気が付けばぼんやりと街を徘徊していた。徘徊って言うとまるで少々行動に問題のある老人みたいな響きがあるが、実際同じような心地なんだから仕方がな
い。不名誉な称号は甘んじて受け止めようと思う。
景色を見るに、歩き慣れた場所だった。街に中には人っ子一人、猫の子一匹どころか蚊トンボ小虫すら見当たらなくて、正直不安になってくる。人の多いはず
のメインストリートで、どうして誰もいないんだろう。
裏路地に入る。ゴミが散乱していた。そうであるからには散らかした人間が存在して然るべきだというのに、やはり気配もない。数秒躊躇って、踵を返してま
た表通りに飛び出した。
街は静かで、鳥の囀りはおろか、風の音すらしない。不自然な静寂が耳を刺す。精神と時の部屋にも似た空気が心臓を圧迫する。跳ね上がった鼓動に咽喉が痛
んで、ぐっと目を閉じた。
途端、慣れた音が鼓膜を震わせる。
目を開けてみれば、いつも通りの景色だった。人は歩いているし、車は走っているし、鳥も犬も元気に鳴いている。喧騒にほっとするなんて体験はめったにな
い。目を伏せて、無意識につめていた息を吐き出した。
いつの間にか辿り着いた『家』の戸を潜る。
ただいま、と軽快に声を上げた。返る声がない。大方どこかに出掛けているんだろう。あっさり結論付けて、リビングに入る。先程経験したばかりの静寂を思
い出して嫌だから、テレビでも見ていようと思う。
併設されたキッチンで手を洗って、冷蔵庫から飲み物を取り出す。コップに注いでまたリビングに出て───ふと備え付けの大きな鏡に目を奪われた。
笑う自分が(・・・何やって・・・ばーか、早く・・・)とても楽しそうに笑う自分が(見て見て、やっと・・・できるように・・・)傍目に見て幸せなのだ
なとわかるほど素直な笑みを浮かべる自分が(どっこも行か・・・、だって約束・・・たで・・・)霞掛かった顔の見えない誰かと言葉を交し合って生きる自分
が、映し出される虚像の中には存在して。
───あれ、ここって、どこだっけ?
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あ、起きましたか?」
「神楽、寝坊するなよなー」
「おねえちゃん、早く起きて!」
ぱちぱちと瞬く視界の中で見覚えのある子供が笑っている。背中には柔らかい感触。寝ていたんだと気付くのに、馬鹿みたいに時間がかかった。納得したとい
うのに、口から出たのは。
「ここ、どこ」
なんて間の抜けた疑問で。違う、何言ってるんだ私。そりゃブルマさん家の目下私の部屋に決まってるじゃないか。
決まりきった問いかけは、出てしまったからにはもう口の中には戻らない。呆れた視線と共に投げ渡された返答に謝罪して、ベッドに突っ伏す。
「何をしている、神楽。さっさと出掛けるぞ」
うん、わかってる。わかってるんだ。わかってるから少しだけ。
少しだけ、休ませて。
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