行きなれた道を上空経由で訳もなく進む。今日も寝床から出ることを渋るのであろう神楽を思って、ピッコロは溜息を吐いた。
何故態々迎えに行ってやらなければいかんのだ。きっと琥珀の目を持つアレが聞いたら頬を膨らませるのだろうことを呟いて、ふいに道をずれた眼下に見慣れ
た姿を認識する。
(珍しいことだ)
緑とは一切無縁な荒野に赤い服は良く目立つ。目当てだったものを見て、だがしかしピッコロは顔を曇らせた。
気が濁っている。
透明な気を持つ神楽にして、それは恐ろしく稀なことだった。というか、ピッコロは一度もこの少女の濁りを目にしたことがない。鮮烈に、鮮明に。光を発す
るような普段の気は性格の明るさを証明するようであったから、まさかそれ以外があるとは思いもしなかった。
降り立つでもなく迷う。声を掛けるべきだろう。修行を促しに来たのだから。
けれど。
(あれは、何だ?)
祈るように額の前で手を組み顔を膝に埋めて座り込む、その姿に見覚えはない。小さく蹲った背が、あののびのびとした姿とどうしても重ならない。
(あれは誰だ?)
僅かに見える横顔は苦渋に満ち、唇を固く噛み締め。二度と開くことがないかとも思う程に強く閉められた瞼は震え。涙を流していないのが本当に不思議な程
だった。
6ヶ月も前に現れた神楽が、こんな様子を見せたことが今までにあったか?
自問しても答えは返らない。初めて拾った時ですら、軽い苦悩で済ませていた筈だったのに。
「・・・お、さんッ」
低く唸るような声音に、柄にもなく肩を震わせた。押し殺された音を拾う耳が忌々しい。父さん、と確かに聞こえた声が、弱く震えていたのに驚愕する。
(あれが、同じ、人間か?)
この場に悟飯がいたなら何と言うだろう。慰めるか、立ち去るか。どちらにせよ同じように凍りつくのであろうことだけ確信が持てた。思うまい。神楽が一
人、人目を忍んで苦しんでいようとは。
「私は、・・・て、帰・・・ッ・・・」
二度目の言葉は聞き取れなかった。囁きにも満たない音は、荒涼とした大地を吹き荒れる風に流される。
「ごめんなさい」
酷く鮮明に三度目の言葉が耳に届き。
意味を考えるでもなくピッコロは白いマントを翻した。
殺した気配に神楽が気付くことはない。
誰も知らない場所で、ひとり。
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