気が触れたのかとでも言いたげな琥珀玉に射貫かれた。
「弱虫?」
「はあ」
修行から逃げ出して孫家にやってきた神楽。彼女くらいにしかこんなことは漏らせないと思う。
複雑そうに顰められた眉と、憮然と引き締められた唇が不満そうだ。熱い茶の入った湯飲みを両手で持て余している。
「悟飯くんが、弱虫って?」
再び神楽が口を開いた。何故だか責めるような視線を感じ、目を床に落とす。
「言われて、そうなのかな、と」
「ふうん」
関心を示すことなく会話は打ち切られた。ずず、と茶を啜る音が響く。まだ熱かったらしく、すぐに口を離して顔を顰めた。
「あの」
居た堪れなくて顔を上げる。冷たい瞳が悟飯を見下していた。
中学の同級生に理不尽に向けられた言葉が酷く憎らしく感じられる。自分がこんな目を与えられているのは全てそのせいだ。
殴られて、殴り返さなかった。それが弱虫なのだと言われた。殴り返すだけの度胸もないのかと嘲笑われて、半分のサイヤ人の血が怒りを覚えたのをどうにか
抑えた。
気にして気の置ける人間に相談した、その結果がこの瞳か。
真っ直ぐに向けてくる嘘のない瞳が深く心臓を抉る。普段明るい人なだけに、感情のないそれが恐ろしい。
「それは、弱虫の所業だと思ってんの?」
わからない、と小さく首を振った。重い溜息が漏らされて、ビクリと身を竦める。こんなことで嫌われるのは御免だった。
「だって、殴ったら、痛いでしょう」
「そうだね」
がしがしと黒髪を掻き乱す、その気持ちがわからない。不機嫌というのもまた違う気がするのに、確かに苛立ちは感じ取れた。
「あのね悟飯くん。何で犬が吼えるのか知ってる?」
唐突に話題を変える。首を傾げて手を振ると、良く透る声が空間に響く。
「怖いから、威嚇するんだ。来るな、近付くな、俺は強いんだから、お前みたいなのは敵わないぞ、と虚実を見せ付ける。良く言うでしょ、弱い犬程よく吼え
る」
逆に、と人差し指を立ててくるりと回した。
「大人しい犬は、大体が必要ないから吼えない。手を出されても怖くないから、威嚇して相手を遠ざける意味がないんだ」
冷たかった瞳が仄かに緩んで、きつい光を緩和する。口元が軽く笑みを刻んだ。
「それをふまえて」
湯飲みの温度を慎重に確かめて口に運ぶ動作は幼い。先程の人物と同一だとは思えないような空気の違いに、ついぽかんと口を開いた。
「反撃しないことは、弱虫の所業だと?」
無意識に首を振る。まだ意味は浸透していなかったが、今までの冷たさが呆れから来ていたものだとは理解できた。
優しい、て言うんだよ、そういうのは。呟きを耳にして、固まっていた身体に温もりが戻る。
「ばかだね」
琥珀の瞳が閉じられた。
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