夜七時。
 は 息を細く吐き、気配の一切を殺してそこに潜んでいた。
 《力》を持たない自分は、気を抜いてはならない。そう言い聞かせて只管に静止する。
 チラリと隣を見れば、龍麻が立っていた。彼は飄々と何時も通りに腕を組んでいて、そのくせ存在は完璧なまでに絶たれている。その事実が今は酷く腹立たし い。
 せめてもの八つ当たりに視線を合わせると、ニヤリという意地の悪い笑いが返される。
 ・・・むかつく。
  此処───緋勇家の廊下に潜む人間は達 を入れて五人。その誰もがひっそりと時を待っていた。ただ一言も発する事無く、延々と無為にも感じる時を過ご す。
 やがて。
 待ち望んだ、来客を告げる合図がピンポ〜ンと軽快に鳴った。
 家主の返答も待たずノブが回り。
 ドアが開く。
 身体が動いた。
 「祭りじゃ──────────ッ!!」



東京魔人学園剣風帖
  君に捧ぐ僕からの



 ベショ。


 派手にクリームを飛び散らせて、"コントでよく使われるパイ"が入ってきた不幸な人に炸裂する。それも、一つ二つではなく、全身を白く覆う程の大量のパ イである。
 「・・・・・・」
 「誕生日オメデトー」
 しんとする空間。
 の 一言以外、誰も声を上げようとしない。また、動きすらしない。
不幸な人に張り付いていたパイの紙皿が、幾らかのクリームをお供にでろり、と這い落ちる。
 真っ白い顔の人間(顔だけでもないが)は、全ての皿がベショリと落下するのを待っていたかのように、殊更ゆっくりと顔のクリームを拭った。
 現れたのは、まあ精悍と言えなくもないような、剣呑な表情の男の顔面。
  「・・・おい
 「なぁに?」
  低い声で名を呼ぶ男に、は わざとらしい笑顔で可愛子ぶった。
 両手には、再びパイ。
 男の頬があからさまに引き攣る。
 「何のつもりだ?」
 「祭り。誕生日の。祝い」
 「・・・ほお。メインにパイ投げつけんのが、お前流の祝いか」
 「オチャメだよ。いやむしろ余興と言うべきか」
  オホホと笑うの 横では、龍麻が手に付いた甘いクリームを顔を顰めて舐めていた。
 彼の持っていたパイは、今は床の上無残に朽ち果てている。
 男の顔面にそれをぶっこんだのは龍麻だった。
 勿論、全力である。




 一月二十四日は蓬莱寺京一の誕生日。




 「ああくそ、ヒデェ目にあったぜ」
 「服は今洗っているからな」
 誰のせいだ。
 ブツブツと口内で愚痴りながらソファに座るのは、先程「ヒデェ目」にあった京一。シャワーを浴びて雫を垂らす赤い髪に、醍醐は苦笑とタオルを被らせる。
 まあいい。こいつは一応遠慮して、足かどっかを狙った良い奴だ。
 真神学園最高の優しさを誇る醍醐のそんな儚い気遣いを、だがしかし龍麻は一笑に伏した。
 「だから、安物着て来いっつったろが」
 「ってよひーちゃん・・・まさかこんな事するなんて思わねェし・・・」
 「だからサルなんだよ。認識不足もいいとこだな」
 相棒にも容赦ないのが我等が緋勇龍麻。京一の正論を歯牙にもかけず、へっと笑った。
 「まあまあひーちゃん。京一がこんなんなのは自然の摂理だから仕方ないよ」
 「こら待て小蒔!」
 どっかしらずれたフォローを入れる小蒔に、京一は堪らず食って掛かった。むしろフォローでもない。貶しだ、苛めの域だ。
 葵がコロコロと笑う。小蒔の肩にかけられた無骨な手を見、笑いの延長線で呟いた。
 「・・・本当の事言われたからって八つ当たりしたら、お仕置きしちゃうわよ?」
 ふふ。
 例のマドンナの笑みは、何故いつもいつも目がマジなのだろう。
 顔の血液の一切を締め出して青くなった京一に、醍醐はかける言葉を持たなかった。




 「さ、た〜んとお食べ」
  何時の間にかキッチンに入っていたに 呼ばれた京一達が最初に目にしたものは、机一面にズラリと並べられた豪華な食事の数々だった。
 和洋折衷。京一が好きそうなものを片っ端から集めたような食品チョイスは、まさに彼にとってのパラダイス具現化である(当然ラーメンもある)。
 「・・・お前、これ作ったの?」
 「他に誰が。・・・ああ、葵ちゃん達は他にプレゼント用意してるから、俺は料理担当なの」
 「・・・俺、アレで終わりだと思ってたんだけど」
 「流石にそれは最後の良心が痛むし」
すっ げ〜と呟かれた言葉は満更でもなかったようでの 笑顔は普通に優しい。 京一は珍しくに 素で感動した。
  全員が食卓に着いたのを確認して、は もう一度オメデトウと声をかける。それに伴い、口々に真神の仲間が祝いを述べた。
 ひとしきり持て囃し、お食べ、と再び促して。
 「んじゃ、いっただきま〜す!」
 「あ、ちょっと待・・・」
 まず手前に置いてあった酢豚を箸で摘み上げる。それを見た醍醐の制止も聞かずそのまま美味そうにタレをたらす肉を口に放り込んだ。
 「美味しい?」
 興味深そうに見守る龍麻、葵、小蒔。
 ・・・目を逸らして小さく謝罪する醍醐。
 モグモグという咀嚼の音と。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 「あ、お茶なかったなぁ」
  嬉しそうに席を立つ
 ガタンッ。
 唐突に京一の椅子が乱暴に跳ね上げられた。



 「か、辛ッ、水、水─────ッ!!?」
 「あーっはっはっはっはっはっはッ!!」
 「ふ、うふふ、うっふふふふふふふふふ・・・・・・・!」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ!!」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 「ば、馬鹿だ───馬鹿が此処に・・・ひ───苦しッ!!」



 バタバタとキッチンに走る京一の背に、四人の爆笑が届く(声はなくとも笑いすぎだ、龍麻)。
 ・・・君だけが確かな友人だ、醍醐・・・。
 京一が人生で最高の殺意を迎えたのはこの瞬間だったとか。





 「唐辛子漬けの豚、一切れだけだったんだけどなぁ」
 「すっげェ確率なのになぁ・・・見直したぜ、お笑い担当」
 「一発目、一発目だったのに・・・ッ!」
 「龍麻からのプレゼント、最初に受け取るなんて流石ね、京一君たら」
 「す、すまん、スマン、京一・・・」
 結局唇を赤く腫らして帰ってきた彼を迎えたのは、いまだ続く非情な仲間の笑いと一人の友人の暖かい謝罪だった。
 味覚を治したその後は確かに料理の素晴らしさを堪能出来たし。
 プレゼントも喜ばしいものばかりだったのだけれど。
 ・・・・・釈然としねっつーか、恨みに持つのは俺の罪じゃねぇよな・・・・・?





 夜が更ける。
 大切な仲間の、一年で特別な日が過ぎる。
 一月二十四日は蓬莱寺京一の誕生日。



 こんな自分たちだけれど
 本当に心から。




 ・・・誕生日、オメデトウ、京一。













 ・・・・・・・・・・・・・・・一月二十四日は儚い友情確認日・・・・・・・・・・・・・・・・。




 友人に捧げた駄文。スランプ期で流産かと思う位難産だったんですなぁ
 キョーチに対して何かを普通に祝ったりする気にはなれません


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送