頭の上で目覚まし時計が煩く怒鳴る。今日は土曜日。どうしてゆっくりしていていいはずの今日、無機物ごときにせっつかれなきゃいかんのか。叩き付けるよ
うに騒音を諌め、トランクスはベッドに帰還した。
霞掛かった頭に響く、涼やかな鳥の囁き。閉じた瞼が赤く透ける。本日は文句のつけようもない晴天なり。遠退いた意識の中でそう認識し。
「あ、あああ───ッ!?」
奇声を発して飛び起きた。
慌てて目覚ましを見ると、それが己の役目を終えた時間からすでに30分を過ぎていた。青褪めてベッドから降りると、ボタンを飛ばす勢いで寝巻きを剥ぎ取
る。
晴天ならば、運動会!すっかり忘れていた寝惚けた頭が心底憎い。適当に引っ張り出した服を手早く身に付け、荷物を持って部屋を出た。
「か、神楽、どいて!」
「あれ、おはようトラくん。早いじゃん」
廊下に荷物を放っぽり出して洗面所へ。タオルに顔を埋める先客を脇に退かして蛇口を捻る。
「今日、運動会だって言ってただろ!」
「そうだっけ?だとしたらブルマさんも忘れてるよ。おべんとなかったもん」
「マジで!?じゃあ昼食なしかよ!」
「ご愁傷さま」
何て薄情な居候だろう。ヒラヒラと手を振りつつ狭いスペースを抜け出した背中を恨めしく見送り、いや、そんな場合じゃない。普段より雑に顔を洗い、シャ
アも顔負けのスピードで歯を磨く。口を濯いで、そういえば拭うのを忘れていた顔にタオルを押し付けながら洗面所を脱出。
「あら、トランクス、早いじゃない。おはよ」
「今日運動会!」
あらら、と目を見張る母の前に置かれたパンを掻っ攫い、口に詰め込んで家を飛び出した。
地を蹴り、跳躍。そのまま外へ舞い上がり速度を上げようと気を満たし。
「トラくーん、ストップ!」
「ひほいへふんはっへは・・・!」
声に急停止して振り返る。抗議の言葉は空しくパンに吸収された。
地上から叫ぶ神楽の手には、弁当箱とパンと、野菜と、ハムと、包丁、が。
「ちゃっと受け止めてねー」
言うが早いか、彼女の左手が弁当箱の蓋を、猛スピードで振り抜いた!
続いて薄切りのパンを投げ、野菜を投げて包丁を閃かせる。更にハムを投げて包丁を一閃させ、またパンを投げた。パン、野菜、ハム、パン、パン、野菜、ハ
ム、パン、ミニトマト───弁当箱。
呆然と見守るトランクスは、飛来した蓋を半ば無意識にキャッチした。
「え」
連続する軽い衝撃、衝撃、衝撃。最後に一際大きな衝撃を受け止めて、唐突に連鎖は終わる。
そろりと手元を見ると、そこにはまるで、完成品のそれを投げたかのようにきっちりとサンドイッチが納まった弁当箱が鎮座して。
「ん、いってらっしゃーい。頑張ってね」
ひとつ欠伸を残して家に戻った神楽が元居た場所には、野菜クズひとつ落ちていない。
時間に追われる身をも忘れて、トランクスは思い知った。
「・・・すげえ・・・」
彼女はある意味、自分たちを超えたのだ。
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