痛くて仕方がない
そんなこともわからない?
dizzy番外編
DULL PAIN 前編
痺れが大きく残る左腕にはもしかすると骨にヒビでも入っているのかもしれない。余裕のない思考を一瞬だけ巡らせて、私は後方に大きく飛び退く。額から流 れた血が目に入りそうになった。
目の前で弾けた獰猛な光を、掲げた右手で遮り、相殺。狭まった視界の端に走る影に、脳内赤色灯と警報ブザーが危険を連呼した。慌てて動かそうとした足も 間に合わない。咄嗟に出来たことと言えば、強く歯を食い縛ることだけだった。
痛みよりも先に強烈な嘔吐感に襲われて身体を深く折る。勿論その直後に痛みにも対面した。腹に一撃食らったのだと気付いた途端に気が遠くなり、危険はま だ去っていないにもかかわらず、つい大きな隙を見せてしまった。
相手がそれを見逃すなどありえる筈もなく。
「─────ッは・・・」
激痛の連続。思考が追い付かない。こんな痛みは初めてだった。
恐らくは岩肌、地表に叩き付けられたのだろう。背中から衝撃が全身に広がる。目の前が暗くなり、身体繊維が悲鳴を上げる。咽喉から滑り出た声は、自分の ものとは思えない程に高く情けないものだった。
何故だか左肩が妙に痛む。これはヒビが大きくなったとかそういうレベルの痛みではない。ブツリと肉が千切れる音を聞いた覚えがあった。視力の回復に伴 い、飛散し岩に付着した赤い液体が今度は気を遠くする。濡れた音を奏でる肩に恐る恐る目をやって、本気で気絶するかと思った。
心臓から多分5センチちょっとのお隣さん位置、背中側から肩を貫通した、細く長い岩の槍。それを赤く色付けているのは、もしかしなくとも私の血だろう か。いっそ気絶したい、いや、させてくれ頼むから。パニックに陥ればまだ現実に逃避がきくというのに、妙に冷静な自分が腹立たしい。あまつさえ、このまま 放っておくと出血死確定だなとまで考えた。
(死か・・・死ぬのはいやだな)
もう、痛みに声も出ないし出したくない。喘ぐように口を開き、犬のように早く浅い吐息を漏らす。
口に溜まった液体の不快感にそれを吐き出すと、肩口に散る色と同じ鮮やかな緋が地に華を咲かせた。驚く気も失せているが、内部にまで激しい損傷があるよ うだ。
「さん!」
若い男の声が聞こえた。空から降ってきた長い足が焦ったように駆けて来る。何だよ、と言おうとして、かわりに咳が出た。身体が揺れて傷口は抉れ、兎に角 痛い。
近付いて屈みこんだのは攻撃者、激痛の根源、孫悟飯だった。遠慮の欠片もなく傷に触れようとした彼を、蹴り付けて静止させる。伸ばした足の情けない弱々 しき威力に舌を打ちたくなった。動いたことで更に痛みが増す。馬鹿か私。
「だ、大丈夫ですか、さん!」
「・・・ッぃ丈夫、じゃ、ねェよッ」
零れたのは言葉になり損ねた音だった。それでも抗議であることは届いただろう。
僅かに金の光を残す黒髪が視界の半分程を埋める。この野郎、どうも行動に目でさえ追い付けないと思ったら超化してやがったのか。
「仙豆出して・・・」
もう一つ近付いてきた師、ピッコロの気配を感知してそちらに言葉を放る。珍しく神妙に頷く姿が見えた。そりゃあこれだけ重傷の弟子を見捨てたら夢見が悪 いに違いない。
呼吸を出来るだけ整えて乾いた唇を舐める。大きく息を吐き、もう一度歯を食い縛った。腹筋に力を込めて目をきつく閉じる。
「・・・・・・ッ!」
水平に身体を起こした。ずるりと気持ちの悪い湿った音を立てて、岩が患部から抜ける。身の内を硬い肌で撫でられる感覚に、自分の意思で気絶する方法って ないもんかなと本気で研究したくなった。問題なのは、気絶したらそのまま永眠する予感が強いことか。
(痛い・・・痛い。痛みを感じるのは。ああ、生きてる証拠・・・だっけか?あんま嬉しくないなあというか、全然嬉しくないなあソレ)
20センチ程のそれをようやっと身体から離した時には、まさしく息も絶え絶えだった。力が抜けて地表にへたり込む。風穴のあいた肩が擦れて痛みを訴える が、身を起こしているのが辛いのだから仕方ない。倒れた拍子に耳元で水が跳ねるような音がしたが・・・己の精神状態のために聞かなかったことにした。
霞む視界に仙豆を手にしたピッコロが入った。その目に焦燥の色はなく、悠然と立つ姿が殺したくなるほどに憎く思える。
「悟飯、いくらなんでも超化はやりすぎだ」
「だって、ピッコロさん・・・」
見当違いの説教はいいから、さっさと豆を寄越せ。一応言うなら、命に危険があるような攻撃をすんなと注意しろ。
仙豆一粒を摘んだままに言う師匠に、一般市民ならあっさりと射殺せそうな視線を送る。血に塗れ、崖っぷちに置かれた生命だからこそ出来る目だ。どなたか さんはその目が楽しいと言ってくれやがったが、全く嬉しくない。
気付いたらしいナメック人がしゃがみ込む。豆を指で弾いて私の口内に放り込んだ。
力の入らない顎を無理矢理動かして噛み砕いた。粘着質な液体で覆われたノドを必死にフル稼働させて欠片を胃へ運ぶ。
腹がじんわりと温かくなるにつれ、全身から少しずつ痛みが引いた。そこらじゅうの擦り傷、切り傷、打撲傷が消え、肩の出血がナリを潜め、細胞が穴を塞ご うと活性化する。遮断した視覚の代わりに鋭敏を増した聴覚が、肉が増殖、再生する音をも拾い届けた気がした。
指先が痺れていた。恐らくは血液を失っていたのだろう。急速に補給された体液についていけていないのだ。
(助かった)
死への恐怖が遠ざかり、緊張から解き放たれて目を開ける。まだ動けない。見上げた空の清々しい青さに、自分とは縁遠い平和を感じた。
ああ、でも、一応生きている。
回復するまでは誰も一言も喋らなかった。朝から続く、どこか重苦しい空気が場を支配する。息苦しさを感じたので、最近やたらテレビでよく見る『ミスター サタン』を思い浮かべて明るさを取り戻そうとした。失敗、駄目だ、あの顔ムカツク。
「」
「あ?」
左腕を持ち上げて具合を確かめる私を呼ぶ声に、首を動かして緑色の目に優しくない生物を見る。無感情な黒い瞳と視線があった。
背筋を駆ける不快感。何のせいかはわからないが、私は思い切り顔を顰める。
「もう、動けるな?」
淡々とした声、いつもと同じだと思われるのに。不快で、どこかで垣間見える違和感に急かされた。まだ痛む身体を起こす。だるい、頭が痛い。不快感はその せいか?・・・否。そうじゃない、そのせいじゃない。それだけはなんとなく直感した。
「・・・一応ね」
戸惑う私に、ピッコロの言葉は非情だった。
「ならさっさと立て。修行を再開するぞ」
「ッ冗談じゃない!」
マントを翻す背に、血をのぼらせて怒鳴る。風に煽られた白い布を掴み立ち上がった。揺らされた頭が文句を痛みに変えて伝えてくるのに顔を歪ませた。
「続けられると思ってんのなら、アンタは史上稀に見る巨大な馬鹿だ!血は足りないし頭は痛いし身体は動かしにくいし。続行出来るわけないだろう!?」
「それだけ怒鳴れるならば、十分だろう」
「あのな・・・ッ!」
疲労と怒りで眩暈がした。視線を落として身を竦ませる。赤い色が、私が倒れていた場所一面に広がり、艶やかに存在を誇示していた。
全身を支配しているのは、なにも外的傷害の後遺症だけではない。いや、今重要なのはむしろ、ピッコロが考慮していないメンタル面の方だった。
足元で音を立てる液体が。
これは自分が流したもので。
生命の源であるそれを。
流させたのは何のせい
また、ながさせられたら、どうするの?
「さん」
マントを握り締めた手を冷静な声に震わせる。ピッコロの斜め後ろに控える悟飯に恐怖を覚えた。柔らかな色を帯びていた筈の黒曜石の瞳が感情を灯さず私を 見下ろしている。
私を傷付けた罪悪感。先程までは確かに存在したはずの引け目。そんなものは一切感じ取れない。口元に浮かんだ笑みと目のギャップに、知らず嫌な汗が流れ た。
「さん、我侭言わないで下さいよ」
「・・・・・・あ?」
これは、我侭?一体どちらが!
一歩を踏み出す彼から足が離れたがっていた。超化がどうのの怖さじゃない。得体の知れない「何か」が怖い。
リーチの長い腕が伸びる。
「さ」
「触るな!」
その手が肩に触れた途端、雷光のように嫌悪感が身体を駆け巡った。感じた暗い情念に、悲鳴とも思える声が漏れ、反射的にそれを払い除ける。パン、と乾い た音が響いた。
どこか遠くから光景を見ているようだった。自分がここまであからさまに他人を拒絶したことが信じられない。ヒリヒリと痛む手の甲を無意識に押さえる。
呆然と佇んでいるのは私だけではない。払われた本人も、見ていたピッコロも。目を丸くしてこちらを凝視していた。
「・・・。訳のわからん行動をしていないで、さっさと来い」
数瞬の沈黙の後動いたのはピッコロで、節くれ立った大きな手が私の手首を締め上げる。再び感じた嫌悪感。跳ね除けるより早く強く引かれて、体重移動に間 に合わなかった身体が大きく傾いだ。倒れる寸前で体勢を整える。
「ピッコロさ、放して・・・放せ!」
ヒステリーと言ってもいい勢いで暴れると、付着していた凝固した血液がパラパラと落ちた。まるで防具を取られたような心許無さを感じる。態度に苛立った のか更に強く握られて、凶悪な鋭い爪が皮膚を突き破った。構うものか。こんな傷はなんでもない。
(頼むから放してくれ)
願いとは裏腹に両手を拘束された。これ程に強力な手錠はないだろう。理由の見付けられない混乱に泣きたくなる。
耳元で囁かれた冷たい声が限界を齎した。
「あんまり我侭だと、僕も怒りますよ?」
正面から合った目の奥に男の僅かな狂気を垣間見る。
妙に納得した。怖かったのはそれか、朝からどこかで感じていた「なにか」はその狂気だ。スウと引く熱、抜け落ちる力。首からも力が抜けて俯いた。
あんまり、わがままだと?
「どっちが」
飛び出た言葉は、確か1分ほど前に噛み殺したものだった筈だ。上擦るでも低すぎるでもない、全くの普段通りの声にどこかで驚く。
「どっちが我侭なんだよ、言ってみろ」
「何を・・・」
上げた視線が呆れたような視線と絡み合う。ゆるくなった拘束を払い除けると、しっかりと悟飯の胸倉を掴みあげた。
「今の状態で、修行になると思う?思わないだろ。反応は鈍いし力は入らないし、頭はまだ混乱してるし」
「怪我をすれば、まだ仙豆があるだろう。実践を積め」
「そういう問題じゃないだろ!?」
バッと悟飯を突き放し、ピッコロを見据えた。そこにも同じような狂気が揺らめいている。怖気がした。───本気で、死ななければ何があっても良いと思っ ている。
彼の目に映る自分の顔。己の琥珀の目が湛えているのは怒りだろう。
「軽度の怪我なら我慢もするさ、私だって強くなりたい!けど───」
「でも」
悟飯の声に激昂を抑えられた。苦々しく睨み付けると、真っ直ぐに熱に浮かされたような声が向けられる。夢見るように。しかし決意にも似た感情を込めて。
「でも、さんは、早く強くならないと」
開かれた口が、開き、閉じ、再び開く。けれどその先に言葉は続けられなかった。
ぼんやりと唇を結んだ悟飯を暫し眺めピッコロを見る。そちらも様子は同じで、じっと私を見たまま黙り込んだ。
「・・・ワケわかんないのはどっちだよ・・・」
舌を打って踵を返すと、非難の視線を背に感じた。
「例え体調が万全でも、今の二人と修行なんてしたかないね」
吐き捨てる。眉を寄せる気配に振り向く。シチュエーションを飾り立てるように吹いた風が砂を巻き上げた。
「今の、アンタらね」
足元に気を集中させるにつれ頭が痛んだ。早く帰って横になりたい。
そう考えながら舌に乗せた言葉を、残酷だとは思わなかった。
─────狂ってるよ。
地面を強く両足で蹴る。ザアと風を切る音が耳に届いた。青い空に近付く感覚は嫌いじゃない。空を駆け、赤く染まった服をはためかせる。
はやくかえってよこになりたい。
口中で言葉を転がして、私は舞空術の速度を上げた。
手首から落ちた赤色が眼下に小さくなって。
消えた。
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さしあたって、ボロボロのドリ主が書きたかっただけという問題物
そんなん記念物にするなという話・・・は置いといて
キリ部屋に置くのも微妙なので、DB部屋に普通置き
長くなっちゃったせいも手伝って、意味の取り辛いモノに・・・申し訳ありません
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