「ピッコロさん大好き。ピッコロさんがいるだけで世界は薔薇色だし、横に立ってられたら今すぐ世界が崩壊してくれてもいい」
(ピッコロさん大嫌い。ピッコロさんがいなくなれば世界は薔薇色
だし、ピッコロさんがいなくなってくれるなら今すぐ世界が崩壊してくれてもいい)
「オレの方が何百倍も好きだ。お前を守ることがオレの生きている意味だろう。お前が幸せになるならば、オレは今すぐ世界を崩壊させてもいい」
(オレの方が何百倍も嫌い
だ。お前を殺すことがオレの生きている意味だろう。お前が不幸になるならオレは今すぐ世界を崩壊させてもいい)
拳を握って、半身を引く。鋭い目線に捉えられての恐怖などとうに失せたが、それでも殺気に竦む身体は生物としてどうしようもない。踵を地面に何度も叩き
付
けて無理矢理自分のリズムを取り戻す。
「ピッコロさんを殴るなんて、絶対嫌です」
(ピッコロさん恍惚とした気持ちで殺す)
「神楽を殴るなど、身が引き裂かれる思いだ」
(神楽嬉々として殺す)
気を集中させる。じわりと熱くなった身の中心に意識を置くように心掛けると、周囲の草が私を中心にして揺れた。風の音が耳を切る。深く息を吐いて溜まっ
た
熱を発散させた。
準備完了。
そして暗転。
「神楽さん、起きてくださーい」
僅かな苦悶を浮かべた神楽の身体を揺すって寝覚めを促す。うう、と小さく唸った彼女は、どうせまた夢の中でもピッコロとの修行に勤しんでいるのだろう。
嫌
だ嫌だと言いながら難儀なことだ。どうせなら僕と変わってくれればいいのに。
「起きて下さい、神楽さん。修行なら今から現実でしますよ」
未だ夢から覚めない神楽の眉が嫌そうに寄った。条件反射拒否とは器用だ。不憫とも言うかもしれないけど。
聞き取れない音量で何かしら呟いた。多分いつものようにピッコロに対する罵倒か何かに違いない。
「神楽さん」
「悟飯、どけ」
痺れを切らしたピッコロが足を振り上げた。あ、という僕の声を無視して、ベッドに、詳しく言えば神楽に向けて凶器と化した人体の一部が直滑降。
ゴズ、とも、ぐむ、ともつかない妙な音がした。
「起きろ」
咳き込むこともできないらしい。踵が直撃した腹を抱えて蹲る哀れな姿。丸まった背を躊躇いがちに擦る。ほら行くぞ、やれ行くぞ。惨状を歯牙にもかけずに
促
す大好きな師匠は、もう少しくらいは加減を覚えてもいいと思う。
「・・・・・・・・・」
「行くぞ貧弱な弟子」
ゆうらりと枕に顔を埋めたまま視線だけが動く。夢の中から唐突に引き摺り出された反動か、どこか半次元ずれた場所を見るような目が、宿る明確な殺意と相
俟って怖い。
喋れる程度に回復したらしい彼女が口を開く。
「ピッコロさん愛してる」
瞬間、部屋が亜光速で流れてきた氷で埋めつくされた。何だろう今の死の言葉。何だろうこのエターナルフォースブリザード。神楽さん知ってますか。その
技、
相手は死ぬんですよ。
「な」
「ピッコロさん死ぬほど愛してる。私いつでもピッコロさんのこと考えてる。ピッコロさんと出会って本当に良かった。ピッコロさん以上に愛した人はいない
よ。愛って言葉は、ピッコロさんへの深く、すべてを包括するような感情を説明するために発明されたのかもしれない。十分な言葉じゃないような気がするんだ
けど、でも今あるうちでは最高の言葉だから千回でも言わせてください。あなたのことを愛という言葉以上に愛しているということを。永遠の愛、私はそれを今
確かに信じようって気になったよ。一生この気持ちは消えないし消す気もない。もうピッコロさんがいないと私生きていけない。私の全てに誓って愛してる」
魂まで崩壊するようなダメージを食らったピッコロに全身全霊をかけた神楽のロイヤルコンボが炸裂したのを、僕は多くの哲学者が考え続けてきた自分という
存
在の証明方法に思考を巡らせながらぼんやりと見ていた。
(さかさまの夢)
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