凶ツ刻



 背後で響いた音に、神楽は大きく前方へとダイブした。
 ドン、と闇夜に響く破壊音。ああまたか。猫の様と仲間に評された身のこなしで着地して、苦々しく息を吐く。
 振り返れば地面には一つのクレーターが。そのすぐ傍に邪魔くさい巨躯が。忌々しくもどっかりと、余裕以外の何ものでもない表情を浮かべて立っていた。仲 間が「鬼」と呼ぶ者たちの一種だ。

 (早く片付けないとなあ)
 今の轟音で警察が来る前に。達成出来なかった場合の苦労を考えて舌打ちする。事情説明と言い訳と、保護者の呼び出しなんかもあったりするのだろうか。だ としたら恐ろしい。龍麻の黒い笑顔を脳裏に描き、頭を振った。冗談じゃないよ。
 鉄拳を食らわないためにも。
 「速攻、あるのみッ」
 護身用の小刀を逆手に、颯爽とスタートダッシュをきった。



 「がああッ!」
 豪腕による大振りの一撃を余裕でかわす。ズガン。公共の場、更に一つのクレーターが形成される音がしたが、そこは自分の命に代わって被害を甘んじてもら おう。
 続く第二撃もやはりというか隙だらけ。常人の腰周りの二倍はあるぶっとい腕に両手をつき反動で高く跳ぶと、あっさりガードのガの字もない顔面(でかい) に辿り着いた。岩場とも見紛う厳つい肩に脚を絡ませ自らの上体を固定し、巨大な手が、右左共に地を抉っているのを確かめる。
 小刀がヒュンと鋭く風を切った。皮膚は何だか非常に硬かったので、大体の生物の弱点である顔面へ───と。

 「う、あッ!?」
 手に獲物を捉える感触。やったと思った次の瞬間、俺の身体はコンクリ壁におもいきり叩きつけられた。脆弱な人間の身体パーツがミシリと悲鳴を上げる。肺 から全ての酸素が強制的に排出され、強烈な頭痛を引き起こした。
 全身に走る痛み。何とか耐えて「鬼」を見上げると、その背に歪な「何か」が蠢いている。触手、とでも言っておこうか。兎に角あれで神楽を投げ飛ばしたの であろうことは想像がついた。
 (あばらがイった、腕・・・は、左が動かない。・・・足は)
 ───大丈夫!
 留まりたがる身体に「死ぬよりマシだ」と鞭打って横に跳ぶ。三つめ、このボコボコのアスファルトは何時修理されるのだろう。穴が開いた。

 小刀は鬼の目に刺さったまま。爪甲はない。武器が何もない。『力』を持たない神楽では、もうこいつを倒すことは出来そうにない。
 (逃げるか・・・でもなあ)
 例えば警察が来て、この鬼と遭遇したら。きっとなす術もなく殺されることだろう。それは些か夢見によろしくない気がする。
 しかし現実問題、どうしようもないのだ。気付けばそろそろ身体も限界。損傷の少ない足にまでガタがきては、やられるのも時間の問題で───。

 「・・・・・・お?」
 四撃目を待ち受けたところで神楽の思考はふいに途切れた。グラリと眼前の巨体が傾いたのだ。
 「わ、た、たッ」
 危機一髪、脇に避けて向こう側に目を遣れば、見慣れた姿が立っている。呆れた顔を隠そうともせず、黒い「仕事服」の裾をはためかせた・・・壬生紅葉。 シュウシュウと煙を上げて消え逝く巨躯に目もくれないのは、完全に沈黙させたという自信からか、再び襲い掛かってきても楽勝で返り討ち、という自信から か。



 
 「・・・何をやってるんだい?お馬鹿な神楽」
 「うわ、うっせェ。好きで血ィ流してんじゃないやい」
 見下しまくる視線をさりげなく避ける。労いも心配もしないのは、ただ単にこいつの性格が悪いせいだ。
 頭から血が流れて目に入る。呆とするのはそのせいだったのかと適当に拭うと、綺麗に畳まれた(糊付け、アイロンも勿論ばっちり)ハンカチが投げて寄越さ れた。

 「・・・ありがと」
 「はいはい。さっさとずらかるよ、警察が来そうだ」
 「げ、マジ?」
 身体は痛む。しかし後は退却だけ、それが終われば気を失ったって構わないのだから、楽なものである。


 
 戦いによる確かな高揚感を闇の中へ引き摺りつつ、神楽は壬生共に駆け出した。
 人外との戦いはまだ、終わらない───。



 戦闘シーンが書きたくて
 考えてみれば描写がこんだけ長い(私にしては)のは初だなあ
 最後の手抜きが見え見えでゴメンナサイ

 (日記より)



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