SSS
 

 また何だか大人たちが色めき立って騒いでいた。特に一人、普段のトラブルメーカー第一人者が。ペタリ、と小さな筆を滑らせる神楽を眺めながら、騒ぎの馬 鹿らしさに思いを馳せる。
 そんな訳ないだろー・・・。
 溜息を吐いて横たえた上体だけを起こしトランクスは口を開いた。
 「神楽―、それ楽しいー?」
 「んなわけないでしょ」
 僅かに尖らせた唇が拗ねたように息を漏らし、濡れた指先を乾かす。表情はどこまでもいたって真剣。ひらりと翻った左手が苛立ちに筆(のようなもの)を置 き。
 「ああもう、上手くいかない」
 薄っすらと桜色に染まった爪が高く掲げられるのをぼんやりと目に入れて───。

 「神楽さんがマニキュア買ってたって、本当?」
 まあ、買ってたけど。何で、悟飯さん。
 「だってあの人化粧とか普通しないし」
 しないけど、したって意味ないからじゃない?周りが周りだし。
 「ならマニキュア買うのも必要ないと思うんだけど。どうせ修行で取れるんだから」
 神楽のことだから気紛れとか・・・何か理由があるとしても、悟飯さんがそんな気にするようなことでもないと思うんだけど、オレ。
 「だって、もしさ」
 ・・・もし。
 「色恋沙汰だったら」
 ・・・ないだろうけど、だったら?
 「すっごい楽しい奇跡だし」

 そんな訳が。

 「あるはずないのが、いい加減わかんないもんかなー・・・」
 「何?」
 「何にも」
 除光液で右手の爪の色を落とす神楽に、例えば一体いつレンアイする暇があったと言うんだろう。親友の兄は頭は良いけど結構馬鹿だと思った。少なくとも先 日の会話からすれば頭の良さの片鱗も窺えない。
 「・・・何でいきなりマニキュアつけてんの?」
 再び小筆を爪に近付けた所にやる気なく疑問を放り投げると、一旦動きを止めて、半ば睨むようにトランクスに目を向ける。何故だか小筆をパスされた。ベッ ドにつけないように起き上がる。
 「誰かさん達のひっどい教育で、人間の私の、かよわーい爪が割れたから」
 ん、と尊大に右手を突き出され、苦笑を漏らす。ほんの僅かしか色のつかない、無色一歩手前のマニキュア。説明と爪補強のためだけのそれにいやに納得し た。
 「手伝う?」
 「よろしく下僕」
 完全な無色ではない辺りに仄かな気紛れを感じつつ小瓶を取り上げて。

 (レンアイゴトにはもうちょい関わらないでいてほしいよなあ)

 出来ればもう少しの間は自分の「姉」でいて欲しい。
 片手間に本を読み始めた神楽に知られたら笑われそうな可愛らしい夢を抱き、上機嫌に自分より大きな手を取った。



   
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