「ん?」
 届いた注文データは初めて見る顧客からだった。モノがモノなだけに、新規の顧客がつくことはそうそうない。
 マウスを動かして詳細を表示する。

 『コードネーム《irxxar》
  ロゼッタ協会所属ハンタ− ID−0999』

 「───おや」
 画面に示されたいくらかの情報。不審な点はないかをざっと目を通して確認する内、ふと。
 「これは見覚えのある羅列だな」
 情報の最後に記されたメールアドレスに目を奪われた。
 「・・・黙っているとは、また、あの子らしい・・・」
 自分にしては珍しくも意気揚々と立ち上がって、自らの手で箱詰めを開始する。投げナイフ、爆薬、弾薬、暗視スコープの新規バッテリー。さっさと詰め込ん で 『あちら』に向かいたいが、商売人として、厳重に梱包する手間を省くことは罷りならない。クッションを幾重にも敷いて隙間を埋めた。
 「さて」
 上着を羽織り帽子を被る。重いダンボールを小脇に抱えて。
 次の瞬間、煙のようにその空間から立ち消えた。







九龍妖魔学園紀Ylno irxxar閑話
第一関門。







 指先を滑らせる。硬質に爪が当たって音を立てた。H.A.N.Tの画面が切り替わるたび、疲れた目に蛍光色が沁みる。
 「えーっと・・・あとは、弾薬10箱くらい買っとくかなー」
 ミュート設定の端末は、いつもの無機質な声を返さない。
 日本での物資補給はこのサイトで、と教えられた場所へアクセスしたのは初めてだった。名を、JADEショップ。それなりに洗練されたデザインで、小ざっ ぱ りと見やすく纏められている。
 ぱち、とキーを押し込んで注文を確定。配達日が書いていないのも、そもそもここに届け物ができるのかという点も気にはなったが、まあ、ロゼッタ御用達の よ うなので安心してもいいだろう・・・と思いたい。
 時々ロゼッタは信用ならないから。
 大きく伸びて欠伸をする。羽織ったままのアサルトベストを脱ぎ捨て、床に適当に投げ捨てた。皆守が見たら確実にハンガーを活用しろと叱られるだろう。眠 気 の回った頭でそう考えて笑って。
 「亀急便でーす」
 止まった。

 「・・・へ?」
 男の声がした。扉の方を繁々と見詰める。かといってあちら側を見通せる訳はない。
 困惑。首を巡らせると、目に留まるのは画面を表示したままの端末。あれー、俺、今注文したばっかだよね。うん、そう。そうそう。そうですね。心の小人さ ん と確認し合うが記憶は確か。
 そして何だか知った声?
 「お留守ですかー。お届けモノでーす」
 「え、あ、はいはーい。はいってまーす」
 条件反射で答えてドアノブに手を掛ける。右手で握って、左手で開錠。きい、と古びた声で鳴くドアのその向こうで。
 緑色の帽子、緑色のジャケット。しかし何故だかその下には忍者装束を着込んだ男が立っていた。愛想の良い声から180度転回済みの、美貌に浮かぶ凍り付 い た笑顔。揃えられた長めの黒い髪がサラリと揺れる。細まった切れ長の瞳には、殺気すら滲み。

 は何事もなかったかのように扉を閉めた。
 「・・・さて、甲ちゃんの部屋からパクったレトルトカレーでもあっためて食べるかね」
 「レトルト?君はそんな身体に悪い食生活をしているのか。ここに偶然肉じゃががあるから、さあ、これを食べるといい」
 「あ、うん、ありがと、おかーさ───じゃねえよ!」
 渡されたタッパを思わず投げ付けて飛び退る。唐突に耳元でかまされた母親的説教にガタガタと震えた。見事にタッパをキャッチした忍者は荷物を繊細な動作 で 床に積むと、当然のように上着と帽子を脱いで、微笑む。
 「なんでいるんだ!」
 「忍者だからかな」
 食べ物を粗末にするな、と言われてつい頷いてしまうのは、既に習性と成り果てていた。

 おかあさん。彼、如月翡翠のポジションはにとってそんな位置だ。怪我をすれば甲斐甲斐しく治療を施し、家事が面倒だと少しだけ投げ出せば、家まで出 張 して飯を作ってくれる。特に投げ出しがちだった掃除の類では、よくお世話になったもの。
 「じゃなくて、なんで亀さん───はッ!?」
 「亀さんとか呼ばないでくれたまえ」
 端末を振り返る。閃いた。
 JADEショップ。翡翠、ひすいだ。ひすいしょっぷ。
 何だ人名じゃないか。山田ホーム、とか、そういう類だよね。そりゃ、如月さんちの翡翠くんが来ても全然おかしく───。
 「おかしいわ───ッ!」
 渾身の力を込めて壁を殴り付けた。我ながら見事なるノリツッコミ。ビリビリと震動が部屋中に広がる。
 「亀さん、なにハイテク機器使いこなしてんの!?そういうキャラじゃねえだろ!いまどき黒電話しつこく使用してて、は?留守電?なにそれおいしい?と か、 そういうのが亀さんだろッ!」
 「どこの頭の弱い子だそれは。う、ウチだってそれなりに世情の波に乗りたいものさ!人に手伝って貰っているんだからケチを付けないでくれ!」
 「ああ、まあ、亀さんには使いこなせないよね。良かった」
 胸を撫で下ろすと同時、隣から殴り付け音が響いた。皆守だ。ちょっと煩かったかもしれない。ゴマ粒程度に反省して、文明人否定にギリギリと悔しがる如月 に 向き直る。

 床に散乱した物騒な品々を退かして───足で散らすような怠慢をしない辺りが『おかあさん』たる由縁です───彼は腰に手を当ててに言った。
 「ちょっとそこ座んなさい」
 「・・・はい」
 大人しく座り込むと厳しい視線が飛んだ。
 「正座ッ!」
 「は、はい」
 すぐさま姿勢を正したに一つ、彼は満足そうに頷く。仁王立つ如月を上目で見上げると、怒りを滲ませてこちらを見下ろす目と合致した。
 前より少し背が伸びたかもしれない。少なくとも顔は大人っぽくなった。5年間も会っていなかったことを思えば、多少の変化は当たり前で・・・連絡途絶で そ れだけ失踪してれば、怒るのも当然かもね。
 長い説教を思って情けなく笑う。如月は長く息を吐いた。

 「
 「うぃ」
 「返事は、はい」
 「はい」
 高みからの声に萎縮。首を竦めるに突き刺さるのは、怒りの母親、心配との綯い交ぜになった複雑な視線だった。
 「5年間も連絡が途絶えて、心配しなかった仲間がいると思うかい」
 「ごめんなさい」
 「どこにいたんだ。何をしてた」
 「色々、中国とかアメリカとかエジプトとかその他行って、ロゼッタお仕事の遺跡巡り十数件」
 告白に正直驚いたようで。一瞬後には呆れに細まった目を、気まずい思いで見守る。
 「どうして連絡しなかった?」
 「・・・甘えるから」
 小さな嘆息を捉えて目を上げると、やはりベッドに腰掛けることもせずに立ち続ける姿。オドオドとしたの様子に少なからず毒気を抜かれたらしく、吊り 上 がった眦を和ませて、如月はその手をの頭に置いた。

 「・・・ごめ」
 他の人間ならこんなにも素直にはならないだろうが、そこはさすがに、おかあさん。怒りを持続できずに甘くなる傾向に、はどうしても強行を続けられな い。
 ───計算ずくだったらもう一生誰も信用しないけど。
 「二度としないね」
 「善処します」
 「・・・まあ、政治家の3倍以上の確率で善処できると約束するなら許してあげよう」
 「大体頑張ります」
 「素直に頑張れないのか、君は」
 「うん」
 持続して素直に頷くと、頭に置かれた手に力が篭った。万力のごとく問答無用で締め付けられる頭蓋。なんだっけなんて技だっけコレ。少なくとも忍者が使用 し て納得できる技ではなかったことは確かな力技。
 「あーいだだだだだだだッ!?」
 「まずは空気を読む訓練が必要だな、この馬鹿娘は。・・・それと」
 骨が軋み砕けるかと思われた直後、攻撃は突如方向を変えた。
 「この部屋は何とかならないのか!?散らかす前にひとつずつきちんと片付けろとあれ程言ったじゃないかッ!少なくとも、ダイナマイトの類まで床に放置す る ように躾けた覚えはない!」

 示された部屋は、改めて見ると確かに惨状だった。
 かしこに放置された爆薬。ダンボールに入りきらなかった武具が隙間に埋もれ、暇潰しのための、過去に取り寄せた遺跡に関する資料が棚に収まらずベッド脇 に 詰まれている。
 宝探し屋であることを隠す気などは毛頭見受けられない。
 「・・・そういうこともあるよね」
 「ないようにしろと言っているんだ僕は!ホラ、立ちなさい、片付けるよッ!」
 言って、忍者装束の、事情を知らない第三者が見ればただ単にコスプレ好きな男としか見えない彼は、どこからともなくハタキを取り出した。更に装備される 口 布。おかあさんは綺麗好きだった。
 「ええー!俺、疲れてるんだけど!今、遺跡降りて帰って来たばっかよ!?」
 「どうせ遊び半分で意気揚々と行ったんだろう、そういうのを自業自得と言うんだ!」
 「やーだーあー!」

 ───ズダン。

 襟首を引っ張られて抵抗するの耳に、もう一度届く壁への深刻な打撃音。AM2時。ああ、そういえばちょっと煩かったかもしれない。
 雪の結晶ほどに儚い反省をして数秒の沈黙。声のトーンを僅かに落とす。
 「ていうか俺まだ引っ越して来て3日目よ?片付いてなくて当然じゃない」
 「そう言って、どうせ日に日に汚くなるんだろう。今更そんな詭弁には騙されないよ」
 「そんな、おかーさん!俺を信じてくれな───」

 ゴゴン。3度響く家鳴り。素早く高まるボルテージを感じ取られたことにしばしの沈黙を返して。

 「信じられる要素があると思ってるのかこの馬鹿娘!いいから片付けるよッ!」
 「おかーさんのいけず!俺のことなんか放っておいて、招き猫磨きに精出してればいいじゃないかーッ!」

 続行。今度は注意は聞こえなかった。母子の攻防の内、不審に思って隣の気配を探る。口喧嘩への気がそぞろになったのを感じたのか如月が口を閉じ、自然、 神 楽も静寂を形成した。
 ───気配がない。元々皆守は感知し難い気配の持ち主とは言え、本気で探ってもわからないなどということは、にとってはまずあり得ないことの訳で。
 「あ」
 伸ばした触手、ふいにその気配を捉えて青褪めた。
 「何だ?」
 「え、あ、ひ、ヒスイちゃん、ちょ、ちょっと、悪いけど今すぐ帰ってくれるかなあッ?」
 わたわたと、狼狽した様子に如月の顔が歪む。
 「断る」
 「いやホントに頼むからええとすぐさま今すぐ音速で亀さんならできるよきっと大丈夫だからむしろ亜光速で帰って下さい後生だから・・・!」
 「理由を言いなさい!」
 「だから───!」
 真剣に涙目になって言を連ねるのは久しぶりで。
 取り敢えず八千穂に渡す約束をしていた携帯電話の番号とメールアドレスのメモを押し付けて、必死に願うのも、やはり久しぶりだった。

 だって昔の仲間以外で、の勝てない相手なんてまずいない。 








 無言のまま、乱暴に鍵の開いたドアを押し開く。目に映ったのは、荒れた部屋の中、息を切らし一人窓に向かって土下座する転校生の姿だった。
 重々しく口を開く。
 「・・・一人か」
 「今お帰りになられました」
 一仕事やりおえた後のような、危機は去ったと言わんばかりの安心しきった口調でほざきやがる。ふー、と長く息を吐くに、皆守はとっさに銜えてきたア ロ マをギリリと噛み締めた。

 「そうか。もう遅いからな───ときにお前、今何時だと思う」
 「今からおふとんに潜り込むような時間かなあ」
 「そうかそうか。宝探し屋は夜行性か」
 窓が開いている。吹き込んだ涼しい風が、詰まれた書類らしきものを絡め取って舞わせた。
 「連れ戻して来い。一緒に説教してやる」
 「そんな、俺の努力を無駄にするような我侭を!とりあえずアイツとモリが鉢合わせるのは俺的にすっごくまずい」

 沈黙。真剣な空気で顔を上げたが振り返るのに目を細める。
 足元を、風に煽られた爆薬がコロコロと転がった。
 「何した」
 「別になにも」
 ふい、と視線を逸らすの頭をわし掴む。
 「いいから、何した」
 力を込めると首の力のみで抵抗された。頭部を蹂躙する皆守の手を外そうと両手が腕を押すが、力が足りない。意外に非力だった。

 「なんにもだってば。してないし俺のせいじゃないし。してないし。内緒ごと」
 「してなきゃ誰のせいにもならんだろうが。内緒ごとってなんだ。いいから吐け」
 「だから、モリアーティ!」
 「誰が教授だッ!」
 「オッス、オラホームズ!もし僕が希代の名探偵でも友達でいてくれますか?」
 「ネタを混ぜるなーッ!」
 突っ込むのもアホらしいが暴走に身を委ねることは何とも嫌だった。やり取りに最早溜息も出ない。
 頭から手を外し、胸倉を掴む。焦ったような声がしたがシカトした。

 「とりあえず」
 息が触れるほどの間近で響いた重低音。据わった目。歪む口元。火の点いたアロマパイプを目元に突きつけられて、さすがのも神妙に軽口を閉じる。
 殺気立った皆守に、男は眉尻を下げて。

 「───何人たりとも俺の眠りを妨げる奴は許さん───ッ!」
 「ミナモリ意外と漫画ネタ知ってんのね・・・!?」

 押し付けられそうになった火種を、必死の形相で遠ざけようと身を反らせた。

 移火するまであと10秒。





 やっぱり亀さんは出しておかないと。
 一々不審な転校生にかまってあげる皆守も、立派なおかあさん2号です
 さあ、母の座を二人して奪い合うといい


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