目を開けると映るのは、最後の記憶とは一転した硬質な天井。抜けるような青は残念ながら拝めなかった。
 酷くだるくとも状況把握に移ろうとするのは宝探し屋の性か。因果なものだ。鈍痛を訴える頭をあえて無視した。素早く視線の届く範囲に危険がないか確認。 緩慢に(情けなくもそれが精一杯の速度だった)身を起こそうとし、ふと、皴の寄った腕に注射針が刺さっているのに気付く。眉を顰めてもう一度周囲を見回せ ば。
 何のことはない。ここは自分の所属する組織、ロゼッタ協会支部の一室だった。
 「・・・助かったのか?」
 数瞬呆然と息をつめ、確認できた生に胸を撫で下ろす。やれやれ、と爺臭い溜息を吐いた。
 「砂漠で倒れた───まではわかるんじゃがな。そこからどうなったものか・・・。あの若造がどうにかしたというのなら」
 声を途切れさせる。独り言は年の証拠だよ、と悪態を吐いた『若造』を思い出したせいだ。眉間に皴を寄せて失敗を思い起こす。

 エジプトの遺跡の探索を終えたところで敵対組織であるレリックドーンに襲撃され、逃げ果せたものの期待したオアシスは見付からず。朦朧とする意識を手放 さないようにしながら、連れの若造と共に砂漠を渡り。若い分だろうか、自分よりは随分と消耗していなかった東洋人の連れは、いつしかお荷物となってしまっ た自分の手を引き、更には背に担ぐようにして、その体力を削っていった。長いハンターとしての経験から、置いて行け、と音になれず空気を震わせるに終わっ た、口にした言葉を覚えている。瞬間、壮絶な怒りをあらわにした連れの琥珀の瞳を、碌に物を映さなくなった筈の目に焼き付けて。

 暗転。
 「・・・奇跡、か」
 あの何もない場所で。それこそ砂と風しかなかった場所から共に助かったのなら、それは奇跡とも呼べる所業だろう。共に、助かったのなら。
 ふいに今考えられる最悪の事態を思い、血の気が引いた。
 「そうじゃ、あの若造は───」
 もしも自分だけが助かった、などという事態だったなら。
 顔色を変えて、全身のだるさと痛みを振り切る。腕の針を無造作に引き抜き床に落とした。チューブが跳ねて針が踊る。冷たい床に足をつけた、その時。
 ・・・心配がてんで無用なものだったのだと確信できる叫び声が響き渡った。







九龍妖魔学園紀Ylno irxxar
「だからどうして(いつもどうしようも)」







 ロゼッタ協会。公式サイトの解説によれば、「文明の遺産を探し出し、保護するべく、その探し手である《宝探し屋(トレジャーハンター)》たちの支援を目 的に出資して、設立した国際組織」である。また「ライセンスを受けた《宝探し屋》たちは専用端末(H.A.N.T)や物資、医療など《協会》による様々な 支援を受ける事ができる」ことから、ただ盗掘をするよりはリスクも少なく秘宝を拝めるとあって、好奇心の塊たちは挙ってこの組織に所属したがってい る・・・と、一部では噂されている。実際はその組織名を耳にすることも稀であり、認知度の低さゆえに挙ってというには数が足りない。
 宝探し屋。その胡散臭い名称を除き活動だけを見るならば、まあ、多分、そう大きく変わった組織でもない。と。
 (思ってたんだけどな)
 ベッド脇の机に腕を叩き付けた体勢のまま脳裏に情報を羅列する。長くなった黒髪が肩を滑り、景色を遮断した。琥珀の瞳を固く閉じて頭痛を抑えようと試み る。ついでに外部の音も遮断してくれると嬉しい。そう思った。

 声は無常に続ける。
 「中堅ハンター。戦闘能力A−、解析能力A+、協調性B−、言語能力B、瞬発力S、持続力C+、慎重さに欠ける。24歳、性別不明、───何か 不満かね?」
 「現在高度より高く不満です。何ですか、その、性別不明って・・・いやそれより私は」
 「資料にはそう書いてあるのだよ。ふむ、さっきの雄叫びといい、もう体調はそれなりに回復したようだ」
 「あの」
 「熱中症による水分及び塩類の喪失から起こる血液循環の傷害。頭痛はまだあるようだが、眩暈はないかね?倦怠は?痙攣、は、おや、腕が震えているな。も う少し横になっていた方が良いかも知れん。肩の傷は縫う程ではなかったようで何よりだ。お前さんのこの回復力なら、そうだな、あと3日もすれば塞がるだろ う。痕は残るかも知れんがね」
 「おっさん」
 淀みなく言葉を連ねる恰幅の良い医師の顎に、思わず掌底を打ち込みたくなる衝動が湧き上がる。わかっててわざとやってるんじゃないだろうか。某バスケッ トボールで有名な漫画の某教師に似たこの医師。弛んだ顎を、あの有名なワンシーンのようにタプタプと弾いて問い詰めたい。
 「そうじゃなくて。だから」

 頭が痛い。それは確かに熱中症のせいもあるだろう。しかし九割九分、今のこれは。
 顔を上げて至近距離から医師を見上げると、彼は「ふむ」と顎を擦った。たぷんと肉が揺れる。そしてまた、口を開いた。
 「ああ、混乱は大丈夫かね。これは何本に見える」
 手を開いて目の前に掲げる。近すぎて見えない。苛々と、その手をよく見もせずには答えた。
 「あんたが指を詰めてない限りは5本でしょうよ。それより」
 遮られる。
 「では、北海道に県はいくつある?」
 「ねえよ。だから、あのですね、依頼の」
 「ほほう引っかからんかね!では、トムが400円持って買い物に行きました。トムは駄菓子屋で大好きなよっちゃんイカを」
 「知るかーッ!何であんたそんなマニアックなんだっていうかトムだろ!?日本じゃねえだろ!ガムでいいじゃねえか───じゃない、ちょっと、いい加減髭 毟るぞコラ安西先生よ」

 しつこく続けられる混乱確認・・・という皮を被る気もないお遊びに、大きく顔を引き攣らせて叫んだ。残念そうに眉を落とす医師が憎い。渋々と口を閉ざす 前に、ぽつりと呟かれた、ケチ、という言葉に頭を抱える。安西、が誰とも聞きやしねえ。
 良いのかロゼッタ協会。こんな医師抱えてて本当に良いのか。というか自分はこんな人間が命を握っている組織に所属していて未来に希望が持てるのか?
 どうしようもない不安を感じて、背後のベッドに座り込んだ。目が覚めた時には既に建物の内部だったためどこの国にある支部なのかはわからないが、この病 室は意外と快適だ。この医師と、すでに去った嫌味たらしい看護婦さえいなければ。

 (人間と話がしたい)
 切実な願いだった。話の通じる人間と。自分を落ち着かせるためという名目の下、現実から逃避するように手元の端末を開く。電子音の混じる女性の声が起動 を知らせた。メールの欄を一瞥して顔を顰め、先程まで潜っていた遺跡の情報を表示しようと───。
 『ハンターの生体反応を確認。接近してきます』
 「───ん?」
 突然の報告に端末を操る指を止めた。ハンター。そりゃ、ロゼッタの建物内なのだからいるだろう、と不思議に思う。一々報告されるようなことでは。
 「・・・ああ」
 ない、と結論付ける前に思い出した。同伴するハンターを、そういえば登録していたような気がする。再動した指先と共に連続する電子音。開いたページに映 る個人情報を見て、は顰めていた顔を綻ばせた。

 そして戸の開く音。
 「どうしたんじゃ、。けたたましいのう。獣の声かと思ったわい」
 「サラーさんおはよう。老体にも良い目覚まし時計になったみたいじゃない」
 誤魔化すようにへらりと笑い振り返る。サラーと呼ばれた老人は呆れを大いに滲ませて、それでも皴の刻まれた顔面に、ゆったりと苦笑を浮かべた。








 「。24歳。両親の画策により男として戸籍に登録される。つまり本当は女。間もなく両親と死別。兄と二人で暮らしていたが、親類である緋勇家に 引き取られると同時、兄が行方不明に。以後、緋勇龍麻を兄とする」
 捻くれた再開と挨拶。互いに無事を確認した和やかな場面が崩れたのは、やはりと言うかなんと言うか。突然に、医師が手元の資料を読み上げだしたせいだっ た。
 「・・・ちょっと」
 「高校3年時、東京都新宿区の東京都立真神学園高等学校に転校。この時、他校にいた緋勇龍麻も同じく真神に転校している。3−C所属。蓬莱寺京一、葵美 里、桜井小蒔、醍醐雄矢らと共に、奇怪な事件に度々遭遇している」
 淡々と読み進める医師に、は嫌悪すら覚えた。宝探し屋になってから、情報には過敏になった。自分の情報を垂れ流されるのはそれでなくとも面白くな い。サラーが興味深そうに聞き入っているところ悪いが、さっさと止めさせようと足を踏み出した。

 チラリ、と医師の視線がを捉える。
 「6年前の、1年に渡る怪異に、関わっていたそうだね」
 探る視線に、始めたばかりの歩を止めた。
 「淀気、瘴気。まるで因果の濃い遺跡の内部のような空気が蔓延していたそうじゃないかね。体調を悪くする者が続出する中で、お前さんと、緋勇龍麻、他数 名が寛永寺に武装して乗り込んだ。調査員はその後に続けなかったらしい。まるで結界でも張ってあるようだった、と記録してあるよ。そして数十分後。天まで 届くような光の柱が上がり・・・瘴気は綺麗に消えた。昇る黄金の光。まるで龍のようだったという報告もある」
 「ほう」
 「真神卒業後、拳武館高校の館長、鳴瀧冬吾の手回しによって戸籍の書き換えが行われ、男としてのから、女に。周囲への対策として暫く日本を離れ ると親しい人間にだけ通達し、行方知れずに。そして3年前、ロゼッタ協会の宝探し屋となった」

 「・・・それで」
 憮然として尋ねる。そこまで知られているとは思わなかった。いや・・・知られていてもおかしくはなかったかもしれない。考えてみれば。怪異は確かに何度 もあったのだ。ジャーナリストが嗅ぎ付けていたのだから、秘宝を求める組織が調べていない方がおかしいだろう。
 「それで、なんですか」
 「ふむ」
 口癖なのか。数度目の意味のない声を漏らし、口元の髭を撫で付ける。
 しばしの身に痛い沈黙。背中がムズムズとした。顕著に睨み付けられた医師は、やはり結論を急くこともなく、威圧されるでもなくを見返し。

 小首を傾げた。
 「男としてここまでやっているんだから、次も別に構わんじゃないか」
 平然と言った。
 「あ」
 痙攣する肺。瞬時、頭が真っ白になった。痙攣したのは肺だけではない。手も、こめかみも、口元も。
 「───あほかああああああああああああああああああああああッ!」
 肺から空気を搾り出して、先程を凌ぐ絶叫。ここまで大きな声を上げたのはいつぶりだろう。喉が裂けるかと錯覚する痛みを覚えても、思考のどこかは冷静 だった。
 「そこまで振って、そこまで煽って、あんたは最終、陳腐しかないのか!?外すのもいい加減にしとかねえと眼鏡割るぞ安西―ッ!俺はな」
 「『俺』。ほれ、そのまま行けるだろう。きっと大丈夫だ」
 18年の男としての生。因果は深い。同じような言動の繰り返しに内心血の涙が流れた。
 実力云々じゃないのか。経験がどうのじゃないのか普通は。よっちゃんイカに突っ込んで、壮大な前フリの末のボケに突っ込んで。自分は突っ込み専門じゃな い。ボケの方が気楽で好きなんだ。むしろボケっぱなしが好きだボケ合戦が好きだ。

 息切れを起こして肩を大きく上下させる。困った子供を見るような医師の目。潰してやりたい。拳を硬く握り、指を二本だけ立てた。
 「こりゃ、!」
 「止めてくれるなサラーさん。こいつは、こいつだけは!」
 背後から痩身が全力で腕を押さえてくる。確かな殺気を溢れさせて暴れるを───あろうことか、医師は茶を啜りながらのほほんと眺めていた。
 一段と色濃くなった殺意にサラーの身体が震える。戦いの中手に入れた「殺気」は、最早にとっては技術の一つだった。場合によってはそれだけで敵を退 かせられる。威圧、とも言われるだろうか。それより格段に鋭いそれは、心臓の弱い人間ならあっさり気絶できるだろう。

 サラーが大惨事を予見して叫んだ。
 「そもそも、どんな依頼なんじゃ!男装して、遺跡に潜るのか!?」
 途端。
 ピタリ、とが止まる。おや、とサラーは力を抜いた。不意をつこう、と、そういった気配はなかった。ただ、油のきれたブリキ人形のように、錆付いて止 まった。
 ぎぎ、と首を捻る。背後のサラーを情けない顔で見詰めた。眉を垂れて肩を落とす様子は、つい先刻の激昂具合からは予期できないような子供っぽさ。
 それがね、と語った内容は、まるで笑い話のような響きを持ってサラーの鼓膜を震わせた。








 『受信日:2004年9月9日
 送信者:ロゼッタ協会
 件 名:探索要請』

 「そりゃ、多少ふくよかな男並みの乳しかないよ。肉があんまないから、男体型さ、認めるさ。どうせ6年前も1年間、さっぱりばれなかったよ」

 『日本にて、超古代文明にまつわる遺跡の存在を確認。場所は、東京都新宿区に所在する全寮制『天香学園高等学校』の敷地内』

 「でもだからってさあ、別に、教師としてで良いと、思うんだよね、私はさ。教職免許は持ってないよ。どうとでもできるさ、そのくらいのことなら」

 『本メールを受信した担当ハンターは準備が整い次第、現場に急行せよ』

 「・・・24だよ。24なんだ。18と6歳も違うの。そんな私は顔も含めて大人っぽくないけど、6歳って大きいんだよ。喋れなかった赤子が、天上天下唯 我独尊とか、喋っちゃうさ。そんくらい違うの」

 『尚、今件の関連資料は自動的にこのH.A.N.Tに送信される』

 「・・・・・・男としてなら大丈夫だろとか、それって随分大雑把過ぎない?」

 『《ロゼッタ協会》遺跡統括情報局』


 結局のところ。
 には拒否権などありはしないのだと、実は薄々気付いていた。
 ただ認めたくなかっただけのことで───。





 魔人の続編扱いのくせに、肝心の魔人のノベライズを載せてない矛盾
 ・・・魔人わかんなくても読める程度な感じで進めて行きたいものです(ひとごと
 まずは魔人設定説明話。



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