もういいんですよ
 もうそれ以上望んでないんですよ





Dizzy修行編
時間目:応用編/攻撃





 月日が経つのは早いものだとしみじみ思う。気付けばこんな年になっててねえ、ちゃんはちゃんと色々考えて生きてかないといけないよ?というご近所の 婆ちゃんの言葉を痛感しながら私はもがく。ちゃんと考えてたらそもそもこんなポジションに自分から立ってない。

 ペタリ、と見えない位置で手が触れた冷たい地面を強く押せど、この状況からは抜け出せなかった。
 そろそろ頭に血が上って、更に窒息しそう。
 巡る走馬灯。微笑むもう会えぬ父よ。さらば、さらばだ私はココに散る。できることなら高速道路を舞空術でかっ飛ばして、他人の常識をぶち壊してから死に たかった。

 頭だけを地面に埋めて、無事な身体が滑稽に動く。漫画でよく見る───というか漫画でしかあり得ないようなこの状態。
 頭だけin大地。
 身体丸ままon大地。
 まさかこんなベタな体勢に陥るとは思いもよりませんで。

 「・・・さっさと抜けろ」
 「ゥゲホふッ」
 ジタバタと動かした足を無造作に掴まれて引っ張られる。暗い視界に光が差した。そのまま手を放されて身体が仰向けに落ちる。
 踵が思い切り地面を抉り、首を痛めて、息をするよりまず呻いた。
 「まったく、何をしているんだキサマは」
 一体どこの緑色のせいだと!
 反論もできずに咳き込んで、口の中に進入した砂を吐き出す。顔を擦れば取れる大量の土塊。生理的に流れた涙を吸って更に張り付いた汚れを、藍色のリスト バンドで必死に拭った。

 ゲホ、と最後にひとつ咳きを残し。
 「あにすっだ出来損ないエルフ!」
 「毎度のことだろうが、ガタガタぬかすな原始人!」
 「原始人と申したか!それにも口では勝てないグレイふぜいがッ!」
 早速ガタガタ抜かすと、容赦なくドタマをカチ割られた。
 鉄は叩けばよくなるというが、人体にそんな熱血な趣向はあっただろうか。とりあえずサイヤ人やナメックにはあったと仮定しよう。けれど少なくとも自分に はない。いい加減にここらでそれを知らしめておくべきだと思う。
 再び地面とディープな接吻を交わしてひとりごちる。破壊されたシナプスと永遠の別れを交わす私の悲哀をどうやったらこの粗忽者は理解してくれるのだろう か。
 「いたい」
 とりあえずわかりやすいように声に出してみる。案の定鼻で笑われて流されただけに終わり、後に残るのは理解ではなく不快。この不快を晴らす為にはどうに もこうにもまず強くならねば。決意を新に胸に秘め、一つ大きく頷いた。
 「そういうことだ。決意を新に強くなるためにさっさと気弾の一つでも出せ」
 「触角から他人の思考受信するのはんたーいたたたたた地味に痛い・・・!」
 ごりり、とこめかみを抉られてひとしきり喘ぐ。

 そんなこんなで私は未だ気を攻撃に転じることができていないわけで。
 「お、思うに私が気弾とか出せないのは、今までその必要性がなかったから今後も必要ないという意識が染み渡ってるのか。あるいは今時分、必要ないと認識 してるから出せないんじゃないかなあと」
 思うわけですよ、と続けようとした声帯は、眼前から発される殺気に凍り付いた。貝のように口を閉じる。この辺の察知機能の精度は抜群だと自負していた。 察知した後のリアクションは置いといて。
 完全なる沈黙は、しかし何故だか波打つ空気のせいで静寂と結び付かない。風もないのに後方へ流れる髪に、ひやりとしたものが背を伝い落ちる。
 ちょっと何か喋って。
 切なる声が届いたのか否か、ピッコロは座った目でこちらを見据えた。

 「つまりなんだ」
 「う」
 墓穴を掘った───ことだけはわかった。真剣、というかむしろ殺意に満ち満ちた視線とかち合って全身が震える。
 こういう方面にだけ察しがいい受信塔はマジで困る。いや、普段私が困ってるときとかにもある意味察しがよくて更に悪状況に導いてくれるんだけど。
 「え、ええとですね、木星のお告げがそんなことを言ってたんですけど、やっぱり木星は恒星のなりそこねだしでっかくて自転早いし固有磁場持ってるから きっとマッドなこと言うだろうし、ジュピターことゼウスさんは浮気とか酷くて甲斐性ない人だから実は信憑性ないんじゃないかなあと思うので、そういう原因 じゃあないんじゃないかと思」
 「つまり」
 「ううう・・・!」
 戯言を遮られてほぞを固める。

 「ピ」
 「ぴ?」
 両の拳を固めて防御体制に入り、ありとあらゆる方向からの攻撃に備え。
 呟く。

 「ピッコロさんほど甲斐性なくはないですよね」
 「やかましいわこのアホッ!」

 問答無用で飛んできた正面からの鋼の拳は、ガード不能で私の額を打ち抜いた。 








 トンネルを抜けるとそこは魔界だった、みたいな。そんな心境。
 妙に湿っぽい。そして気が付く前より随分と暑い。肌を刺すピリピリとした刺激は何だろうか。私の身体を包み込むようにして力が渦巻いている。
 気が付いたら一面真っ白な世界に放り出されていた。普通にドッキリした。

 「・・・前振りが長くなりましたけど、これはどういうプレイですか」
 思ってもみない不意打ちに高鳴る心臓を押さえて尋ねる。10秒間、浸透する静寂。答えが返らないことを訝って振り返ると、そこにもまた一面の白が広がっ ていた。
 「ピッコロさん?」
 180度見回しても、やはり白しか見えない。もしかすると見えないというか目が見えていないのかとも思ったが、下を見れば自分の身体は目に映っていた。
 唐突に不安になって立ち上がる。
 「ピッコロさーん。緑色宇宙人種さん!」
 瘤のできた額をさすった。頭が痛いのは食らった衝撃のせいか不安定な空間のせいか。
 平衡感覚がおかしくなりそうな地面は、足が地に着いているのかどうかもわからない。距離感もなく現実味もない。あるのは強烈な不快感。脳がかき回されて いるような気持ち悪さによろめく。
 孤独とか、そういう問題じゃない。

 「───ピッコロさん?」
 平衡を保つという酷く簡単なことにさえ苦戦しつつ立ち上がる。生まれたての小鹿でもあるまいし、何をよろめいているんだと内心で己の足を罵倒した。
 唾を飲み込む音が、虚無に吸い込まれる。
 『何もない』ということがこんなにも人を圧倒するものだとは思ってもみなかった。ないのだから圧迫されるはずもないのに、感じるのは限りない窮屈さ。限 りない空間は目の前の壁よりもなお強く私を制限し、平坦な白い地面は針のむしろのように接した足だけでなく全身を刺激する。
 何で何にもないんだ。
 ───何で誰もいないんだ。

 「ピッコロさん!」
 近年稀に見る必死さ───修行その他で生命の危険を感じた場合を除く───で叫んでも望む声は返らなかった。
 目を凝らしてもこの不快極まりない空間の出口は見付からない。修行のときとは段違いの集中で気配を探ってもアンテナは何も拾わない。
 うっかり脳裏を駆け巡ったifに気が狂いそうで、混乱の境地から再び悲鳴のような叫びを上げた。
 「ちょっと、ピッコロさん!ナメック製のクソ師匠!ウォータリアンの動く植物、その辺に実はいるんでしょ、返事しろッ!そのマギー審司も驚きの巨大な上 に不必要にとんがった耳はお飾りか!?いくら肌の色とか質感とか角とか特徴が被ってるからってカメレオンの擬態なんて珍妙な行為はもういいからさっさと普 通のナメック人にもど」

 チュン、と。
 耳を掠めて過ぎ去った光線にピタリと口を閉ざす。僅かに負傷した耳の端から流れる生暖かい液体にぞっとするより先に安堵した自分が憎い。
 一拍遅れて冷や汗を流しながら状況を把握した。
 光線は後ろからだった。ということは散々貶しまくった我が師匠はそちらにいるということだ。まさかわざわざホーミング性能をつけてまで突っ込むほどトチ 狂ってはいないだろう。わかんないけど。
 防御&回避レッスンにベジータが参戦してきた最悪の瞬間と同等な俊敏さで旋回し、駆け出す。初めてピッコロの姿を見たいと思った。半年くらい経ってよう やくそういうの思うって、物凄い異常な師弟関係じゃないだろうか。奇跡だ。奇跡がやっと舞い降りたんだ。

 このとき私は、渇望する存在がこの状況の元凶だという事実もさっぱり浮かばなかったほどに恐ろしかったわけで。
 「ん?」
 あんまり必死すぎて、目に入った生物のおかしさに気付くのが遅れた。
 ゴマ粒大から豆粒大に見えるほどに近付いたそれは緑色で。毛がなくて。2本の角があって。爬虫類みたいな質感で。
 「・・・まあ、爬虫類だよね」
 非常に大きくて。例えるならまるで恐竜のような───ていうか。
 恐竜だよッ!

 「───ッ!?」
 認識完了、慌てて急ブレーキ。あちらさんからも猛スピードで近付いてきていた不幸から、豆粒はあっという間に軽トラックサイズに変わっていた。
 開いた口には鋭利な牙が並び、強靭な顎を涎が流れ落ちる。生々しい凶暴性をありありと視認できて泣きそうになった。
 「う、わ、わ、わ、ななななにコレなにコレ!?ぴっころさん随分と大きくなって母さん嬉し・・・じゃねえよ!ボケてる場合じゃねえよッ!」
 パニック中にも時間は進む。私にザ・ワールドは使えない。
 猛スピードで振り抜かれた尻尾を、前方へ飛び込み前転の要領で避けた。頭上を薙いだ大木のごときそれが髪の幾筋かを絡めて千切っていく。後ろや横に飛ぶ 暇はなさそうで、そのまま恐竜の股の下を転がり抜けた。

 ふと、白い空間で、何かがポツリと目に入る。第二の恐竜じゃありませんようにと胸中切実に唱えながら勢いそのままに走ると───それは希望の光だった。
 「出口だ!」
 テーブルやら椅子やらが鎮座する、何故だかそこだけ微妙にエレガンスな空間。その空間の壁、中心に扉があった。
 もしかしたら出口ではない可能性もなくはないが、そんなことは気にしていられない。気にしてここから出られなければ、最悪発狂死。良くて恐竜からの攻撃 で一撃死。
 良くても死って一体どういう。
 背に腹は変えられない。獲物を逃した恐竜はその巨体がゆえに精密な動きは不可能で、方向転換に重大なタイムロスを残している。思案はコンマ0.3秒。判 決にフライングして私は全力で駆け出した。
 扉は、空間のこちら側に僅かに開いていた。白ではない場所まであと大股30歩といったところだろうか。扉までおよそ40歩。ちらりと後ろを目だけで振り 返ると恐竜の姿はまだ遠い。
 勝った!
 よくやったと自分に喝采を浴びせながら、ゴールテープに向かう気持ちでラストスパートをかける。出口だと根拠のない確信を抱いて、晴れやかな気持ちでド アノブに手を伸ばした。
 開いているのだからノブを捻るという些細な手間が省ける。金色のそれに手をかける前に、一旦勢いを殺すために壁に足の裏を激突させた。強引なブレーキは すぐさま私の前進を後進へと変換。
 改心の笑みを浮かべながら私はノブをわし掴んで。

 扉に引っ張られてつんのめった。
 「あう?」
 バタン、と無情な音が響く。ついでに後方からズシンズシンと重たい足音が───。
 「待てコラ───ッ!」
 ノブをがっつり掴みなおして回そうと力を込めるが、ピクリとも動かない。半開きだった戸は完全に隙間を閉じていた。

 「開けろ、今すぐ!ナメクジッ!」
 罵声に反応したのか、こらえ性のない師がそっと戸を開ける。目がチラ見できる程度の隙間を圧倒的な力で無駄に固定して反論した。
 「誰がナメクジだと何度言わせればわかる。ナメック人だ」
 「ココちゃんと開けたらわかってやるから、問答する間に俊敏に開けろー!」
 ささやかな隙間から不鮮明な声。
 必死に扉を引く私の抵抗を、大した力も必要とせずに無に帰している全身像を思うと、人生で無量大数目の殺意が芽生えてくる。怒りのままに壁に足を置き、 全身全霊を込めてノブを引っ張った。当然そんなことで敵うわけもない。

 かなり近くなった足音に恐々としながら落ち着くために深呼吸。
 「あの、あれ、なに。そんなに私を追い詰めたいの?気弾がどうこうの前に多分死ぬんだけど、いたいけな少女を殺してそんなに楽しいの?サドなの?いや 知ってるけど」
 滝のような汗が流れる。着実に一歩ずつ、早いペースで接近する恐怖に心が焦りを覚えていた。
 「質問は一つずつだと教わったことはないか。・・・突っ込みを放棄してただ質問に答えてやろう」
 「答えなくていいから開けて」
 早口になる私につられることもなく悠長に言葉を返すピッコロを本気で殺したい。今始まった思いでもないけど。
 「楽しい」
 「そりゃよかったねえええええええええ!」
 いけしゃあしゃあと簡潔に述べるピッコロに、思わず咽喉が裂けそうな絶叫。

 「そこは精神と時の部屋という特別な場所だ。外ではお前はゴキブリ以上の逃げ足で消えるからな、早々退避できん場所を提供してやった」
 「ンなこときいとらんわ、このいらんことしい!」
 「本来なら地球の十倍の重力がかかるが、それは免除してやっている。わざわざいらん力で庇ってやった心優しいオレに感謝しろ」
 「・・・・・・・・・・・・・ッ、・・・・・・・・・ッ!」
 もう文句も出ない。

 血の涙が流れるのが先か堪忍袋が爆発して血を吹くのが先か。地団太を踏んでいいから開けろと抗議する私をさすがに不憫に思ったのだろうか───やった本 人が小さな優しさを発揮したとしてもミジンコサイズも感謝の気持ちは湧き上がってこないけど───瞬間の沈黙の後、師が希望の一言を弾き出した。
 「まあ、どちらにせよもう一度開けるつもりはあったわけだが」
 ならさっさと開けて欲しい。
 反論はぐっと飲み込んだ。余計な一言で一つしかない命を散らすのは勘弁願いたい。神には命が二つあるから一つあげましょうとか、そういう漫画みたいなみ たいなことはいくら何でもないだろう。
 わかんないけど。この世界なら案外わかんないけど。

 「一歩下がれ」
 「一歩下がるとそんだけ凶悪生物に近付くことになるから早くしてね」
 もう一方の凶悪生物からは遠ざかることになるから嬉しい場面もあるけれど、とりあえず今は後ろの凶悪さが怖いので大人しく一歩後退。
 ついでにちらりと後ろを見遣ると、色付きの空間を警戒しているのか突進を止めてこちらを伺う恐竜の姿があった。近付いてからやけにタイムラグがあるなと は思っていたが、どうやら野生らしく警戒心は強いらしい。ラッキーなことだ。
 生還を確信して幾分か肩の力を抜いた。同時に扉が軋む音が耳に届く。そこから目を離していたのは時間にして数秒。
 ああ、ようやく色彩鮮やかな空間に舞い戻れると。
 思ったんだけども。

 「・・・ピッコロさん、暫く見ない間に随分とおっきな、その、顔になって」
 「オレである筈があるかアホ」
 扉が開いて明瞭になった声は、しかしなぜか遠くから聞こえた。
 大きく開いた扉から覗いた鱗を纏った緑色は、私の顔面、至近距離で生暖かな息を漏らす。顔に対して小さな目と視線が合った。見覚えがある顔だった。
 眩暈に任せて一歩下がる。それは私を追うように一歩踏み出す。巨大な全身が、扉のサイズを無視して現れた。某どこでも行ける便利なドアでもないのに。
 どう見ても恐竜にしか見えない凶悪生物に呆然とする。1匹でも手に余るのに2匹。涎が玉となって足元で弾けた。
 「ま、愛弟子にこの仕打ちですか」
 「愛のムチというやつだ」
 ここまでされるといっそ闘志が漲って来る。空しさを必死に押し殺して、餌を品定めするでっかい爬虫類から忍び足で距離を取った。

 「倒したら褒美に開けてやろう」
 「できれば、瀕死くらいでも開けて欲しいんですけど」
 「不可だ」
 極悪の前足が鋭い爪を振りかざす。瞬時に舞空術を展開、垂直に飛び上がった私を追えずに振り下ろされた腕は、調度品をことごとく破壊した。
 「死んだら夜な夜な枕元で浅草カーニバル開催してやるから覚悟しとけ!」
 見えない位置に向かって叫び、虚空を蹴って一直線に降下する。

 ピッコロの顔が嫌そうに歪むのが見えないのが心残りだった。








 肉が焼ける匂い。むせ返りそうな、大量の鉄分の混じる空気。そして静寂に一つけぶる気配。
 ピッコロはひとしきり周囲を見渡して、フン、と鼻を鳴らした。
 「上出来か」
 血溜りに傷だらけで寝転ぶ弟子の首根っこを引っ掴む。
 口は呼吸のためだけに行使され、いつもの罵声は全く飛ばない。薄く開いたそこに仙豆を押し込み生命の危機から脱出させた。





随 分前回と間が開いたら、おしおきのように書くのにも時間がかかりました
殺傷能力が幼少時のチチさんに追い付いたところで修行編終了です
・・・や、こう書くと情けない気がするけど、恐竜殺せるって凄いことですよ
多分。
次回から日記連載に戻ります

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