何で私はこんなことしてるんだろうと心底不思議に思いながらも、身体は自動人形のように熱意もなく淡々と作業をこなす。
 ギャイギャイと騒ぐ弟分達の声。遠慮の欠片もなく走り回る音。何かが折れる音。何かが倒れる音。何かが叫ぶ声、悲鳴。
 深い溜息を肺から吐き出して。は現実に向き直る。
 「笹、もっかい採って来い」
 「ラジャー!」
 イベントに心踊る年でもない枯れた身には面倒くさいだけの今日は、7月7日。
 一年に一度の恋人の逢瀬。







dizzy番外編
願い







 「で、君ら願い事書いたの?」
 「まだー」
 折り紙に適当にハサミを入れて尋ねれば、無邪気な悪魔からは満面の笑み付きで呆れた答えが返ってきた。当日になって、既に半日が終わっているこの時間 に、肝心の短冊が一つもない。それはまさに呆れるべきことだと思うのに───ここにはそれをおかしいと思うのが自分しかいないということが、何よりも率先 しておかしなことだと思う。
 「ていうか七夕って、織姫さんと彦星さん、会えて良かったねついでに自分らの願いも叶えてよ、っていう祭でいいんだよね」
 「何だか凄く浅ましいイメージが纏わり付く言い方ですけど・・・まあ、大方その通りです」

 下着家に集まったいつもの面々がせっせと笹に飾りを付ける。きゃあきゃあと嬉しそうに働くのは何も子供たちだけでなく、イベント大好き女性陣も同じこ と。ブルマとチチという何とも破廉恥な名前のお二方が笑う様子を微笑ましく見守って。
 「そんでこの世に存在するありとあらゆるものの破壊のために生まれた人種の皆々様も、他人の恋路に乗っかって願いを叶えて貰おうとするわけですか」
 「どういう意味だ」
 「そのままですよ。別にこんなときだけ平和面してイベント参加してんじゃねえぞバーカバーカとは含まれてません」
 「・・・笹の天辺飾りにしてやろうか。串刺しとミンチと、どちらがいい」
 「やだなあははは。クリスマスじゃないんだから、そんなにはしゃがないでくださいよ」
 修行馬鹿のくせにイベントごとには敏感な、闘気漲る大の男にうんざりする。ピッコロもベジータも、こんな華々しい場所はとことん似合わないと自分でもわ かっているだろうに何故わざわざ存在するのか。瞬きする間に消えてればいいのに。
 そして何故自分はその危険区域に自然に紛れ込んでいるのだろう。ふと気付いて、殺気が漂ってきた空間からそそくさと離れた。ちらりと追ってきた危険人物 の 視線に気付かなかったフリをして、子供たちの和気藹々に顔を出す。

 目が合うとペンと短冊を手に駆け寄ってくる悟天は可愛い。にこーっと満面の笑顔で見上げる様に和んで───更に寄ってきた邪魔くさいのに舌打ちした。
 「おねえちゃんは、なにかくの?」
 ニコニコニッコリと訊かれて考える間もなく口が勝手に答える。
 「修行したくないねえ」
 「さん知ってますか?神様の力でもどうしようもないことってあるんですよ」
 雑音はいつものごとくシャットアウト。耳栓なんて必要ないぜ。
 最初から誰もいなかったのだと暗示をかけてペンを取った。薄紫の短冊を取るついでに、偶然を装って悟飯に肘打ちを───しまった、存在自体がウザ過ぎて シ カトしきれなかった!

 隠す気もなく顔を歪ませると、仄かに金色の光を滲ませた悟飯が顔を引き攣らせる。相変わらず我慢が足りない。
 「・・・さん、そんなに織姫さまと彦星に会いたいんですか」
 「お星さまになったらプライベートもクソもなく皆に見られて恥ずかしいので遠慮しとく。つうかおまえ織姫だけさま付けか。彦星呼び捨てか。男女差別主義 者 か」
 「男にさま付けなんてそんな非生産的なことしたくないですよ」
 「ひせいさんてき」
 孫さんちの悟飯くんが国語を勉強しなおしてくれますように。短冊にできるだけ綺麗にそう書き付けて笹に吊るした。風に揺れた紙切れは、きっとそんな些細 な 願いも叶えてはくれない。

 「ちょっと、そういうこと書いていいと・・・!・・・いいですよ、そっちがその気なら」
 「あ、コラ!」
 の手元を覗き込んだ破壊の申し子が新しい短冊を引っ手繰った。粗雑に願いを書いて飾り付ける。
 未確認生物さんの間違った性別がなおりますように。
 ミミズが字を模したような体でそんなことを願われた自分はどうしたらいいのか。真っ赤なインクで示される嫌味に、思わず口だけが笑う。目は笑わない。
 悟飯いわくの『間違った性別』は、なおったら男か女か、一体どっちになるのだろう。
 戯言を認めるような好奇心は、心の中で千切って千切って丸めて燃やして灰は捨てた。

 「・・・・・・」
 無言で新たな紙を引き寄せる。灰色の紙が相応しい。紫のペンのキャップを歯で取って、そのままペン先を滑らせた。
 最近のキレやすい若者代表人類の怨敵悟飯くんが熱血教師によって更正されますように。
 吊るす。

 「・・・・・・」
 成長途中の手が伸びた。数枚の短冊を引っ掴んで机に叩き付ける。ミシリと鳴いた無辜の机が可哀相だね、と悟天に呟くと、なぜだか恐怖に満ち満ちた顔で悟 飯 とを見比べた。
 血液みたいな色のペンが動きを止める。キャップもせずに放り投げられたペンをキャッチして、銜えたままだった紫のキャップと共に机に置いた。
 人間外代表さんがピッコロさんとの修行中うっかりひどいことになりますように。
 文字を見た瞬間、今置いたペンを亜光速で取り上げ、投げ付ける。悟飯の頬に赤い線を一本引いて飛んでいったペンは、こちらもなぜだか顔を青くしたトラン ク スが見事に受け取った。

 新しい用具に向かう。
 どこからともなく飛来したUFOが悟飯くんの上に不時着しますように。
 荒れた字のそれを吊るすと、悟飯が間髪入れずにペンを奪った。
 どこからともなく飛んできたフリーザがさんに求愛しますように。
 ペンを奪う。
 やってきた地球外生物が悟飯くんの毛髪をことごとく消失させますように。
 奪われる。
 さんの毛髪が地平線に届くくらいロングになりますように。

 「・・・・・・・・・」
 「・・・・・・・・・・・・」
 無表情に見詰め合って、新たなペンに手を伸ばした。

 悟飯くんが再起不能の目にあいますように。
 さんが死にたくなるような目にあいますように。
 悟飯くんが死にますように。
 さんが死にますように。僕は死にませんように。
 死ね。
 そっちが死ね。

 「両方死ね───ッ!」
 頭部に振ってきた拳骨で、ようやく不毛な争いは強制終了された。目の前に星が散って、ブルマの怒り顔を見ることもできない。
 「不吉な笹にするんじゃないの!」
 「はい」
 「スンマセン」
 二人して頭を押さえて蹲る。案外地球人って強いんじゃないだろうか。涙目になった悟飯を見ると、あちらもを窺い見た。
 仲違いは止めましょう、と手を差し出されたので深く頷いて握り返す。

 地震、雷、火事、かあちゃん。決して間違っていないと思うから、被害は最小限に抑えるべきだ。








 しかし真面目に願い事、と考えると浮かばない。目標を掲げるという意味で考え付くものは、どれも文字にしてしまうと、その、色々と支障が出そうなので、 で きなくて。
 次々と書きあがる子供たちの短冊を横目に口を尖らせた。悟天が7枚目、トランクスが9枚目。なんとも欲深い、というべきか、純真だというべきか。ペンを 回 して首を捻る自分の分まで書いて欲しいと苦笑する。
 「、できたー?」
 「おねえちゃんかけたー?」
 「まだー」
 一通りの願いを吊るして満足したらしい。それでもまだ短冊とペンを手に駆け寄ってきた二人に眉尻を下げると、揃って首を傾げた。
 「願い事くらいあるだろ。、大変なんだから」
 「大変だから書けないんだよ」
 「修行したくないーってかかないの?」
 「大変なことになるから書けないんだよ」

 情景が目に浮かぶ。
 修行したくない。その短冊を見たピッコロとベジータの邪悪な笑み。これ幸いと、例えば「今のような修行は生温いからしたくない」とかなんとか意味を挿げ 替 えて、よしじゃあもっと酷い修行にしてやろうとか連れ出される。帰ってくる頃には使い尽くした雑巾の方が高級なのではないかというような姿になって ───いや、帰ってこれるとも限らないのか。
 苦虫を噛み潰したような表情で机に片頬を付けたから、トランクスは何かを読み取ったようだった。心底同情した顔で頭を撫でられる。キョトンと髪をか き 回す手とを見比べた後、悟天もそれに参加した。
 別に子供に頭撫でられたって嬉しくも何ともないけど、むしろある意味屈辱だけど、それでも好意だけは受け取っておく。

 「まだできんのか、クソ虫」
 「マイマイ目の有肺類がこの世から消えてなくなりますように」
 瞬時に二つの優しい手が離れ、大きな拳になって戻ってきた。微かに沈み込んだのは、果たして机が凹んだのか頭蓋骨が凹んだのか、真相は知りたくないので 無 視することにする。
 それよりチビどもが自分から離れたのか離されたのかが知りたい。場合によっては見捨てたと見て、今年のお年玉はジョークで終わらせてやるから。

 「願い事のひとつもないのか。侘しい女だな」
 「・・・ベジータさんだってどうせ、世界で一番強くなる!くらいしか書くことないくせに・・・」
 「よくわかったな」
 「嫌味も通じねえ」
 これだから戦闘民族は!と歯を噛み締めて痛みを堪えた。

 ピッコロに殴られた事実が無視されるのはいつものことだ。むしろベジータが心配する方が心配で、だからスルーされたシナプスの被害には涙も出ない。
 「人目に晒したくない願い事だってあるでしょ。私は繊細なの」
 「ほおーお」
 じっと疑いのまなこを向けられて顔を逸らす。人の内面なんて様々だ、文句は言わせない、自分は繊細なのだ。嘘だけど。
 人目に晒したくないというか、人目には晒していいけどそれ以外の生物に見せたくない。

 「ピッコロさんは何書いたんですか」
 自分の短冊を吊るしながら悟飯が尋ねる。
 ピッコロが何を書いたのかはも微妙に興味があった。こともなげにこれだ、と差し出された紙を覗き込む。
 「・・・読めません」
 「うわくだらねー」
 同時に飛び出た感想は、お互いの運命を残酷に分けた。悟飯には優しい目、には2度目の鉄槌。浮かせた腰が仇になった。衝撃は膝にまで届いて、椅子か ら 転げ落ちて首を打つ。
 3度目の星は黒い視界にはっきりと輝いて綺麗で、ついでに足元には花畑が広がっていた。一生ここにいられたら幸せだと思う。

 「さんってナメック語読めたんでしたっけ」
 「・・・・・・おう」
 堪えるべき痛みを見失うほど痛かった。殴られすぎて頭から首筋にかけての痛覚が麻痺しかけているのかもしれない。そうであればいい。ポジティブに考えて 身 を起こす。
 よろめく背を支えてくれた小さな手が愛しい。
 「おねえちゃん、だいじょうぶ?」
 「まあ、最近不思議なことに結構平気」
 悟天だけお年玉復活、と心中でメモを取りながら、脇に落ちてきたピッコロの短冊を手に取った。これが読めるようになったのはいつだっただろう。多分理解 に 及んだあのときから、自分は人としての道を見失い始めたのだ。
 象形文字が身を捩ったような文字が並ぶ。ハングルのようにも見えなくもない。昔ならどっちが上かもわからなかっただろうそれを裏返してピッコロに手渡し た。
 ナメック文字って、見てるだけで勉強させられてる気分になる。

 「ナメック星の水くらい、こんなん書かなくても飲みに行けばいいじゃん。そんで帰ってくんな」
 「じゃあの血が浴びたい」
 「止めて下さいよ、そんな猟奇愛行動。寒気がする」
 「愛ッ!?寒気がする!」
 過剰な反応で己を抱きしめるようなポーズを取る師匠に、肯定されても気持ちが悪いだけだけど、心底イライラする。人をイラつかせるためだけ演技というも の を学習してきたピッコロだから、むかついてあげないと悪い───という理由からではなく、心から殺意を覚えた。
 最近、私の性格がうつってきたんじゃないのか、このクソナメクジ!
 「じゃあ代わりに僕が殺」
 「おまえのために流す血は1ナノリットルもねえ」
 つつと近寄った悟飯に蹴りを入れつつ、机の上の白紙の紙にもう一度目をやった。
 高校への進路希望調査票のときでもこんなに迷ってない。というかアレは適当に近場の高校を書き込んだから、迷う隙もなかった。
 うっかり第二希望に男子校を書いて、教師に本気にされたのは内緒。

 「───あ、そうか」
 ようやっと思い浮かんだ『願い事』に顔を綻ばせた。近くにあった赤いペンを手にして、大きく4文字、書き入れる。

 息災延命。

 角ばった、そんなところまで徹底して男らしくしなくても、と言われる字で書かれた短冊に満足した。
 「えー、つまんないですよ!ここは覚悟を決めて本心を書くところでしょう!?」
 「ここまで引っ張っておいてそれか、キサマにはがっかりだ!失望した!死ねッ!」
 「ペンを取れ、書き直しを要求する!さもなくば削る!」
 「どこを」
 徹頭徹尾悪意に満ちたブーイングに顔を顰めてこよりを拾った。期待もなく笹の低部に括り付ける。
 「口にできる願い事では、これが一番だっつうの」
 病気はしてもいいし、平穏も期待できないから、せめて死なないといい。そんな些細な、ミジンコのような願いでさえも期待を持てない自分が寂しい。
 はー、と深い溜息を吐いて顔を上げた。ふと、目に入る多くの願い。

 強くなれますように。
 悪いやつをボッコボコにしたい!
 カカロットを超える。
 強い敵がやってきたら嬉しいです。
 強くなるぞー!
 トランクスくんにかてますように!
 打倒、孫。
 凶悪な敵を来襲させろ。

 「・・・・・・・・・ちょ、」
 7割、否、8割。戦闘民族らしいというか、彼ららしいというか、あるいはまさかここまでベタな願い事ばかり吊り下げてくるとは思わなかったというか。
 見事に破壊願望に彩られた笹が可哀相だ。なにも、織姫と彦星は地球を危機に置きたいわけじゃないだろうに。

 「アンタらには、絶望した・・・!」
 「いきなり何だ」
 心から笹の悲哀を理解しない様子で首を傾げる危険生物から、久しぶりに逃げたいと願う自分がいた。


 そういえば七夕って、実際の祭りは7月6日夜じゃなかったっけ?
 今更ながら思い出した真実は、そっと胸に仕舞っておこう。




7 月のいつだったかに一部の願い事部分だけ書き留めて放置してたイベントネタ
もうすぐ8月が終わります。やあ、時が経つのって早い早い
短冊にちょっと間違った願い事を当たり前のように吊るす人が好きです
 

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