珍しくが遺跡に潜りにも行かないで部屋で大人しく死んでいる。そもそも学校すら休んだ転校生の部屋を何の気なしに訪れた皆守は、その不可解な偶然に 目を瞠って、そのまま居座ることにした。







九龍妖魔学園紀Ylno irxxar閑話
だらけてたもれ







 「のど渇いたな。おい、これ貰うぞ」
 「化人の血?」
 「ペットボトルに入れんな」
 「勝手に間違っといて捨てんな」

 ベッドに気だるそうに転がる様は普段の自分のようで興味深かった。
 あー、だの、うー、だの呻きながら、時折思い出したように端末に手を伸ばす。ぽちぽちとキーを押し、気紛れに止まり、また動き、止める。目を眇めて端末 を放り出し、横たえた身体を丸めて欠伸を漏らす。

 「・・・猫」
 「可愛いよね、猫」
 うっかり零れた呟きに、聞いてもいない感想を一言述べて目を瞑った。頬を枕に擦り付けて睡眠体制。
 「客が来てんのに寝るなよ」
 顔を顰めて寝転がった頭を手で押し潰してやった。ぎゅう、と妙な呻き声が手の平の下から響く。
 指の隙間から垣間見える琥珀が、不機嫌そうにこちらを見ていた。
 「ミナモリいつも寝るじゃん。そんなんずるい。俺も寝たい」
 「俺はいいんだよ。お前は駄目だ」
 「なにその理不尽。今度からミナモリ寝たら、頭に鍋被せてお玉でガンガン叩いてやる」
 低くのどを鳴らして手を退けようと身を捩る。頭からずれた手を一旦外し、再び追いかけた。同じところを同じように掴む。

 「・・・暇なの?」
 2、3度繰り返して、はようやく諦めたらしい。ゴソゴソと体勢を変えてだらしない格好に落ち着いた。涙ぐましい努力の健闘賞として頭を締める手は外 してやる。
 「お前もだろ。珍しいじゃないか」
 言った途端に目が泳いだ。苦虫を噛み潰したような表情が、夕日に照らされて赤く染まる。
 「今日は日曜日。毎日日曜」
 「今日は月曜だ」
 「やだやだそんなん認めない。今更学校行きたくないし」
 「登校拒否児かお前は」
 「ミナモリも似たようなもんだって自覚を持とうよ」
 大人のような顔を見せたと思えば、途端に悪ガキのごとく理不尽な我侭を振り回す転校生の言動はさっぱり読めない。

 脈絡がなく突飛。そのくせ突っ込みどころがありすぎて、無視しようにも忍耐を消費するので放置不能。更に畳み掛けるようにポンポンと発言が飛ぶので、会 話を打ち切ることも至難の業で。
 なんともタチの悪いこの男に何と返してやろうかと頭が回る。見上げる視線にむっとした顔を見せれば、ヘラリと締りのない表情が返った。毒気を殺がれて息 を吐く。ポケットからアロマパイプを取り出して銜えると───ふいに伸びてきた手が抵抗する間もなくそれを攫った。
 「・・・おい、返せ」
 「にゃー」
 一声鳴いて口に銜える。当然のようにポケットに手を突っ込まれて、皆守から火までも奪う。
 「ん、猫って俺?」
 今更微かに目を瞠って上体を起こした。あからさまに呆れるこちらの表情から目を逸らしつつ、慣れない手つきで火を移す。続いて香る甘い空気。奪い返して 銜えると、不満げに睨まれた。

 「そんなに可愛いもんじゃないんだけどな。そうそう、猫といえば」
 寝台に逆戻りしながら話し始めるそのときには、既に数瞬前の不機嫌は残らない。瞳が蛍光灯の光を弾いて皆守を見返した。

 「猫の鳴き声と赤ん坊の泣き声って似てるじゃん」
 唐突な話題転換に慣れ始めた自分を哀れみながら曖昧に頷く。相槌が返ったことに満足したのか、にっこりと、年齢にそぐわない童のような表情を浮かべた。
 ラベンダーの香りを吸い込みながら先を促す。
 「あれってさ、愛されなかった赤ん坊が泣きつかれて死んじゃって」
 そのままの顔、軽い口調で紡がれた言葉にぎょっとした。思わず腰を浮かせた皆守に構わずが続ける。
 「今度は愛されるようにって生まれ変わったのが小さくて可愛い猫の姿で」
 そこはしんみりと話すところではないのか。瞳を伏せて、些か寂しそうに。悲しみを前面に出すべき話題ではないのか。
 眉を寄せ口を開けて硬直した皆守の口元からパイプが零れ落ちそうになった。予想していたようにつつがなくはそれを手中に収める。
 「あの鳴き声は赤ん坊だった前世の名残なんだよ───っていう話を、聞いたことない?」
 「・・・ないな」
 呆然としたまま、それでも何とか一言だけ搾り出す。見上げてくる瞳がチェシャ猫のように細まり、唇は三日月を刷いた。

 だからなんだ、という突っ込みの一言が咽喉の奥でつかえる。この転校生は時折、どうしようもなくこちらの本質を突いてくることがある。偶然なのか故意な のかは未だ読めないが、しかしそれは皆守にとって酷く危険な領域に立ち入られることだった。さらりと核心に触っては海月みたいにふらりと離れる。数度繰り 返されて、それでも皆守はを突き放しきれなかった。
 何かのよくある教訓話だろうか。だとしたら何が言いたい。俺に何を、俺に何を。ぎくりと強張った身体を見咎められやしないかと、無意識に乾いた唇を舐め た。
 そっと手に触れる温もり。

 「嘘みたいだけど本当に作り話。あー、誰か語り継いでくれないかなあこれ。我ながらちょっと感動のお話じゃない」
 「お、ま、え、の、創作か───・・・!」
 「あいたたたたたたたた!?」

 からりと述べた無邪気な言葉に、思い切り取られた手を握り締めた。痛みに飛び起きて引き剥がそうとするに容赦などしない。ゴリゴリと骨をずらして苦 痛を与える。
 「いきなり何この理不尽な怒り!ちょ、イタ、ま」
 「シリアスな話かと思って身構えただろうが!俺のちょっとした緊張を思い知れ!」
 「さっきまで馬鹿話してたのに、いきなりそんなシリアス展開になるもんか!勝手に緊張しといて人に当たるなよ!」
 口答えは許さない。一割り増しで力を込めると、は声なき声を上げてのた打ち回った。

 皆守が火のついたアロマパイプに青褪めて手を放すまで、じゃれ合いは続いて。 




 コミュニケーションは大事です
 いきなり小難しいこと言われると、何か文句でもあんのかと思っちゃうのは私だけですか
 話題なんてのは思い付いたことが勝手になればいいんです


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