二月十四日。
 言わずもがな乙女達の大戦争の日である。



東京魔人学園剣風帖
親友の愛・塊の怪



  「く 〜ん、これあげる!」
 「サンキュ!」
 廊下を歩けば餌をくれる女子高生一団に笑顔を向けて、朝から巨大に変貌した元・薄っぺらい荷物を俺は抱え直した。
 廊下の香りが甘いなんて問題じゃなかろうか。そこらじゅうで交わされる甘い雰囲気と言葉、そして素晴らしきは、大半はいつか裏切りと欺瞞にて破局を迎え るであろうチョコのための新しいカップルの誕生(嫌な事言うな)。
 俺はロハでチョコを貰えるという特典もあって、この日は結構好きだ。大抵機嫌が良いから人の幸福が憎いでもないし。こんな時は、男装しているという事実 に感謝すら出来る。
 今日はそう、二月十四日、バレンタイン。
 聖バレンタインが結婚禁止をうっちゃって愛の橋渡しをした罪で殺された日。
 今頃は経営ウハウハであろう、お菓子会社の陰謀の日。
 こんな素敵な日だけれど。



 ・・・真神学園は何でか菓子の持込み禁止です。




 仮の名を、山田和夫(58)としておこう。
 頭部で生涯を終えようとしている髪の毛と、逆に異常に誇張された見事なつながり眉毛(太)がメインに自己主張を続ける、しがない一国語科教師である。
 虎視眈々と生徒の粗を探すギョロ目が不評・・・否、ぶっちゃけ彼の全てが不評で見たくない教師ナンバー1に輝いているという、極めて喜ばしくない人間 だ。
 無論、モテない。
 故に山田先生は、バレンタインが大嫌い。
 「これは、没収だ!」
 真神でのバレンタインライフは今年初めてで、禁止してる学校がある事に驚いたのは昨日だった。
 教室に入ってきて即行で男子が持っていたチョコを奪う彼に、更にビックリした。
 有り得ねェ。
 何だ、没収って。
 お前自分が天地引っ繰り返っても貰えそうにないからって、他人のささやかな幸せにまで八つ当たりすんなよ。
 「学生の本業は勉強だ!授業料を出す親の気持ちを考えろッ!」
 休み時間に休んで何が悪い。最近流行のゆとり教育は何処行った。
 いかにも正論、というように居丈高に怒鳴る教師を俺は不機嫌に睨み付けた。
 ・・・とかいう行動に出ても、実はちゃっかり没収情報仕入れてはいたんで、自分の戦利品はロッカーに退避済みだったりする。
  「・・・何だ、。 その目は」
 「いえ、授業料の話持ち出すんなら、さっさと授業初めて欲しいなぁ、と思いまして」
 睨み返してきた身の程知らずな視線にニッコリ笑ってやった。勿論皮肉は欠かせない。
 俺は、無駄な陰険野郎が大嫌いだ。
 退学になろうと、笑顔で死ね死ねコール出来る自信はある。
 ───あ、近付いてくんな。あっちいけ。
 カ、と安っぽい革靴が耳障りな音を立て、目の前で止まった。
 ヨレヨレのシャツ。上着も汚れている。ズボンまでシワシワで。
 同じような格好でも、犬神センセとは大違いだと思う。あの人は渋くて格好良い。俺あの人好きだ、もうチョコ渡してきたぞ。
 「これは、チョコか?」
 ガサリ。
 鞄と一緒に机にかかっていた袋に、勝手な教師が手を突っ込む。
 手の平に収まる程のハート型の水色のラッピング。確かに、仲間に渡す予定のチョコだ。
 一応色んな面でお世話になっているのだから、俺が女だと知っているあいつらに渡すのはなんら不思議ではないだろう(犬神センセも知ってるから、いい の)。
 横目で教室内を見回せば心配そうに見つめる小蒔、京一、醍醐、葵と目が合った。龍麻は現在後ろの席なので盗み見は出来ないが、きっと楽しそうに見ている に違いない。
 (まあ見ておれ・・・)
 戦闘で鍛えたチームワーク故、アイコンタクトはバッチリだ。
 薄くニヤついた俺を見て、京一が小さく噴出した。



 「チョコなのか、と聞いているんだ!」
 いつまでも答えない俺に痺れを切らしたのか(意識飛ばしてたんだから仕方ないじゃん)。
 山田ティーチャーは袋から違うブツを取り出した。
 ハートの、黄色いラッピング。
 ・・・違う。
 「チョコじゃないです」
 「・・・言い逃れは聞かんぞ・・・ッ」
 「違いマ〜ス」
 オッサンはフンと鼻をならした。言いたいことはわかっている。どうせまた芸もなく「意義あり!」とか言うんだろどこぞの裁判ゲームの髪の毛微妙な人みた く。
 「なら、何だと言うんだ?この嘘吐きは!」
 正直極まりない俺の答えに耳も貸さない(貸されてもオモロないが)。教師は袋を机に置くと、黄色い包みを容赦なく破りだす。
 微妙にビニル加工された破りにくい紙。
 意味なく厳重に巻かれたそれを苦戦して破り続ける事十数秒。
 ヒョッコリ顔を覗かせたブツに彼は。
 ───頬を引き攣らせて沈黙した。
 「四時間目は不本意ながら、調理実習ですから」
 この食料が山ほど提供される日に限って。
 しかもお菓子実習とか夢のある調理ではなく。
 キャンプとかで物凄い重宝される、お手軽でまあ万人誰でもそこそこ美味しく作れる例の献立。
 満面の笑みを惜しげなく晒し、俺は呆然としたオッサンの手にある茶色・・・というか黄土色の塊を掠め取る。これはこれで大事なモノなのだ。
 香りはツンとスパイシー。
 インドの食卓には欠かせない(偏見?実際どうなんだろう)。
 「カレー粉(固体)です」


 教室が沸いた。
 日頃の恨みを昇華させた歓声。
 ピーピーと数人が口笛を鳴らし、机の上で喜びを表現していた。
 教師が顔を赤らめ、怒鳴り、しかしそれでも騒ぎが収まることはなく。
 やがてスゴスゴと職員室に帰って行った。


 ・・・ああ・・・。


 俺。



 ・・・良い事した・・・・・・ッ!!



 「もう、いきなり喧嘩売るんだもん、吃驚しちゃったッ」
  「よくやった、ッ!」
 密かにガッツポーズィングしていた俺に飛びついてきたのは、小蒔と京一。元気なのは良い事だが、なにぶん油断していた。勢いに負け、ふらりと傾いた俺は ───。
 ゴッ。
 「─────ぉぁッ!」
 足の小指を机の脚に打ちつけた。悲鳴の声は小さい。バンと床に手をついて、痛みをどうにかやり過ごす。
 ・・・靴の上からで大袈裟だとか言うな。マジいてぇぞ、この勢いは!
 「・・・あ、ワリィ・・・」
 「・・・いやいや・・・」
 ああなんて心の広い俺・・・この痛みをあと一言で許してやるなんて。
 ポンと京一の肩に優しく手を置く。ヘラ、と笑う彼に優しく微笑んで。


 「義理チョコばかりの収穫に心痛めるお前に比べたら」
 「て、てめェ───ッ!!」


 馬鹿だなぁ京一。俺がなんにもしないで許す訳ないのに。



 「あそうだ、はい、チョコ」
 「・・・おう」
 ぶんぶか木刀振り回して暴走を始めた京一が納まったのは、丁度授業終了のチャイムが流れた頃だった。
 体力が尽きたとも言う。
 ぐったりと机に伏した姿を満足そうに確認して、傷一つない俺は京一に漸くチョコを手渡す。黄色と水色の虎ジマラッピング。他よりも少しだけ大きなその形 に、すでに水色ラッピングのそれを渡されている醍醐が首を傾げた。
 「何かあるのか?」
 「日頃の行いの差だよ」
 「お、わかってんじゃねぇか。やっぱタイショーより俺のが良いよな〜」
 本気で言ってるのか。
 そんなニュアンスで自分を見る美里の目には気付かない。幸せな事だ。
 ガサガサと紙の尊い命を破り捨てていく。上機嫌に中身を取り出した京一は、清楚にホワイトチョコで飾られた茶色い塊を見て、瞳を輝かせた。
 「お前、こういうのマメだよなぁ、本当尊敬するぜ!」
 「そのマメさが主にどういう所で発揮されるのかそろそろ学習しろよ、赤猿」
 龍麻の有難いお言葉は、頂きますを唱える彼にどうやら届かなかったようだ。
 あ、と顔色を変えて制止しようとする醍醐は、美里に首根っこ掴まれ止められた。



 男らしく、食べる時は躊躇わず、一気だ。
 表面を削るのではなく、ダイナミックにガブリといく。
 「グッジョブ!」
 俺は親指を立て、彼に応援を送る。
 ・・・正確には。
 チョコを口に入れて、顔色をヤバくして、教室を矢のように飛んで出て行く彼の、味覚と胃袋に。
 あんな一気に食べるから。


 見送る俺の足元には、一齧りで投げ打たれた哀れな塊。
 表面に白で書かれた見やすい英単語。
 TRICK(いたずら)。
 茶色い表面の下ひっそりと佇む黄土色を見て、龍麻はそうきたか、と呟いた。


 黄土の塊。
 名をカレー。


 チョコとカレーのハーモニー。



 ・・・食い合わせってどうなのかな?





 ちなみに。
 悪戯が行われたのは、俺の名誉にかけて京一に対してだけである。




 アタイは没収食らった事はありませんが、学校で食らう用に持ってった元ヴァレンタイン用クッキー、男子にことごとく奪わ れた覚えはたんとあります
 ・・・畜生、袋だけ返されたって嬉しかねェよぅ


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