、気の取り扱い初心者な私でも接近だけはわかるらしい。ついでにそういえば、と身体に安 定させた気がまだ維持出来ているのに気付いて少し嬉しくなった。あれだけ他事して散っていないのは上出来だ。
「ええと、例えるなら」
ざ、と岩場を靴で擦る音。
「救命なしの全力崖下蹴り落とし一回きり運試し、獅子の子落とし行為カウントダウン、3、2、1」
すう、と何かが動く気配。
「察しが良いな」
「ゼ」
ドン、と背中を───蹴られる感触。
前転するように岩場から転げ落とされた私の視界に、白いハンカチを風に靡かせる鬼師匠の姿がスローモーションで映写される。
「ロ?」
そして落下運動。
現実速度に復元された世界の中で仰向けに落ちていく感覚は、死の恐怖を除けば多分そんなに悪いものではなかった。
それが大きすぎて他が全く感じられなかった点を考えなければ。
「ああああああああああああああああああのくそししょおおおおおおおおおおおおお!」
落下する。落下する。情け容赦なく落下する。共に落ちる激流が止まって見える。つまりそんだけ絶望的な速度で落っこちている。青い空がやたら眩しくて現 実逃避したくなった。もうにっくき緑色は見えない。
死ぬ。
心境は恐怖一色だった。なんせ、最初この世界に来たときの状況把握出来ていない状態での落下とは訳が違う。何となく夢心地でいたあの頃の落下は、確かに 怖かったものの、まあ死にゃしないだろうという楽観視に満ちていた。しかし。
「うううううううううううううううううううううそうそうそうそうそ!?」
じたじたと何とか体勢を変えてうつ伏せになってみれば、あれだけ遠かった水面が結構に近かった。あと半分、といった距離か。こんな状況でもどこか冷静に 判断する脳が、今は酷く憎い。命に関わることなんだからもっとサバよめ!
心臓が竦んだ。強い風に煽られて全身が痛んだ。目が乾く。それでも視界は妨げてはいけない気がした。
安定しない景色。
目を見開いて、これから叩き付けられるだろう水面を睨み付ける。これから私を殺す場所。閃くありとあらゆる罵詈雑言をそこにぶつけるうち。
唐突に本来それをぶつける相手を思い出した。
「─────ッ!」
腹立ちは脳を沸騰させる。死ねなくなった。
何で私が死ななきゃならんのだ。もうちょっとやりようがあるだろ。飛行練習一日目で最終手段って何。もっと根気よくやれっつうの。こんな普通に死ぬよう な手段とるかおい。一発殴らないと気がすまない。でも殴るためには死んだら駄目だ。死んだらこのままボチャンで終わり。終わったら殴れなくなるから助から ないと。助かるためには。たすかるためには?
私の背中を押す空気が邪魔で、私をよけて上昇する風が必要だと思った。避ける風を両手に抱えるように腕を伸ばす。カラカラに乾いた口を食い縛って、足か ら手、手から頭へと膜を張るように気を巡らせて上昇気流を取り込んだ。流れを全身の気に複写。背を押す空気の一切を無視する流れを作り出す。
「し・ん・で・た・ま・る・かあああああああああああああああああ!」
涙目で叫んだ私の身体に下からの強い圧力を感じた。ずっとかかっていた上方向からの力に対するそれに、内臓が押し潰される不快感が発生するが根性で耐え る!
(止まれ止まれ止まれ!)
急激な失速。奔流が動きを再開し始めた。残り10メートル弱。吐き出しきった酸素を取り込みなおして。
残り3メートル。広げていた腕で顔面を覆い─────
ピッコロは満足そうにひとつ、大きく首を縦に振った。
「・・・よくやったな、」
「よくやった、じゃねえ馬鹿師匠」
冷たい。心が冷たいだとかいう抽象的なことじゃなくて実際に冷たい。というか寒い。心も寒いけど。
服と言わず髪と言わずとにかく全身から膨大な雫を滴らせて、私は見事に浮遊していた。強風に吹かれても揺らぐことがないほどに完璧に。
「誰が馬鹿だ」
「あんただー!」
───ギリギリの淵で落下の減速に成功した私は、しかし思い切り深くまで川への素潜りを果たした。幸運なことに川が深かったから助かったようなものの、 もし底が浅かったなら命はなかっただろう。
「飛べただろうが。オレの機転のお蔭だと何故思わん」
この地球外生命体がそこまで計算していたとは到底思えないので、それは紛うことなき幸運に違いない。
「ああ飛べたさ!死にたくないから頑張ったさ!ついでにあんた憎さに覚えたての技でここまで頑張って飛んで上がって来たよッ!」
「なら浴びせるような感謝の念を示せ」
いけしゃあしゃあとふんぞり返るミドリムシの発展形態に心からの殺意がフツフツと沸いて出る。引き攣りまくった顔面の筋肉を総動員して罵ろうと口を開 き。
「こ・・・ッ!・・・や、もういい。厭味も通じん輩に使うような気力はもうない・・・」
止めた。疲れた。
ふよふよと低出力で岩場に足を着き、倒れるように大岩に寄りかかる。今の今まで恐怖に強く打ち続けていた心臓が、ようやっと安らぎを感じて静まった。 はー、と深く息を吐いて、集中を霧散させる。もう一度言おう。疲れた。
「・・・落ち着いたか?」
「なんとか」
「そうか」
ポンと肩に大きな手が置かれて驚いた。よく頑張ったなと誉められているようで、ほのかに心が温まる。
飛べたし、この際もしかしたら感謝してもいいのかもしれない。
落ち着いてみると、そんな安らかな考えも浮かんだ。顔を上げて、どこか誇らしげにこちらを見るピッコロに向かい口を開く。
「あのさ、一応、ありが」
「じゃあおさらいだな」
「─────え」
肩が、自然極まりない動きで軽く押された。挟まれた言葉に一瞬以上呆然とする。傾く身体。やたらと不吉なデジャビュを感じた。
落下は心地良い。前言通り、死の恐怖を取り除けば。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
白いハンカチをヒラヒラと優雅にはためかす師匠を、次こそは絶対殴ってやろうと心に決めた。
・・・帰還出来れば。
先程よりも盛大な水柱が立ったのは、言うまでもないだろう。
悟飯くん大正解。
何 だかものごっつい久しぶりな気がする本編ちゃんとした更新
書き方変わってる上に何だコレNAGEEEEEEEEEEといった風情ですが
やりたかったことは多分詰め込めました。きっと。
まだ初心なドリ主。会話がP氏優位って初めてですよね
ちなみにこれが修行編で一番書きたかった回なので、以降は短くなります
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