「おい、そっちどうだ?」
 「ぼちぼち・・・だな」
 埃積った蔵の中、男二人はそこにいた。






東京魔人学園剣風帖
   あっち行け!






 心地良い気候。
 目に優しい、柔らかな色彩。
 強過ぎず弱過ぎず、実に中途半端な日差しのこの季節を、実のところは あまり好きではなかった。
 理由はただ単純に、人類の約90%(推定)が好ましくないと思っているであろう、アレである。


 皆様、虫様再始動の季節です。


 「あ〜、ヤだなヤだなヤ〜だ〜な〜・・・」
 ホンワカと暖かいコンクリート造りのマンションベランダで、は 萎びていた。それなりに金が掛けられているのであろう手摺りに顎を乗せ、満面に嫌悪の 表情を浮かべている。仕草も声も、今日は異常にガキっぽい。
 「何がだよ・・・つーかその格好、のど絞まんねえ?」
 「特には」
  の 脇では雨紋が只管に髪を整えている。見せ付けるかのように、必死に。
先程頭から水引っ掛けたのを根に持っているのだろうか。別にわざとやった訳ではないのだ。手が滑って水道管にヒビを入れてしまった結果彼に掛かっただけな のに、ダラリと垂らした手が微動する度、過敏に身を震わせていた。
 取り敢えず水道管にはその辺にあった京一のシャツ巻きつけておいたので問題ない。
 他人の家に置き去りしていくほうが悪いのだ。
 「ピカ○ュウ、春は好き?」
 「ピ○チュウ言うなよ。・・・まあ、好きだな」
 顔を顰めての質問に、垂れた髪を直すのはいい加減諦めたのか、雨紋は整髪料のチューブを部屋に投げ入れて答えた。
 ふうん、と何とも不服そうな声。
  は 始終この季節には落ち着かない感じだったので今更どうも思わない。
 桜が嫌いだとか言っていたからきっとそのせいだろうと辺りをつけ、解答を待つ。
 ・・・答えはまだ来なかった。
 「じゃあ、ライチュ○、冬眠ってどう思う?」
 「勝手に進化さすなコラ」
  は 至って真剣である。本人としては、であって周りにはそう見えない所がネックなのだがそこはそれ。一応、見れば瞳だけは確 かに真剣だ。
 ───普段悪戯するときもマジ顔だから真剣だと思われない、狼少年みたいなモンで。
 「・・・生きる為の営みを、どうよとか聞かれてもなあ・・・」
 「そうそれ!」
 「あ?」
 雨紋の何気ない呟きにが 反応し、顔を手摺りから離す。
 ビシリ、と雨紋の鼻先を指差して(あまり意味のない行動だろう)眉を吊り上げ、言った。
 それはそれは悲痛な声で。
 「別に生きなくてもいいヤツとかいるじゃないさあッ?なあんで冬眠するかなあ!?」




















 男二人───言ってしまえば龍麻と京一───は、場を転じて真神学園旧校舎にいた。地下ではない、地上である。
 ビニルの大きな袋を各自一袋持ち、ガタガタと教室の机をひっくり返す。
 埃がもうもうと舞い上がっていた。
 「・・・意外に少ないもんだな・・・ひーちゃん、もうちょっと奥行くか?」
 「そういや地下でもいくらか見たな・・・」
 彼らが動くたび、袋が煩いくらいに音を立てる。それは何も外からの振動のせいだけではない。中で蠢く無数の生命が、動かされることへの驚きと抗議に走り 回るせいでもあった。
 京一がゆっくりとそれを目の高さまで引き上げて笑う。
 「十分・・・てな感じもするけどな」
 「まだまだ。どうせなら精一杯の努力でその時を迎えたいだろ」
 ニヤリ、と。
 二人揃って邪悪極まりない不吉な笑顔を浮かべる。
 「極大」
 「行くか」

















 「・・・と、言うと?」
 「熊とか、蛇とかはいいよ!?嫌いじゃないし!草とか花とかもまあ大体好きだし良い!」
 「草花は冬眠って言わないだろ、普通」
 「じゃあそういう系統の越冬!」
 10階建てマンション最上階からの雄叫びはよく響く。
 道行く人々が何だ何だと見上げるのに恥ずかしいとも思わない、慣れてしまった自分が悲しいと思った。
 当然は 気にしない。・・・普段なら一応気にする部分もあるが、今はそんな心の余裕はなさそうだ。
 ぐっと握り拳を胸に引き寄せて朗々と外に向け「言いたいこと」を吐き出し始める。
 「冬は死の季節と言われるように、冷たく残酷な冬の支配者、白いかたまり雪の中、大地は凍り自然界の草木は枯れ、生き物は次々と死んでいく・・・
 そんな中、根性という希望と知恵という光を胸に抱く一握りの勇者たちが、細々と数少ない食料を必死こいて食い繋ぎ、暗い闇が通り過ぎるのを待つように、 ひっそりプチプチ生きてきた。
 やがて暖かな太陽光に照らされ冬将軍が去っていく今日この頃!
 さあ待ってましたと顔を出す歴戦を勝ち抜いてきた数少ない勇者たちッ!
 彼らは良いお天気の中、真昼間から言うに耐えない淫らな四十八手をちぎっては投げちぎっては投げと試しまくり、次々と繁殖を繰りかえ・・・」
 「待て、ちょっと待て!」
 「ん、何?」
 慌てて止める雨紋のこの沈痛な心境が、一体誰にわかろうか。
 話が進むにつれ次第に高くなっていく声のトーン。
 普通(?)だった筈の内容が、階下にハッキリ伝わるトーンに変わってから急にヤバい方向に進み始め。
 顔を出してさえいなければ良かったのだ。
 出してさえ、いなければ。
 けれど。
 「お前、何の話を堂々としてんだよ!?」
 目を丸くして、異形のモノでも見るように奇妙な視線を注がれて、ヒソヒソと囁きを交わす近所の住人たちの姿を、見てしまったからには恥ずかしい。
 「え・・・虫と呼ばれる種類を主とした、冬の生き物の暮らしっぷりの話だけど・・・」
 「・・・・・・・・・・・・・」
 なら最初からそう言え。
 口から怒りが飛び出さなかったのは単に雨紋の優しさか、はたまた呆れの先行故か。
 雨紋の80%は優しさで出来ています、なんてどこかで聞いたフレーズが、何故だかの 脳裏に浮かび上がった。怒られるようなことをしたなんて、欠片も 思っていないくせに。
 「・・・もう、いい。で、その心は?」
 「俺が嫌いなヤツは、年越さなくてもいいよ☆───って言いたくて」
 エ〜ンガチョッ、と手で顔の前にばってんを作り無邪気に「ね?」などと同意をもとめようとする。 その超自己中心的な思考と発言が、兄のものにそっく りだ、とは気付いていない。
 「嫌い。・・・具体的には」
 問いに大きく頷いて、深く息をつく。
 憎々しげに眉を寄せて酸素を補給する仕草は、まるで戦地に赴く兵士のようだった。
 「俺が未来永劫許せないのはピンポイントにオンリーワン!」
 パンっと拳を自らの手の平に突き立てる。


 「体は頭胸部と腹部とにわかれ、どちらにも分節がない。頭胸部に8個の単眼と6対の付属肢がある。書肺または書肺と気管の両方で呼吸し、腹部にある糸い ぼから糸をだす卵は一塊にして産み、糸で包んで卵嚢を作る!

 クモ網クモ目の節足動物の総称!
 日本に1000種以上、世界に約3万5000種ッ!
 忌まわしきその名を蜘─────ひいいいいいいいいいいいいいいッ!?」
 「へ?」


  が 伏せていた顔を上げた瞬間。
 怒りの形相は一瞬のうちに真っ青に変わり
 ───悲鳴が弾けた。










 ベランダの上から垂れ下がる、数多の蜘蛛、クモ、くも。
 小さなものなら5ミリ程、大きなものなら20センチ程。
 大小様々、色取り取りな蜘蛛たちが、視界一杯に不気味なカーテンをつくりだしていた。
 「らららライ、な、何、なんでッ!?」
 何で気付かなかったんだ。
 自分を差し置いてそれだけを言うことも出来なかった。
 「き、気持ちわりい!」
 雨紋が放ってあった物干し竿を手に取り、雷光を炸裂させる。背中にベッタリ抱き付いたは 邪魔だったが、傍目に見てやばいくらい怯えていて、まさか ひっぺがすことも出来ない。
 雷光に焼かれ、蜘蛛の数十体が黒焦げて散っていく。
 それでも全く、数は減ったように見えなかった。
 (そ、そうだ、中入れば!)
 何故そんな簡単なことが思い付かなかったのか。
 そうとなったら即実行と勇気を振り絞り雨紋の背中から身体を放し、クルリと方向を転換する。気ばかり急いていつもの鮮やかな身のこなしなど夢のまた夢 だ。簡単な動作のはずなのにいやに疲れる。無様に振り向く勢いそのままにガラス戸に手をかけて───
 ・・・・・・・・・開かない。
 「なんで────ッ!?」
 「、 どうした!?」
 ガタコガタコと横縦引いても、戸は動く気配を全く見せない。
 どころか音に惹かれて蜘蛛が壁を這い寄ってきて。
 「いやああ、あっちいけッ!来んなああ、来んなコラああああああああッ!!」
 ある意味密閉空間。にとってそれは究極の生き地獄痛感ゾーンだった。
 「ライトおおお、なんでえええええッ!?」
 「知るかよ!おい数増えてないか──ッ!?」
 雨紋は混乱の境地一歩手前だったが、は すでに発狂寸前にまで追い込まれていた。
 歯の根が合わないほど震え、舌足らずでもなんでも喋れているのが不思議なくらいの音を奏でていたし、側面からも蜘蛛が近寄ってきていて、全身完全石化状 態の異常をきたしていた。
 もう終わりだ、と思った。
 ふ、と頭が真っ白になった。
 ガラス戸越しに一瞬見えた「してやったり」的な京一の表情とか。
 強敵と戦う雨紋の焦りとか。
 ・・・一切消えて。




 視界に広がったのは、人間サイズの女郎蜘蛛。





 魔物なのは一目瞭然だった。






 けれど───







 蜘蛛なのだ、超特大の。









 「・・・・・・ふ、ふふ、ふふふ、ふふふふふ・・・・・・」
 「・・・おい?」
 両手で耳をしっかと塞ぎ座り込んだに、 辺りへの威嚇を止めないまま労りの視線を向ける。きっと限界なのだと直感した。
 「へへへへへへへへへへへ」
 薄ら寒い笑いは、恐怖に耐え切れなくなったのだと思い───確かにそれは、当たりといえば当たりだった。



 「あ、あは、あははははははは、はは、どけおるああああああッ!!」



 ドゴガスガチャパリーン。
 バキリ




 ゆうらりと立ち上がったの、 黄金の右足が唸りをあげた。
 琥珀色の目は虚ろ、これ以上はない引きつり笑いで繰り出されたパワーMAXのヤクザキックは、ガラス戸の儚い命と共に女郎蜘蛛を一撃(オーバーキル)で ノックアウトさせる。K1でだって楽に優勝を掻っ攫えるような、まさしく最高のヒットだった。
 「あはーっはっはっは!」
   「ば、 、んなコトしたら家の中に蜘蛛が・・・ッ?」
 あまりの移り変わりに恐怖と戸惑いを覚えつつ声をかける。
 ピクリとも動かない大蜘蛛に何か危険を察知したのか、細かな蜘蛛たちは微動だにしようとはしない。
 しかし、そんな心遣いは無駄だった。
 「あっははははははもう家の中なんか知ったことかオラ燃えろホラ燃えろすぐ燃えろ即燃えろさっさと燃えろアーッハッハッハッハッハッハッハッ!!」
 「おおおいマンションごと燃えるってのー!?」
 どこから取り出したのか、の 両手には光り輝く火炎放射器(×2)。
 豪勢に火を噴くその鉄器を振り回すを、 奇跡が起ころうと雨紋が取り押さえられる訳もなく。


 ・・・片っ端から消火活動にあたっていた雨紋が仕事を終えたのは、が 糸が切れたように座り込み泣き出したそのときだった。



















 「・・・やっべえんじゃねえ、これ」
 ブスブスと煙を上げる階下を覗き見て、京一は汗を流した。
 蜘蛛が嫌いだ、と聞いたことがあったから、いつもやられている仕返しも込めて仕掛けてみたのだが・・・まさか火事騒動まで起こすほどの嫌悪だとは思いも しなかったのだ。
 「あー、泣くまでってのはやりすぎか」
 「いや、そうじゃなくてよ・・・?」
 屋上にまでの 啜り泣きは聞こえてきていた。雨紋の子供をあやすような本気で困った声を、隣の部屋の住人が不審そうに聞いているのが見 える。
 その辺は丸聞こえだ。なんせ、ガラス戸二枚、完全に死んでしまっているのだから。
 「今日から一週間以上はメシ抜き・・・以上のペナルティはあるだろうな・・・」
 「いやだから、ひーちゃんそうじゃなくて」
 僅かに沈痛な面持ちで己の行いを悔やむ龍麻に反論を申し出ようとした京一の言葉は、朧な声を聞いてピタリと止まった。












 「京一が・・・京一が・・・ッ」
 「何、いたのか?じゃあ今度仲間全員でリンチしてやろうな?」
 「いらなッい・・・あんな・・・リンチなっんて・・・」













 「・・・庇ってんのか、あれ?」
 「なわけねえだろ。ほらよく聞け」
 やっと言葉を発せるほどまで回復したの 声にじっと耳を澄ます。
 ひっく、としゃくり上げる痛々しい嗚咽が胸に響いて。















 「生温い・・・ッ・・・畜ッ生・・・俺自らの手でっブッ殺してやる・・・・・・!」














 「・・・・・・・・・・・・」
 「な?」
 平然と肩を叩く龍麻の手。
 憎しみを精一杯に込めた宣言に、京一はただ、絶望の中十字をきることしか出来なかった。












 ・・・願わくば、あと20年くらいは待って下さい。

 

 神 楽は 異常に蜘蛛が嫌いですよという話。尻切れトンボだし文章が纏まらないし・・・
 リクエストはどうしたとか怒らないでくださいな〜!精進します!今後努力します(今しなさい)
 蜘蛛なんて大ッ嫌いDAー



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