空気が多量の水を含む。黒い雲は水分を身から滴らせ、幾重にも折り重なったそれは、遥か上空から一方的な水力暴圧を振るっていた。
憂鬱が続いてもう一週間。
世間ではその期間を梅雨と呼ぶ。
dizzy番外編
DA CAPO
「へえっくしょ!」
暗雲立ち込める空、降りしきる雨の下、は盛大に不躾なくしゃみをかました。寒い。しかしそれよりも、べったりと皮膚に張り付いた髪やら衣服やらが気 持ち悪い。
(また風邪引くかなー)
ず、と啜った鼻に雨水が入り込んでツンときた。べしゃべしゃの全身を胡乱に見下ろして、深く重苦しい溜息を吐く。
何でまたこんな日に修行なんか。
視線を動かすと入るのは緑と白と紫のコントラスト。突飛極まりない色彩が、何故だか妙に合っている気がしてきた最近が怖い。白いマントと肩パット ───って言うと例外なく怒られる───が水を吸って変色している。重そうだ、と一瞬考えて、アレの元々の重量に比べたらそんな重さなど微々たるものだと 思い出した。
「・・・自彊息まず、にも程ってモンがあると思うんだけどね・・・」
錘に関してはもう気にするレベルでもないのだろう。呆れを含む視線に気付いたのか、白布をうざったそうに跳ね除けて緑色が振り返る。マント、邪魔なら外 せば良いと思う。
「寒いか」
「へ?あ、はあ」
唐突に掛けられた言葉はそんなものだった。数瞬意味が脳に通らず、おざなりに返答。そうか、と緑色ことピッコロが小さく首肯して漸く、大いなる災いを引 き起こすセリフを向けられたのだと理解する。
優しみ。
ピッコロからは世界の普遍的真理レベルで根絶されている筈のそれが僅かながら表顕された。
その事実は必要以上にの顔面を引き攣らせた。
ヒュオウ!
飛んできた拳大の光弾を余裕で避ける。余裕を持てる程の手加減が施されていることに再度恐怖した。
「・・・何か恐ろしく俺に失礼なことを考えたろう?」
「いやべつにそうたいしたことは」
両手を降参、というように挙げて引き攣り笑いを漏らすと、ジト目ではあったが容易く引いた。
(ありゃ)
普段ならここで魔貫光殺砲に勝るとも劣らない、光のシャワーが降り注がれる所だ。訝しむを尻目に彼は指をパチリと鳴らす。と、ただでさえ暗い視界が 真っ暗闇に包まれて、慌てて手を振って原因を取り除いた。視界を塞いで攻撃、なんて戦闘パターンを学習したのだとしたら堪らない!
だがしかし、開けた視界に映ったのは単なる大きな布、そしてこちらを険のない目で見ている師の姿。
「被っていろ」
また、何をこの宇宙人は宇宙人語を。遠い思考で呆けて、今度はさっきよりもう少しだけ早く語意を汲み取れた。
「・・・え」
「風邪を引かれたらまた修行が中断するからな。天界へ行くぞ」
「ちょ、ちょと待てピッコロさん!」
言ってさっさと身を翻す彼のマントをわっしと掴む。取り敢えず言われた通りに布は被っているが、大分ずれて肩の半ばまで落ちていた。ピッコロが顔を歪め る。
手を伸ばされた時には、今度こそ殴られるかなあと危惧したのだけれど。
「しっかりと被れ」
肩から頭まで引き上げられた布を知覚して鳥肌が立った。
「うわー気持ちワルッ!」
頭を抱えて堪らず絶叫する、この気持ちを誰かわかってくれるだろうか!普段あれだけ人を虐げといて雪の中置き去りにしてみたり、己の言動で心身ともに疲 れ果ててるのだともわざとではなく本気で気付かずに、修行項目に獅子の崖落としよろしく地獄メニュー入れてみたりと、正しく悪魔とも呼べるこの宇宙人が、 違いない優しみを・・・!
「アンタ一体今度は何したの!悟飯くんとの仲でも取り持って欲しいの?天界の柱でもぶち折ってデンデに怒られそうなの!?それともまさか通りすがりの一 般市民大量虐殺しちゃって問題になりそうなのを誤魔化して欲しいだと───あう」
「キサマは一体、ヒトをどういう目で見ているんだ!」
首筋にかまされた手刀にあっけなく沈む意識。最後に感じたのは襟首を遠慮なしに引き上げられる痛みと、呼吸気管が不自由する苦しさだった。
どういう目ってさあ・・・。
うすら見える青い空。雨はどこへ行ったのだろう。もしかしてあの理不尽なナメクジが、エネルギーの大量放出でもして暗雲追っ払っちゃったとかしたのか な。
取り留めなく考え、首の後ろの痛みに顔を顰めた。乾いた黒髪をかきあげて緩慢に上体を起こすと、その考えは大きな間違いだとすぐに正される。間違いじゃ なくても心底嫌なだけだけど。
「・・・天界?」
上体から膝に落ちた布を取り上げた。師がどこからともなく取り出した布だ。白いそれは僅かに水分を含んで湿っている。とはいえ最後に記憶にあるほど濡れ ていない。
「どんだけ気絶してたんだ、くそ」
ゴロゴロと雷鳴が響く。視線を脇に滑らせると暗雲はそこに今も滞在していた。分厚い階層の下は全く見えないが、恐らくはシャワーコック全開の如き最悪の 雨が降り注いでいるのだろう。心なしか下界とは係わりのない筈のここも、微妙に湿気が高い気がした。
つうか何でこんな端っこに放置されてるんだ。
後2、3回転がれば気持ち良く自然落下運動を味わえる位置ではぞっとした。気を失っている間に何かあったとしたら、人間としてというか寧ろ生物とし て対処不可能である。
まず間違いなくピッコロの仕業だろうが、デンデとかポポとか、そういう良心のある奴が神殿の中に持ってってくれなかったのかよ。
まあ、そこで例えば孫悟飯とかがいたなら仕方ない。彼なら普段の言動による予想からしてこう言うだろう。「どうせ死なないんだから、わざわざ神殿の中に 運ぶとか面倒しなくても大丈夫ですよ」。
「さーん!」
半ば八つ当たり気味に考えるの耳に、底抜けにひたすら明るい声が届く。タッと駆け寄る気配と音を感知して、ふと顔が笑った。
「さん、気が付いたんですか!」
「・・・やあ悟飯くん。出し抜けに何だけど、ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「はい?」
よっこらしょと立ち上がる。爺臭いですよ何て言葉が聞こえたが、無視して彼の肩に両手を置いた。
柔らかに笑うにつられて悟飯もニコリと笑い。
「どうせ死なないんだから、わざわざ神殿の中に運ぶとか面倒しなくても大丈夫ですよ、とかさ、そういう類のセリフに聞き覚えはある?」
「え、そんな一字一句違わないセリフ反復出来るほどマジマジ聞いててっていうか起きてたんですかあの時」
驚きに目を見開く彼の顎が、全身全霊をかけた掌底アッパーにしっかりと打ち上げられたのは言うまでもない。
人体急所の顎、脳を揺さぶる快心の一撃に強靭である筈のその身体でさえも後ろに倒れ───かけたが、何とか途中で体勢を立て直す。そのまま第2撃を繰り 出そうとしていたの足を慌てて掴んだ。
「な、なにするんですかいきなり!」
「うるせえ、自業自得だこの大猿と人間のハーフッ!」
基本的には温厚ながらも流石に怒鳴る悟飯の胸をもう片方の足で蹴り付けて拘束から逃げる。一瞬息を止めはしたが、それだけだった。その辺りの丈夫さは憎 らしいほど羨ましい。
唾を吐くようなジェスチャーと親指を大地に向ける「死んで来い」合図で軽い嫌がらせを示してやると、少々顔を引き攣らせる。
拳を固めた彼に戦闘体勢で対峙。すると、気を取りなおしたのか頭を振って何かを堪えるような顔で歪んだ笑顔を浮かべた。
「ま、まあ、おふざけはこれくらいにして・・・」
「なんだよ、とってもウザい針金の如き硬度を誇る黒髪を持つ不必要邪魔っけ人間外」
「これくらいにして、ちょっと訊きたいことがあるんですけど!」
「うい」
ガッと肩を掴まれて、素直に言葉を引っ込める。滲んだ殺気に引き際を見間違える程に馬鹿じゃない。
一つ咳払いをして口を開く悟飯に、はぼんやりとした視線を送って先を促した。
静かな神殿。彼はその内部で今、一体何をし、考えているのだろう。知りたいなどと欠片も思っていない───むしろ死んでも知りたくないのに脳が考えた。 目を凝らせばその思考が飛び込んで来てしまいそうで目を逸らす。
「・・・そっちも、か」
「ええ・・・」
微弱な風にさえ攫われる小さな声は痛ましい。肯く悟飯もまた同様に。視線はと合致せず、斜め下を伏せ目がちに見詰めていた。身長に比べ随分と大きな 拳は、きつく握られて小刻みに震えている。
間を置いて、彼は痛みを断ち切る勢いで顔を上げた。
「何でなんです!?こんなことあっちゃいけないんだ・・・!」
瞳が湛える水分を増しているのは果たして気のせいだろうか。寄せられた眉はこちらまで心を痛める。
「悟飯くん落ち着きなよ。複雑だけど・・・気持ちはわかるけどさ、事実はどうしようも」
「どうせまた、さんが何かしたんでしょうッ!?」
裏返った叫び。肩にかけようとした手をヒステリックに払われた。
常日頃の行いのせいかもしれないが、頭ごなしの言い掛かりに流石に腹が煮える。片眉を跳ねさせて少年を睨み付けると、彼からも怒りを多分に含んだ視線が 返った。
感情任せに払われた手を相手の胸倉に移動させ掴み上げる。
「勝手言ってんじゃねえ、普段迷惑被ってんのは、大方コッチだぞ!」
「冗談じゃないですよ!いっつもさんは人間とは到底思えない妙な言動してるじゃないですか!」
「自分でやりゃあ被害はその場で食らうし、原因だってわかんだよ。原因不明の怒り買って周囲に八つ当たり及ばせてるのはそっちだろが!」
「そんな事は・・・もしいつもはそうだったとしても、じゃあ今回は違うでしょう、なんせ・・・!」
「今回余計に有り得るじゃないか。なんせ私は怒らせてばっかりだそうだから!?」
「そ、そこまで言ってないじゃないですか!」
恐らくは街中この声量で怒鳴りあっていたなら、道行く人々から次々説教を食らっていただろう。つまり周りを気にしていない状態。だからこそ、ギャアギャ アと言い合う達は、神殿から現れた者についぞ意識など向けていなかった。
「おい」
通常音量でかけられた声も勿論シカトである。というか聞こえない。
「大体ね、悟飯くんは影響力わかってないんだよあの人への。だから反省って言葉もわかんないような単細胞のままなんだ!いっぺん豆腐の角に頭ぶつけて永 久昏睡しとけッ!」
「あー、言いましたね?どうせ僕はさんに比べたら単細胞ですよ!ていうかさんが多細胞過ぎるんです。そんなんで人間だなんてすぐ露見するような 嘘堂々と吐いてて恥ずかしくなんないんですか!?」
「・・・おい」
人は激昂すればする程に脳が活動を少なくする。段々と子供じみてくる諍いに、声は僅かに苛立ちを交えた。
「馬鹿か、どっからどう見ても人間な私に何的外れな暴言ぶっかましてんだ。そーこーがー単細胞だっての、地球人向きの脳じゃねえよオマエ!」
「どっから見たら人間に見えたりするのか、説明して欲しいですね、1000文字程度で。ああごめんなさい無理ですね、1000文字も人間だなんて嘘付く 事項ないですもんね!」
「・・・おい!」
「それで、ホントは何したんですか、さん!」
更なる怒気。が、まるで故意に無視しているかのようにも見えるのだけれども、二人はハッキリと気付いていない。
お互いがお互いの胸倉を掴み上げ、鼻が付くような至近距離で息を吸う。
悟飯が吼えた。
「ピッコロさんがあんなに御機嫌だなんて、今世紀最大におかしいでしょう!?」
「私が知るか!」
も吼え返した。
ぎ、と奥歯を噛んで苛々と胸を押して突き飛ばし、視線を逸らして。
「あ」
やっと気付く。
座った目付きで、やっと言い争いに取り敢えずの幕を下ろした二人をつまらなさそうに見詰める、両名の師匠の姿に。
「・・・あ、ぴ、ぴっころ、さん」
喉を鳴らして引き攣った笑みを向ける兄弟子の、複雑な表情が見ずとも手に取るようにわかる。ざわついた気がどうしようと問いかけてくるのに再度知るかと 投げ遣った。
やっべえ殺される。
向けられる視線に粟立つ背。黒曜の目を直視なんてするんじゃなかった。万感交々至るものは全て「死」だの「殺」だの不健康な文字が含まれていて、朧な涙 を誘発させた。
アーメン。そっと人生に見切りを付けてはピッコロの言葉を殊勝に待つ。取り合えず第一撃に耐え切れば、生きる望みも出てくるかもしれない。
ピンからキリまで、向けられるであろう轟音、鼓膜を突き破る爆音、身体が引き千切られる程の衝撃、そしてそれに対する生存確率を引き上げる手段を計算高く シミュレートした。四捨五入すればまあ、1%くらいの確率で生き残れるだろう。絶望的じゃねえか。
「おい」
「「は、はい」」
思いがけない静かな声に背筋がピンと伸びた。そのまま数秒続きを待って、やがて聞こえてきた深い溜息に・・・違和感を覚える。
(あれ、怒ってない?)
そう思わせておいて実はフェイントとかだろうか。しかしこの目前の彼にそんな湾曲した脳みそが詰まっているとも想像出来ない。
「気が付いたのなら、さっさと修行に行くぞ」
キョトンと目を見開き、ついでにあんぐと口を開いて悟飯と顔を見合わせた。
おかしい。
言葉はなくとも心は合致していた。得体の知れない微かな恐怖を背に負って後退る。直立不動で自失する悟飯とは反対に、は殆ど無意識に拳を握り、半身 に構えを作っていた。ただし、動転のあまり普段とは逆の構えになってはいたが。
靴底の鉄板と、下界から持ち込まれた砂利が擦れて悲鳴を上げる。
「・・・一応訊くが、何のつもりだ、」
「いやだって」
無造作に一歩踏み出した彼に、あからさまに身体が跳ねた。ここでようやっと右足右手が前に来ていることに気付き、愕然とする。もう終わりだ。
「ピコさん今日に限って気持ち悪いくらい優しいし」
構えを直す暇など一瞬もなかった。ほう、と気のない返事と共に伸びてくる大きな手に、後ろを向いて逃げ出したくなり。
「そ、そろそろ反動で猛烈な攻撃が来てなきゃ世界が破滅するかも・・・ッ!」
「なるほど」
実際、本能のままに身を翻したが、敢え無く襟首を掴まれて逃走は失敗に終わった。
「つまり」
節でブツブツと区切られた言葉が一々恐怖を後押しする。低く笑う彼に、今までにない底知れぬプレッシャーをかけられた。
「おまえは」
「ホントゴメン申し訳ないゴメンゴメンゴメン!」
背骨の真ん中辺りに察知した危機に大声で謝罪してもう遅い。
ガ、と腰に押し付けられた手に耐えられない熱を感じ。
「そんなに死にたいわけだなあああああああああああ!?」
「ぎゃあああああああああああああああああ!」
上下左右に現れた光り輝く球体の死神に、腹式発声で悲鳴を上げ。
─────暗転。
「・・・大丈夫ですかー?」
「大丈夫に見えるか・・・?」
ボロ雑巾の身をうつ伏せに床に投げ打ち蚊のような声を上げる。ボコリと抉られた床は見事な真円のクレータを作り上げていて、何だか泣けた。
そのクレータの端に腰掛けて飄々としている悟飯を、いつか殺してやろうと思います。
「僕思ったんですけど」
「何を」
「ピッコロさんが機嫌良い理由です」
億劫に顔を上げる。違えた首の痛みが脳幹網様体の活動を低下させた。つまり意識が遠くなる。
強風の中待ち針の一本で巨大な布を縫い止めておくかの如きギリギリ加減で努力して意識を保ち、言葉を待つ。早く、早く言え。ていうかもう気絶しても良い か?
幸いにしてというかまだ気持ち悪くもプラス方向の機嫌が残っていたらしいピッコロの攻撃は、覚悟していたよりもずっと手加減されていて、血はあまり流れ ていない。精々が掠り傷から滲んで垂れる程度だ。「不幸中の」という単語が付いていなければ、きっと諸手を上げて嬉しかった。
続きを言おうとしない彼を促す気も起きなくて、目を閉じて上げた顔も再び伏せる。
ザアザアと今もなお降る雨の音が明瞭に耳に届いた。雨。雨といえば。
・・・雨といえば。
「・・・ああ、私もわかった・・・」
「あ、そうですか?」
「・・・おお」
思い当たったと同時、やけに力の入らなくなった身体を諦めて、そのまま抵抗を止めた。
「早く、梅雨、終わんないかな」
「そうですねえ」
すうと落ちていく感覚の心地よさに口の端を無意識に持ち上げる。
頬を滑った一筋の水分は気にしないことにした。
こ、 紅雄さんの3万キリリク「珍しくドリ主に優しいピコさんとか、普通に穏やかなムードの二人、基本ギャグ」
「とか」という言葉を良い様に解釈して「普通に穏やかな〜」が抜けてる気がします
ていうか抜けてます
・・・・・・・・・ええっと。
お気に召さなければ気兼ねなく言って頂ければ、頑張って書き直しますので・・・!
うううううう、スイマセン。優しくないですねP氏
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