神楽は強くなりたいのだと言った。
「何故だ」
尋ねたベジータを不思議そうに見返して、女はひとつ瞬きをする。
「動機ですか?それに連なる用途ですか?」
首を傾げて神楽が問うた。僅かに逡巡してから「両方だ」と告げる。思慮に入る姿を見、腕を組んで様子を観察した。
周りの奴らは神楽を「少女だ」と言う。ベジータにはそれがわからない。
コレはどう考えても「女」なのだと思うのだ。思考、計算高さ、在り様、眼差し、どれを取っても。その存在定義を誰かに依存している「少女」ではなく、他
人に道を造らせて足元を固定させる「媚女」でもなく、一人先を見詰め、確固とした己を保てる「女」。言動のおかしさはアルレッキーノの才能隠しのように、
獣の王のような絶対感をその手に握る、ある意味では無双の。
感情的に見えて、その実恐らくは誰よりも冷静さを失わない瞳がやんわりと空を仰いだ。
「質問に質問で返すのもアレですけど、例えばベジータさんは?」
「・・・オレは戦闘種族だ」
ああなるほど、と頷く。それで納得の行くものなのかと我ながら考えかけたが、神楽の思考は一種独特だ。疑問が回答と繋がる要因があったのだろう。
「じゃあ、私はどこまで行っても『人間だから』なんでしょうね」
告げられた答えにベジータは眉根を寄せた。すぐに苛立ちを感じ取った神楽が苦く笑う。
「最初は、何かを守りたかったんです」
「何をだ」
「何か、です。人だったのかもしれないし、自分だったのかもしれない。もしかしたら立場だったかもだし、或いは見も知らぬ世界かもしれない。あんまり覚
えてないんだけど、それは別に攻撃してくる存在がいた訳でもなかったと思うんです。だから最初は気にしなかったんだけど」
いつものノー天気な笑いを浮かべつつ、その目は頼りない過去の感覚を探す。声は表情に合わず淡々と。
「衝動は、でも氷凝りみたいに冷たくて、大きくて。人間が先天的に持つ破壊衝動とごっちゃになって、結局『自分を守るための喧嘩』なんて行動に出てまし
た。でもその内、欲が出たんです」
ストリートファイトが好きだった、と言った。遠慮なしに衝動を抑えられるからだと。
今はそんなモノがなくても修行がある。衝動はそうして解消されるから楽なのだと笑う感情は理解出来ない。
「ああ、感覚論だからわかんなくて良いですよ。で、欲っていうのが『他人を守りたい』っていう空恐ろしいことだったんですね。なんて言うか、空想的
な・・・ええと、セイギのミカタ、みたいな感じで」
「・・・恐ろしいことか、それは?」
「自信過剰にも程があります。対象が個人に定まってればまだ庇護欲って言葉で救えますけど、そうじゃない。有言不実行。悪の組織を壊滅させる!と意気込
んだヒーローが、一年経っても旅立つ様子もなく競馬場に現をぬかしてるくらい最悪」
笑みを自嘲に変える。鋭い気にそちらが本性だろうとあたりをつけた。人間切羽詰ると本性が飛び出すと言うが、神楽の場合「切羽詰ったとき」が見分け難
い。何の気なしに見せる一瞬が隙間を覗かせる。
「今もそれが理由か」
「まさか。子供の絵空事は痛い目見たから焼却しました。今は自分だけでも守れるようになりたくて」
ほう、と口中で感嘆の声を上げた。
人間は甘い。カカロットやらその息子やらは自分のことなど省みず、他人ばかりを助けるような戦い方ばかりをする。この女もそうだと思っていたのだが。
引き続き何故を問う。
「大事な人が私を庇うようにして死にました。モノは壊れるし、人は死ぬ。それがわかっていても、覚悟の出来ていない死は辛いでしょう?だから」
一度言葉を切って、瞳を閉じた。
「だから私は他人にそうさせないように、寿命までは生き抜いてやろうと決めたんです」
ふと、脳裏を過ぎるのはカカロットの死に様。辛かった訳じゃと頭を振っても、バイバイ、と言うあっさりした声は消えなかった。
「私はその為に力が欲しい」
女を凝視してベジータは思う。
それ以上何を望むのだ。キサマは強い。決して認めまいと苦心して、それでも眼前に突きつけられる事実が確かに存在しているではないか。
「強くなりたい」
女がこの世界に来た理由が、思い当たった気がした。
その足元は酷く硬く輝き。
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