「お邪魔しました」
玄関を開ける。ベランダから出るのは止めろと「こちらの」母親に言われてしまったのだが、玄関を潜るという動作は久しぶりだった。
「・・・あれ?」
ふと届いた疑問符に顔を上げると見覚えの無い少女。・・・とは言え同じような年齢だろうか。
琥珀色の美しい瞳をぱちくりと瞬かせ、こちらをじっと見詰めていた。
片手に買い物袋を提げているのだから、きっと「話題の居候」だろう。漆黒の髪も話の通りに艶やかだ。
決して童顔という訳ではない(と思う)のだけれど、呆然と僅かに口を開けて佇む姿はどこか幼く愛らしい。他人に好かれるタイプだろうと思った。
「こんにちは」
「あ、どうも、こんにちは」
挨拶をすると困惑しながらも頭を下げる。試しにニッコリと笑顔を作ると、反射なのか少女もへらりと気の抜けた笑顔を返してくれた。
気配を感じ取れなかった自分には驚いたが、よくよく見てみればそれも当然だった。彼女の気は酷く感知しにくく、また、透明で、この世界の住人とは質が違
う。
楽しいというか、面白いというか。もう少し見ていたい思いはあったが、そうそう長居も出来ない身。
惜しい気持ちを押し込め、少女の頭に手を置いた。
「じゃあね」
大地を蹴って空へと飛び立つ。
その背中に、しばらくは視線を感じた。
一方。
「・・・あ、あれ、トランクスくんって、え、あれ?」
風のように去っていった青年(17歳くらいだと思う)を見送って、神楽は混乱に頭をかいた。
耳元で囁かれたら腰砕けたりすんのかなあと思える極上の声は知らないが、その色合いや顔立ちには見覚えがある。
深い草色の瞳と竜胆紫の細い髪質。よく人の布団にいつの間にか潜り込んでいる悪ガキが、確かあんな感じだったような。
「ええええええッ?」
いっそ夢だろうか、と思い切った考えを浮かばせて、喘ぐ。
左手の荷物が現実を主張する、平日の午後。
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