所詮他人なのだから
 口で言って貰わないと、私にはわからない







dizzy番外編
ULL PAIN 後編







 「・・・どうしたのよ、ちゃん」
 空が赤く染まり始める少し前。不機嫌を隠すでもなくブルマ宅に戻った私に、ブルマは酷く驚いた顔を見せた。ゴキゲン斜めなのがそんなにも珍しいことか? 思ったが、違った。
 彼女の視線を辿って顔を下ろせば、破れに破れた服、目立つ左肩に穿たれた大きな穴。元患部から足元にまで流れた血が、衣服の大部分を赤黒く染め抜いてい る。こりゃあ、どうしたのと聞きたくもなるわ。苛付きの発端場所を離れて幾分冷静になった頭がぼんやりと考えた。
 「ちょっと一方的っぽい感じの騒動が。・・・お風呂入って良い?」
 憮然と、けれど出来るだけたいしたことはなかったように気を付けて言う。どうやらブルマは動転しているようだった。こんな姿を見れば当たり前の反応かも し れないけれど。
 「え、ええ。すぐ沸くから、ちょっと待っててね」
 言ってブルマは家の奥へと駆けて行った。

 上空の風を受けて乾いた血が、肌に、髪に張り付いて邪魔だ。おまけに臭気が気分を更に地へ落とす。バサバサの黒髪を一束摘んで、思いきり顔を顰めた。血 の 塊が玄関に落ちる。
 暫し悩んで私は踵を返した。無駄に大きく重い玄関扉を押し開け、再び屋外へと身を運ぶ。気持ち悪さに気付いてしまったからには、早くこの血を洗い流した かった。
 くるりと振り向いて、遠くなったブルマに一声かける。
 「とりあえず、庭で水浴びてきます」
 言葉が届いたかどうかは確認しなかった。まあ、風呂場に行った彼女に届くような大声は出していなかったから、99%確率で聞こえてはいないだろう。適当 に 見計らって戻れば良いことだ。
 硬質の靴裏を交互に地面に叩き付けて、広い広い庭を目的地目指して横断した。








 この家にしては旧式の蛇口を捻る。耳障りな音を立てて元が緩むと、足元に転がるホースから勢いよく水が噴出した。
 ボタンで切り替えて水流をストレートからシャワーに。高く掲げて頭からそれを浴びる。
 (冷て・・・)
 服に入り身体を伝ってパタパタと落ちていく水は僅かに赤い。草に染み入る血液に眉を顰めたが、まあいいかと頭を切り替えた。ベタベタに濡れた芝生の上に 座 り込む。濡れて張り付いた衣服が気持ち悪かったが少なくとも血によって密着しているよりは爽快だ。

 ピッコロの爪に破られた腕の傷が、うっすらと赤みを残して残っていた。後数時間もすれば完治する筈だと検分する。更に視線を移動、破れた服の箇所から重 症 であった患部を見ると、既にかさぶたが取れた跡のような、僅かに周囲と色を違え微小に盛り上がった皮膚が再生していた。しかし恐らくこれ以上は治らないだ ろう。
 このままきっと傷口は残る。
 思わず唇を噛み締めた。別に、跡が残ることなどどうとも思わない。残る傷なんて今更で。
 ただ。

 「何をしてやがる」
 思考に沈みかけた私を強く引き上げる声。背後から響いた音に驚いた。
 「ベジータさん」
 首だけ回して名を呼ぶとただでさえ険しい眉間が益々境界を色濃くする。不機嫌ではなく「訝しむ」という表現だと読めるようになったのはいつだったろう。
 「修行はどうした、ボロ布被りやがって」
 「一般名称は服だったモンですが・・・」
 ふん、と鼻を鳴らす男につい苦笑した。大股に近寄るベジータを見上げる。

 天に向かう黒髪の向こうに、憎たらしいほど燦々と、そろそろ赤く輝く太陽が顔を覗かせていた。気分とは見事に正反対で、ギャップに笑いすら込み上げてく る。気分を転換す るように頭を2、3度強く振ると、滴る水が飛んだのだろう、顔を顰めたベジータに珍しくしっかり手加減されて殴られた。多少頭が落ちるだけですむ。
 「本気で殺されそうだったんで、本能の赴くままに逃げてきました」
 「・・・いつものことだ」
 「比じゃなく。戦闘に関してはあの人等の考えいつもわかんないけど、今日という今日は本気でわかんない。最近ずっと不機嫌だったし」
 視線が顔から左肩へと移動。傷の具合を観察し、得心行ったらしく皮肉げに口元を歪めた。
 「なるほどな」
 呟く声は、何か色々と含みを伴って空間に響く。殺されかけた事実だけに対する一言ではない。読みにくい漆黒の瞳が私を揺ぎ無く見詰めた。

 「他に何か、気付いたことはあるか?」
 偽りを許さない瞳に追い詰められる。別段嘘を付くようなことはない筈なのに、その瞳はやけに私に無駄なプレッシャーを与えた。視線を反らして今の今まで 出 しっぱなしだったホースの水を止める。
 暫し逡巡して口を開いた。
 「何かって・・・例えば、目がイッちゃってたとか、さっさと短絡的に強くなれみたいに言われただとか、そういう?」
 「ほう」
 片眉が興味深そうに上げられる。意味がわからないリアクションはこの上なく苛立たしい。わかったことがあるんなら、適当な堤防で防衛を続けていないで、 さっさと決壊させろ。自分の表情が無意識に険しくなっていくのを感じた。
 「強くなれか」
 「正確には『強くならないと』ですけどねえー・・・包み隠さず素早く吐いて下さいよ」
 男が笑う。唐突に空に顔を向け、腕を組んだまま白い壁に背を預けた。

 「ベジ」
 「今日がどんな日か、知っているか」
 知るもんか。瞬時に出かけた声をすんでの所で引き戻した。即答は恐らく彼の不機嫌を引き出す結果に終わるだろう。
 私は基本的に大事な祝日ですら疎い人間だ。みの○んた司会の昼の某番組ではないのだから、まさか昔どなた様かがエレキテルを発明した、何て史事も勿論知 ら ない。いや、流石に「私の世界」でのことならそれなりに学んできてはいるけれども。
 そういう訳でさっぱりわからないので、取り敢えず口を閉じて答えを待つことにした。
 反応を確かめるように顔を覗き込まれる。





 「今日は───」





 ダン、と空気を蹴って空を飛翔する。脳内は悔恨だらけで、ついでに目の前が怒りで真っ赤に染まっていた。
 「あの馬鹿共、たまには、理性とか思考とか最低でも誤魔化しとかいう単語を、思い出せないのか!?」
 息が切れ、高度を保つことも難しくなってくる。それでも一刻も早くあの強大な気の持ち主2人の所へ戻りたい・・・否、戻らなければいけなかった。
 「いっぺん月に出掛けて冷えて死ね、クソ野郎ッ!」
 誰にも届かない罵詈雑言は尽きない。ありとあらゆる罵倒を空気中に拡散させる行為が最高に無意味であることなど百も承知。知る言語の全て。それでも撒き 散 らさずにはいられないのだ。
 「・・・真の馬鹿2人、絶対殴ってやる・・・」
 遥か眼下、凄まじいスピードで流れていく荒野を睨み付け気を探る。壮絶に不器用なあれらなら、恐らくはまだ別れたままの場所で組み手なりなんなりしてい る ことだろう。
 逸る心を騙して、更に速度を上げようとする自分を制した。気を読むことはそう得意じゃない。この広大な敷地では下手をしたら何往復しても見付けられない な どという情けない可能性もある。ならば多少ゆっくりとでも、確実性を追求した方が利口というものだ。

 と、ギリギリまで振り絞った感覚の網に、こちらが困惑するほどに迷情を含む気が引っ掛かった。目を細めてそちらを見れば、ゴマ粒にも満たない黒点 が・・・ 2つ。移動する気配などさらさら見せずに座り込んでいて。
 (ああ、くそ)
 傍迷惑で、どうしようもなくて、天然で公害、常識知らずの無駄知識持ちで。
 『八つ当たり』すらうまく出来ないほどに不器用で───
 「馬鹿野郎」
 呟くと、何だか私が泣きたくなった。








 さん、と心底驚いた声で名を呼ばれた。僅かに距離をとって地上に立った私に送られるのは、驚異の実に居心地の悪い視線。苦々しげに一度舌を打って、 無 造作に悟飯に歩み寄る。
 「さん、何で」
 視界の端には私の流した大量の血液跡。地べたに座り込んで見上げる少年に苛立った。馬鹿みたいに口を開けて呆けて、戦闘中の気迫の欠片もないその間抜 けっ ぷりは一体何の嫌がらせだ。
 数メートル離れに立つ師匠の呆然っぷりにも腹が立つ。いつものきつい視線はどうした。

 この瞬間に言い訳の一つも思い付かないのか、歴史上類稀なるドアホ共が!

 「・・・立て」
 「え」
 「さっさと立て!」
 「あ、は、はい!」
 いつになく怒りを露にした私に何を感じたのだろう、ワタワタと慌てて───ちなみにそのせいで余計動作としては遅くなっている───立ち上がった。冷た い 視線をそのままに、悟飯の頬に右手を宛がう。
 「歯、食い縛って」
 状況判断も追い付いていないようで、この指示にもすぐに従った。顎が引かれて歯が上下きっちりと合わさり。
 私の拳は腹に鋭く見舞われた。
 「─────ッ」
 気を纏わせ渾身の力を込めた一撃は、無防備だった急所に予想以上のダメージを与えたらしい。目を見開き身体を折って、ゲホ、と大きく咳き込む。
 「は、歯ァ食い縛れって、言ったじゃないですか!」
 「やかましい!フェイントは当然だと思っとけッ!」

 怒鳴ってくるりとピッコロを見据えた。黒い双眸に怯えが走る。一歩を踏み出すと、あちらも一歩後退した。自分の眉がつり上がるのを感じた。
 「ピッコロさん、腹かホッペか、どっちが良いですか?」
 自然に笑みを浮かべた私の顔面は、多分引き攣って見えたと思う。大きく口元をひくつかせた師が目を盛大に泳がせて・・・意を決して言った。
 「は、腹だ」
 「了解」
 返事と共に足が飛ぶ。ボロボロの黒い下衣の裾が風を受けて舞う。
 今までの人生最高の速度で動いた足は的確に、防御体勢をとった師の腹に命中。彼が気を抜いた次の瞬間には、見事にピッコロの顎の下に命中していた。
 「ぴ、ピッコロさん!」
 足の力は手の3倍。傾いだ長身(羨ましいことに細身)の胸を無造作に蹴ると、そのままバランスを崩して地面に衝突。呻き声が弱々しい。顎を片手で押さえ て起き上が る 動作が遅々として、何だか多少の馬鹿らしさすら覚える。今日だけで何度馬鹿って言ってるんだろ?

 駆け寄る悟飯がナメック人に声を掛けるのを、幾分かスッキリとした気持ちで見守った。
 「・・・・・・!何をするんだ、キサマはッ!?」
 「ちょっと言いたいことがあって」
 ケロリと言う私に、少年の不審そうな目が向けられる。
 「言いたいことがあると、殴るんですか・・・?」
 「馬鹿言え。今のはさっきの仕返し。肩に風穴開けてこんだけで済ませてあげるんだから、有難く思えよ」
 無論そんな視線に言葉を失う私ではなく、余裕で鼻で笑い飛ばしてやった。バツの悪い顔を見るに、一応気にはしているらしい。
 はあ、と大きく溜息を吐く。頭をガシガシと掻いて真面目な顔に戻す。琥珀の瞳に2人を移すと、ささくれ立っていた気分がゆっくりと落ち着いていく。
 焦り、不安、悲しみ。そんな負の感情の混じる黒い瞳に納得がいって、何故気付かなかったのかとも少々思った。けれど、決して悪いのはこっちじゃない。ん だ けど。


 「八つ当たるんなら、最後にはちゃんと言い訳して」
 言葉は特に選ばなかった。目を丸くする男達に構わずに続ける。
 「ヤなことくらい誰にでもあるし、八つ当たりくらい誰でもする。聖人君子じゃないんだ。一生誰にも迷惑かけないなんて完璧なヤツはいないと私は思って る。 意図せずに何か仕出かして後から気付くことだってあるだろうし、機嫌悪くて『やりすぎる』こともあるんだよ。だったら最初でも最後でも良いから、やっ ちゃった理由を言って。言い訳くらいはちゃんとして」
 機嫌が悪くて八つ当たり、にしては度が行き過ぎていたけれど、基本が違うのなら仕方ないとも諦めが付く。幸いと仙豆という便利なものがあるのだから、致 命 傷でも死にはしないだろう。けれども。
 「わからなかったら悔しいんだ。自分は何も悪いことはしていない。自分が理不尽に攻撃された理由がわからない、何もいってくれない。何でだよと思って疑 心 暗鬼になっても、わかんないモンはわかんないでしょう?だから、いくら好きだったヤツにでも、その後ギクシャクするか、或いは嫌いって感情が芽生えてくる かもしれない。それは───」

 ただ、悔しい。
 理由もわからずに関係を壊すしかない、そのどうしようもない不快感。途方に暮れて、でもやっぱり感情に折り合いが付かずに、壊す。
 折角築いたこの心地良さを手放すにはあまりにも惜しく・・・悔しい。

 淡々と紡いでいるつもりだったが、いつしか自分が泣きそうに顔を歪めているのに気付いた。涙は零れないけれど、目の前が微かに揺れる。一度唇を噛んで、 無 駄に騒ぎ出したい衝動を胸に収めた。
 「さ」
 「だから、ちゃんと言って」
 気遣わしげな声をわざと遮る。半端な言葉を更に半端に区切ってしまいそうだった。
 ベジータの寂しい声が脳裏を擽る。彼もまだ吹っ切れていない。きっと、あの人も、一生吹っ切れない。それでも目の前の2人より、その辺り精神は成熟して い て。

 『今日は、カカロットが』

 「大事な人が・・・亡くなった日なら、最初からそう言っといて・・・」

 『死にやがった日だな』

 「・・・
 敢えて固有名詞は出さなかった。
 そんな事実は知る筈もないのだ。一年前なんて私はこの世界に来ていないし、この世界を知りもしないし、今も鮮明に悲しむ誰かに命日を訊けるほど無神経で は ない。
 つと視界を地面に移し、不明瞭だった言葉を反復する。
 『でも、さんは、早く強くならないと』
 つまりは戦いで死ぬような弱さでいるなと言うことだった。父親が死んだから、同じようには死ぬなと、彼のトラウマに触れるなと。ピッコロの妙な反応も結 局 はそれが根本。
 (何て傲慢で、自己中心的で、勝手な行動だ)
 ただし人間であるが故に気持ちの大筋は理解出来る。だから私は悪くないのだとわかっていても、暴言を吐いた後味が悪いのは変わらない。

 「・・・悪かったよ、狂ってるとか言って」
 そこまで言って、再び両者に目を戻す。明らかに胸に引っ掛かっていた気持ち悪さは軽くなっていた。
 「あ、いや、こちらこそ・・・八つ当たりでした、ゴメンナサイ・・・」
 「わ、悪かった・・・」
 呆然とした声と視線。私の視線と交わると、顔を見合わせて2人は苦笑した。
 あっさりと氷解出来るモンだな。小さく呟いて、力を抜いてその場にしゃがみ込む。そして念の為もう一言だけ。
 「所詮他人なんだから。口で言って貰わないと、私にはわからない」






 一段落して落ち着いた心に合わせ、ゆったりと身を伸ばした。あちらもどうやら何でか落ち着いたらしい。悟飯が静かな黒い目を向けて、意外だと口を開く。
 「・・・僕、さんって読心術とか使えるんだとばっかり」
 「何でそう思うのかがまずわかんない」
 「だって、いっつもこっちが発言する前にはもう何するかとかわかってるじゃないですか」
 そりゃ行動が読みやすいから。
 言い返す前に、ピッコロまでもが同意を示す。
 「そうとしか思えん行動ばかりだろうが、戦闘中も、日常も」
 「適当に察すると当たるだけさぁ。私はエスパーじゃないんだし」
 わかんないよ。吐息に同化して零れた声を不思議そうに見るな。

 ゴロリと寝転がると、広がった服の裾が見えて顔を歪めた。服は赤く、ボロボロ。そういえば私はブルマに風呂とか頼んでなかったか。
 「や、ヤバイ、帰る!」
 腹筋を使って慌てて起き上がり、そのままの反動で地を蹴り付けて飛んだ。アハハと笑う朗らかな音が憎い。師匠は意地悪く邪悪な笑みを浮かべているのだろ う。
 (この心地良さが)
 今手放すには余りにも惜し過ぎる。
 小さく笑って、最大出力で気を後方に押し出した。ベジータに馬鹿にされて、ブルマに怒られるくらいは我慢しよう。


 忌々しかった赤を纏う、空がとても綺麗だった。




 ←back

結 局何が書きたかったのか、最後の最後で見失いました(馬鹿)
当初の趣旨と何となくずれた・・・ピッコロさん出番少な
も、もしかしたら今までで一番これが長いかもしれません
馬鹿って何回使ったんでしょうね


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送