「よーう、。今日の夕飯は何だ?」
「おまえね」
重たい扉にこけた肩を預けて、は男に据わった目を向けた。
明るい髪色、担いだ木刀。
どことなく猿を髣髴とさせるそのアホの名前を、蓬莱寺京一と言った。
「帰れアウストラロピテクス」
投げられた冷たい声にも「はははひーちゃん冗談言うなよところでアウストラロピテクスって誰だ?」などと頭の軽さを披露して、今日も京一は緋勇家の敷居 を跨ぐ。
「たっだいまー」
「・・・おかえりアウストラロピテクス」
いつものこと、いつものこと。大人しく道を譲ったは土産の酒瓶を押し付けられて。
自然と酒のつまみをリストアップしてしまう主婦根性に、どうしようかと本気で思った。
東京魔人学園剣風帖
似て非なる者
目の前に並ぶ、見目麗しい料理の数々。本日は中華。好物のラーメンを筆頭に、食欲をそそる芳香を放つ。肥えた舌を持つ龍麻が文句も言わずに平らげるそれ らの料理は、プロにも劣らぬ絶品なのだと京一は知っていた。
踊る心を隠しもせずに、緩む口から涎を垂らす。
「おまえいい加減家帰って飯食えよなー。そろそろ俺、お前の第二の母になれそう。あと涎を拭け」
文句を言いながらも確実に3人分の料理を用意するは中々に律儀だ。時々唐辛子が鬼のように投入されていたり、食材を聞いてみたら異形の肉だと言われ たりすることはあれど、基本的には食欲をそそるものを食わせてくれる。
食材云々はジョークなのだと信じてる。
言葉通りに口元を拭うと袖に僅かな涎が付着した。汚い。無言でから渡されたティッシュで拭き取って、ゴミはゴミ箱へ。
目標を外したゴミはすでに眼中に入らず、箸を構えて。
───ゴッ。
「サルは途中までしか物事を考えられない・・・か」
「ゴミはゴミ箱へ!」
龍麻の冷淡な声と、叱るの言葉より、頭部の痛みが切実だった。
コロコロと床を転がるどこぞの土産、掌サイズのツタンカーメン。辛うじて皮膚が裂けなかったのが不思議なほどの鈍痛に頭を抱える。
蔑みに鼻で笑う親友の愛が痛い。
「こんな息子はいらねえな。、今からでも袋に詰めて燃えるゴミにでも捨ててこい」
「ひっでえ!ちょ、おま、当たり所悪くなくても結構な確率で死ねるぞコレ!?」
苦情を聞く耳などついぞ持たないクールビューティ(死語)に詰め寄った。うるさい、と箸で目を突かれ、悲鳴を上げて転がる。
酷く嫌そうにその箸に目をやって───見えないが、きっと奴はそうした───席に着こうとしたにぞんざいにそれを投げ渡した。
「汚れた」
「はいはい」
いや、俺めっちゃ重症なんだけど。なんでお前らそんなに対応冷てえの?
血の涙に、悲しみから本物の無色な雫が混じりだす京一を奇麗に無視して兄弟二人の時間は進む。京一のものは自分で持ち込んだものであって、二人暮らしの この住居に代わりの箸がある筈もない。
が念入りにそれを洗って帰ってくる頃には回復した京一は、転がったままポツリと言葉を漏らす。
「───あれ、ひーちゃん父親?メチャメチャ亭主関白っぷりが似合うのはそのせいか」
「俺、迎えるなら家事を手伝ってくれる人って心に誓ってるから」
小さな納得は、妻自らの進言で早々に否定された。
この男らしすぎるの未来の伴侶はどんな奴だろう。
軽快なメロディーが、それなりに和やかな空間を震撼させた。耳障りな電子音は無駄によく響く。
「ん、電話だ」
「」
「はいはーい」
当然龍麻は動かない。機敏に反応したがリビングの隅に置かれた電話機に走る。薄い長袖に包まれた腕が伸びた。
音が止まる。
「もしもし。どなた様でしょうかー?」
間の抜けた声で応対したを横目に、食事は再開された。あちらは気にした風もない。
醤油ラーメンがメインなこの家で、わざわざ用意された味噌ラーメンを啜った。折角の好意を伸びさせては悪いだろう、とは京一の本心だ。
調度良い茹で具合の太い麺に、絡んだ熱いスープ。濃厚な味噌の味。舌を伝わる上等な味に舌鼓を打ってコックの様子を伺う。
と。
「───ん?いえ、うちの子は大学行けるような頭の持ち主じゃありませんよ」
眉を顰めたこの家の主婦は、意味のわからない言葉を舌に乗せた。京一も眉を顰める。
うちの子って誰だ。そもそも相手はなんだ。塾の勧誘なら、子供いねえよの一言で終わりだろう。
訝しむ京一を尻目に、龍麻はフカヒレのスープを口に、は弁舌を振るう。
「うん・・・うん。でもアホだわ鈍いわ鋭いと思いきやボケだわ。やればできかと見せかけてやっぱりできない子なんで、そんな奇跡はありえないわよー」
誰のことかは理解が及ばないが、酷い侮辱だと思う。大体。
「なんでオカン言葉なんだアイツ」
僅かに向けられた龍麻の視線に、なあ?と同意を求めた。片眉を上げることで賛同を拒絶される。反応がどこまでも冷たい。
「相手が息子なんだろ」
「は?」
さすが兄弟と言うべきか否か。不可思議な発言をすでに理解しているらしい龍麻の様子に首を傾げた。もしかしたら特に気にしていないだけかもしれない。親 友は俺様だから。
頼んでもいないのに京一の餃子に滝のようにラー油を振り掛ける彼は、鬼道衆より鬼だから。
というかすでに神の領域だから。
ううう、と地獄の食物と化したそれを食うべきか食わざるべきかを苦悩する京一の耳に、更に届く不思議発言。
「うん?馬鹿?言ってないわよ!だって実際馬鹿な子に馬鹿って言ったら本当にへこんで可哀相でしょ!そんなこともわからないの!?」
お前、その発言こそ可哀相だとわからないのか。
愕然としつつ、決心の末口に運んだ餃子を噴出する。辛い。炎すら吹けるような錯覚に、取り乱して水に手を伸ばすと、あっさり龍麻に奪取された。言うまで もなく嫌がらせだ。
「テンション上がってきたぞ。相手誰だよアレ」
「3月だからな」
「だからなんの話」
邪神の具現の手からコップを奪い取る勇気は生まれず、涙を呑んで台所へ走りかける。
こいつに歯向かうような行為は、勇気でなく無謀と言うんだ。きっとあのコスモレンジャーでさえも本能で察知するだろう。
「ええそうですよ、そんな子産んだ覚えはありませんッ!そんな妄想は捨ててから帰ってらっしゃい!」
まあ待てよ、と笑顔で返されたコップに、つい反射的、うっかり無防備に口をつけた京一は。
「・・・お前って本当、馬鹿だよな」
しみじみと感心するように呟いた龍麻の顔を睨み付ける勇気もやはりなく、口の中に広がるタバスコのフレーバーに、床に手を着いてさめざめと泣いた。
何で俺、こいつと親友やってんだ?
心の奥底で浮かんだ疑問には、きっとはこう答えるだろう。
おまえが愛すべき馬鹿だからだよ、と。
ひりつく喉と口を水道水で潤して涙ながらに食卓に戻った京一を迎えたのは不機嫌なの姿だった。
「───まったくもー。貴重な時間を無駄に消費させおってからに」
頬を膨らませて冷めかけた飯を口に運ぶ。対照的に、ニヤニヤと口の端を歪ませながら、それをやたら珍しくも宥める龍麻。
ふと不安が込み上げて、京一は恐る恐る片手を挙げた。
「なあ、おかあさん」
「ふぁんだよむひゅこ」
伸びたラーメンを含んだままの応答は、なんでもないものだったけれど。このいい加減に聡明な生物が何かとんでもないことを仕出かしたのだということには 直感が働く。
普段の絶妙な「アクシデント」を思い起こしてぞっとした。
「・・・相手、誰だ?」
震える声に返るのは、口内の食物を飲み下すまでの暫しの優しい微笑み。細まる琥珀の瞳が無邪気に輝き、続いてゴクリ、と嚥下の音が。
口の周りを拭って、奴はゆっくりと言を発した。
「え、お向かいマンションの恭一くん。受験合格した報告。おめでたいことに間違い電話だね」
3月───同級生の荒れ狂う気配を思い出す。意気消沈、喜色満面、気息奄々、悲憤慷慨、有頂天外、茫然自失。混ざり合った陰陽の感情に、さすがの京一で さえも顔色をなくして騒げなかったカオス地帯。
電話の主は受かったのだろう。それこそ有頂天で母親に報告の電話を掛けたのだろう。
だろうに。
一分の隙もないアルカイクスマイルを浮かべるを絶句と共に凝視して、京一は大きく顔を引き攣らせた。
「頼むから今すぐに謝って来い・・・ッ!」
脇で邪悪な笑みを浮かべて漏らす親友に、心から恐れを抱きながら。
「1時間もすりゃ家庭崩壊だな・・・ククク、見ものだぜ」
呟きは、聞かなかったことにした。
俺の平穏のためにも。
「・・・あれ、馬鹿な子って俺か?」
「俺、京一のそういう鈍さが時々大好きよ」
突 発で書きたくなった久々魔人話
京一は予想以上に馬鹿だけど、どこまでも基本的に常識人
強くなれよ。
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