折角、本能を押さえ付けたのに







dizzy番外編
○分のの 好意〜たまには〜







 甘く濃厚な香りが空間を満たし、少々気持ち悪い程だった。窓を開け換気する。清涼な朝の空気が身体を撫でてキッチンに踊り入り、芳香を室外へと押し流 す。 ついでに暗赭色の服にこびり付いた香りも、パタパタと叩いて追い出した。
 ようやっとほっとして一息つく。指先に付いた茶色混じりの黒い塊に気付き舐め取ると、口の中に多少の苦味を残す甘味が広がった。

 「おい、何だ、この匂いは」
 苦々しい声に振り返る。
 標準男性より幾分か小さな男が───決して小人ではない───大きな態度で全身タイツに身を包み立っていた。男、ベジータは、声だけでなく顔も苦々し い。
 「何って・・・チョコですよ?」
 使った調理具を流しに入れ、は当たり前のように答えた。首を傾げる。
 この世界にチョコレートという食べ物がないのならともかくも・・・長い間この星に滞在している筈の目の前の宇宙人は、チョコも知らない程に世間知らずな の か?
 思った瞬間飛んできた手刀に手早く応戦した。持っていた包丁(チョコ付き)の背で薙ぐ。ガツンと重い手応えで、迫っていた手は退いた。
 「いい加減慣れっこですけど、普通の人だと普通に死ねて危ねぇので止めて下さい、とだけ言わせてね」
 「キサマが失礼なことを考えたような気がしたんでな。“普通の人間”とやらは恐らく考えないような表現で」
 普通だと思うけどなあ、という呟きはシカトされた。

 冷蔵庫を開けたベジータが、更に嫌そうな顔をする。大量に詰め込まれたチョコを目撃したのだろう。すぐに戸を閉めて、腰を屈めた姿勢のままにを振り 仰 いだ。
 「・・・何故、今、チョコなんぞ作ってやがるんだ」
 大きく開いたデコにまで皴を寄せられても困る。愚問だ。そりゃ、ちょこっと期限から過ぎてはいるんだけども。5日や6日だけじゃないか。
 「2月14日、バレンタインだったでしょ?だから、チョコを」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・ばれんたいん?」
 頭おかしいんじゃないのかコイツと言いたげな顔になられた。そんなにおかしなことを発言した覚えはない。
 ただ、バレンタインだったろう、と───。

 「・・・そういえば」
 深刻に瞳を閉じる。額に人差し指を当てて、頬に一筋の汗を流した。このクソ寒いのに。
 「せ、聖バレンタインさんという司祭さんが死亡した、という史実は、ない・・・です、よね」
 「オレが知る限りはないな」
 ぞんざいに返された言葉に、は心から頭を抱えた。握った蛇口が何故だか酷く憎い。今なら金属のそれでも捻り壊せる気さえした。
 多大な労力かけたのに。

 「間違えた・・・─────ッ!」

 甘い香りは、未だ消えることなく漂ったままだった。








 バレンタイン・デー。
 本来、聖バレンタイン(又は聖バレンティヌス)が禁じられていた兵士の結婚を執り行ったために逮捕され「処刑された日」である。それがいつの間にかこの 日 に恋人たちが贈り物やカードを交換、という日になり、やがて日本のとある製菓会社が「女性が男性にチョコレートを贈って愛を告白する日」として広め、今に 至っている。
 別にそんな事実は現代人にとってどうでもいいこと・・・なんだけど。
 そうだよねえ。世界丸ごと違うのに、バレンタインさんがあっちもこっちもいる筈ないよねえ。
 じゃあ諸聖人の祝日前後の怪しいアメリカの祭りは何だ、など些細なことはスルーしておくことにした。

 「・・・という失敗の果ての、単なる菓子が、これです」
 大皿───魔女がスープを作るような目茶目茶でっかい器───にデンと積まれた大量の黒い固体を指差し、は遠い目をして説明を終えた。
 広い広いリビングに、総勢9人が集っている。敢えて人を言うならば、ベジータ、ブルマ、チチ、ピッコロ、悟飯、デンデ、トランクス、悟天(多分ここまで 年 齢順)、そして
 チョコの見栄えは、自画自賛ではないけれどもかなり良い。一つ一つは3cm程の球状。苦心しただけの結果は外見にも表れていた。丁寧に模様を描き込まれ た それは、見た目だけならプロの仕事にも劣らない。
 時々似合わない位手ェ入れるよね、アンタ、と言った友人の顔が思い起こされて苦笑する。

 「うっわー!うっわー!」
 「すっげぇ、なあ、これ、食っていいのか!?」
 既に一つを手に取ってマジマジと見入る年少二人に頷く。返事が早いか行動が早いか。その球体を丸のまま口の中へ放り込んだ。暫しキョトンとして口をモゴ モ ゴさせていたが、無言のままにもう一度皿に手を伸ばし、チョコを口に運ぶ。
 コメントはないが、どうやらお気に召してくれたらしい。
 「あ、ブルマさんとチチさん、こっちにちっちゃいのもあるんで、どうぞ」
 一回り小さいサイズのチョコを差し出すと、チチは恐縮したように、ブルマは嬉々として受け取った。

 残りの人間(?)は、困惑したような表情で互いに顔を見合わせていた。
 「・・・何か?」
 大体考えていることは想像が付く。良くも悪くも、どっちもどっちで性格がわかってきている証拠だった。
 悟飯が苦笑う。視線はこちらへ移れども、意識はチョコを頬張ったまま喋らないトランクスと悟天に向けられている。
 「ええっと・・・さんが作ったものは怖いので、ちょっと様子見です」
 「もうちょいとこう、オブラートに包む言い方とか出来ないもんか?」
 「包んだつもりなんですけど。やぶれてました?」
 「八割方零れてると思うよ」
 いいけど。

 口を尖らし呟いて、は一旦キッチンに引っ込んだ。レンジに突っ込んであった二つのカップを手に取りすぐに戻る。僅かに立つ湯気が指先に温かかった。
 「はい、デンデ」
 低い位置にある緑の顔前にそれを突き出すと、戸惑ったように二本の触角が揺れる。
 そういえば何の為の器官だよこれ。思いをおくびにも出さずにこやかに押し付けた。
 「液体なら飲めるかな、と。駄目そうなら他にやっちゃうから残して良いよ?」
 言葉に、大食いのチビ共が図々しくも反応した。某げっ歯類の動物よろしく頬をチョコで満たしつつ、目を輝かせて大声を上げる。
 「いらないなら頂戴!」
 「あ、いえ、頂きます」
 伸びた小さな手を、彼は手を慌てて避けた。少々緊張した面持ちで(露骨な警戒が心にイタイ)カップに口を付ける。

 コクリ、と咽喉が鳴るのを見届けずに、今まで会話から完璧に外れていたピッコロがを見遣った。いつものことながら、胡散臭いものを見る目つきは止め て 頂きたい。
 「・・・何を入れたものだ?」
 「何って・・・カカオと砂糖と牛乳ですよ。つまりココア」
 「毒じゃねえだよ」
 ピッコロにカップを押し付けたところで、結構な量のチョコを腹に収めたチチが口を挟む。ニコニコと最高潮にご機嫌だ。続いてこちらも非常にご満悦な様子 で ブルマも割って入る。
 「あの子達も夢中だし、おいしいわよ〜。味もプロ並!」
 プロには流石に敵いません。言いかけた所に悟飯の言葉が被さった。

 「食べても死んだりしません?」
 「君らって、何食べたら死んでくれんの」
 すかさず返したに真剣に一瞬考えた。今後の参考にするから、と言うのを聞いているのかいないのか、首を思い切り傾げる。
 「・・・・・・ニコチンとか、トリクレンとか、クロロジフェニルアルシンとか」
 告げられたものは、全て毒物である。そこまでしないと死なんのか。小一時間正座させて問い詰めたくなった。
 「悪くなったカキとか毒抜き損ねた河豚とか、少なくとも“食べ物”と認知されてるモンは出てこんのか?」
 「え、そんなので死ねる人がいるんですか?」
 「おいこら学者志望」
 学校の成績がどうこうより、まずは常識を何とかした方が良いと思う。

 「あの、さん」
 下方に目を向けると、カップを大事そうに両手で包んだデンデが笑っていた。
 可愛いなあもう。
 「これ、すっごく美味しいです。ありがとうございます!」
 「いえいえ、どう致しまして」
 間違ってもデンデは嘘がつけるタイプではない。ニッコリと満面の笑顔を向けられて、も笑顔を返した。警戒の末の賛辞でも、褒められればやはり満更で も ない気分になる。

 まだ半分ほど残ったココアを吹き冷ましつつ飲む少年(確か性別はないのだけれども)を見て気が変わったのか、ベジータと悟飯が躊躇いを顕著に出しながら も チョコに手を伸ばした。
 既に大量にあったチョコの半分はお子様共の腹の中。どっちか鼻血噴いたりしねえかなあと微妙に期待する。
 警戒心の強い二人が口に甘い塊を放り込むのを見届ける。暫し咀嚼の間があった。
 「・・・あ、意外だけど普通に美味しい」
 「普通のチョコだな。意外だが」
 ・・・今更文句をいう気にもなれない。普段の行動が疑いの原因だと言うこともあって、自業自得だと己に言い聞かせた。
 「意外だ普通だと・・・嫌がらせ用のモノだったら、チチさんやブルマさんには勧めませんよ」
 「あ、そっか」
 呟きに、打って変わってヒョイヒョイと甘味を口に運ぶ悟飯が納得を示す。

 は女には優しい。大体の場合において紳士的かつ誠意に満ち溢れた対応を見せるのに、トランクスか誰かに「不公平だ」と文句を唱えられたことがあるく ら いだ。
 そのが、まさか毒入りだのロシアンチョコだのを女性に食べさせるわけがない。
 「チッ、それならそうと最初から言いやがれ」
 朝の芳香への嫌悪はどこへやら。こちらも顔を顰めながらもモリモリとチョコを頬張っている。顔を顰めるなら食うな。そう思うのはの心が捻じ曲がって い るからだろうか。








 山盛りあったチョコも、後僅かを残すのみである。争奪を始めた食い意地旺盛な人々を見て笑う。作った者としては嬉しい限りだ。
 しかしそこはそれ。笑みを消し、は呆れ顔で振り返った。
 「んんで、ピッコロさんは飲まないんですか?」
 カップを凝視したまま、飲むでもなく放り出すでもなく動かないナメック人の頭をぺしりと叩く。彼が座り自分が立っているから出来る芸当である。抗議を示 し て触角が一瞬だけ跳ねた。

 「・・・何故今回に限って、何もない」
 「たまには本来のニーズに乗っ取ってみようかと思って。バレンタイン=ラヴらしいんですよねー」
 「・・・・・・?」
 盛大に首を傾げられた。別に良いよわかんなくたって。溜息を吐きいいから飲めと促す。
 もう一度不安そうにじっと液体を見詰め、意を決したように漸くカップに口を付けた。
 武道に通ずる者独特の太い首。筋が動き咽喉がゴクリと鳴った。
 「普通、でしょう」
 「・・・まあまあだな」
 複雑な心情を瞳に表して唸る彼のカップに、もう半分は中身もない。ふん、といつものように鼻を鳴らした後、再び中身を呷る。
 「罠がないとなると気持ちが悪い・・・」
 「いつもいつも甘さの欠片もなくて、クレームついたらイヤなんで」
 甘いかどうかは別としてオチは付けないでおこう。そっと心で念じた思いを受け取ったのか、彼は不審を示しながらも皮肉げに微笑した。

 「もう少しありますけど、おかわりは?」
 空のカップを受け取り、はニッコリと笑った。
 「寄越せ」

 珍しく朗らかな空気の背後で、争奪戦の負け犬の悲痛な遠吠えが響き渡った。



大 変珍しくて自分でも不思議な、オチなし。イベント物
・・・いやええと、いつもオチてないよ☆って言ったらそれまでなんですが・・・
ピッチーさんとのリヴリー会話で生まれたブツですので、こんなんなってスイマセンが、捧ぎます
後日オチ版UP予定(結局落とすのかよ)



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